草野浩二
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草野 浩二(くさの こうじ、1937年11月20日 - )は、日本の音楽ディレクター。東京生まれ。
暁星学園から早稲田大学第一商学部卒業(1960年)、同年4月東京芝浦電気レコード事業部(後の東芝音楽工業~東芝EMI)入社。1960年入社と同時に制作部ディレクターとなり、坂本九の「悲しき六十才」が初仕事で初ヒット。以来60年初期はカバーポップスの全盛時代を作り、70年代邦楽ポップスの黄金時代を築いた。 中でも坂本九の「上を向いて歩こう」は全世界で大ヒット、ビルボード誌、キャシュボックス誌で全米第1位を獲得している。
育成したアーティスト
坂本九、ダニー飯田とパラダイスキング、ジェリー藤尾、森山加代子、弘田三枝子、斉藤チヤ子、ベニ・シスターズ、スリー・ファンキーズ、九重佑三子、ザ・ドリフターズ、尾藤イサオ、奥村チヨ、欧陽妃妃、渚ゆう子、安西マリア、ゴールデン・ハーフ、他多数


苫小牧からアメリカへ、鷲谷修也という男の挑戦。~MLBにドラフト入団した21歳~

