えまおゆう

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えまお ゆう
えまお ゆう
本名 福岡 文世(ふくおか ふみよ)
別名義 絵麻緒 ゆう(デビュー名)
えまお(旧芸名)
生年月日 (1967-09-17) 1967年9月17日(49歳)
出生地 日本の旗東京都目黒区
血液型 O
職業 女優
ジャンル 舞台・テレビドラマ
活動期間 1987年 -
活動内容 1987年宝塚歌劇団入団、星組配属
2000年専科に異動
2002年雪組トップスター就任
同年:宝塚歌劇団退団、芸能活動開始
著名な家族 矢代静一(おじ)、毬谷友子(従姉)、英りお(兄嫁)
公式サイト えまおゆうオフィシャルブログ
主な作品
舞台
追憶のバルセロナ

ドラマ
麻婆豆腐の女房

えまお ゆう1967年9月17日 - )は、日本女優。元宝塚歌劇団雪組トップスター。

東京都目黒区目黒星美学園高校出身。本名:福岡 文世(ふくおか ふみよ)。公称身長166.5センチ、血液型O型。愛称は「ぶんちゃん」。

2008年9月1日に芸名を絵麻緒 ゆう(えまお ゆう)からえまおに変更し、その後2010年に現在の芸名に変更した(一部を除き、以下の記述は「絵麻緒」で統一する)。

来歴[編集]

歯科医の父のもと、4人兄妹の末子として出生する。高校2年修了後の1985年宝塚音楽学校に合格する。1987年73期生として宝塚歌劇団に入団する。入団時の成績は4番だった。『宝塚をどり賛歌/サマルカンドの赤いばら』で初舞台を踏む。同期に女優の天海祐希1993年 - 1995年まで月組トップ)、匠ひびき2001年 - 2002年まで花組トップ)、歌手の姿月あさと1998年 - 2000年まで宙組トップ)の3人の元主演スターのほか、女優の青山雪菜(元娘役スター)らがいる。同年星組に配属される。

以後、星組の新人公演で主要キャスト、1993年ごろは新人公演主演を果たし、星組の男役スターとして頭角をあらわした。麻路さきの星組トップスター時代には男役3番手となり、次代トップスター稔幸の下で2番手となる。

星組生え抜きの男役スターだったが、劇団方針により2000年専科に異動となる(いわゆる「新専科」の1人)。古巣・星組公演出演後の翌2001年、雪組に異動する。2002年轟悠の後を継いで雪組トップスターに就任したが、『追憶のバルセロナ/ON THE 5th』をもって、本公演数1公演のみで退団した。退団発表会見では「退団は劇団の方針に従った」と発言した。

2008年9月1日に「絵麻緒ゆう」から「えまお」に改名することを自身のブログにて発表した。

2015年1月21日JVCケンウッド・ビクターエンタテインメントから発売の宝塚歌劇団OGによるカバーアルバム『麗人 REIJIN』に参加。楠瀬誠志郎郷ひろみの「僕がどんなに君を好きか、君は知らない」をカバーする[1]

親族関係[編集]

星組時代の先輩の英りおは、えまおの兄と結婚した。

劇作家矢代静一の妻で元女優の山本和子とえまおの母は一卵性双生児[2]で、矢代は義理のおじにあたる。矢代は大の宝塚ファンであり、次女でえまおの従姉にあたる毬谷友子雪組娘役として活躍した。また、矢代家はカトリックの篤信家で、えまおもカトリックの学校に在籍したなどカトリックとの縁も深い。宝塚を受験する際、矢代は手放しで喜び受験を応援したが、毬谷(この年に退団)はえまおの気質を憂慮、「わがままなぶんちゃんは1週間で音楽学校から帰りたくなるよ」と「忠告」したことがある(えまおが演劇雑誌のインタビューで談話)。芸名も矢代が命名し、宝塚在団中は2人(矢代は1998年逝去)の助言などを幾度となく受け、たった1公演のみ、いわば“落下傘”的であったが毬谷の古巣の雪組で男役トップ就任を果たした。

矢代の妻とえまおの母の末の妹は、東洋史学者で早稲田大学名誉教授の福井重雅の妻である[3]

エピソードなど[編集]

2008年の「えまお」への改名は、元々この名前で活動することを宝塚時代に希望していたが、姓名がなくてはならないという決まりのもと、自身で「ゆう」を付け足したのだという。改名のきっかけは、名付け親である矢代が亡くなってから当時で10年目の節目だったこと。

元女優酒井法子の事件を題材にした2011年の映画『刹那』(笠原正夫監督、原作は芸能リポーター梨元勝の著書『酒井法子 隠された素顔』)で、女性週刊誌の記者を演じることになっていたが、制作記者会見前日に降板した[4]。代わって街田しおんが同役を演じた。

宝塚歌劇団時代の主な舞台[編集]

星組時代[編集]

  • 1987年3月 - 5月『宝塚をどり賛歌/サマルカンドの赤いばら』※初舞台(雪組)
  • 1988年6月 - 7月『戦争と平和
  • 1991年11月 - 12月『紫禁城の落日
  • 1989年8月 - 9月『ベルサイユのばら』(小公子) ※新人公演ではオスカルをつとめた(宝塚のみ)。
  • 1992年5月 - 6月『白夜伝説/ワンナイト・ミラージュ』(ベルガー) ※新人公演では主演(オーディン)
  • 1992年『宝塚歌劇団・第2回ニューヨーク公演「TAKARAZUKA・夢」』

1993年

  • 1月 - 2月『宝寿頌/PARFUM DE PARIS』
  • 2月 - 3月『サタディナイト・ロマンス』(サム) ※バウホール公演
  • 6月 - 8月『うたかたの恋/パパラギ-極彩色のアリア-』(モーリス・大劇場)、(フィリップ皇子・東京) ※新人公演では主演(ルドルフ
  • 12月 - 1994年1月『ラ・トルメンタ-愛の嵐-』(レオン) ※バウホール公演

1994年

  • 2月 - 3月『若き日の唄は忘れじ/ジャンプ・オリエント!』(磯貝主計・大劇場)、(山根清二郎・東京)
  • 8月 - 9月『FILM MAKING』(デューク・ランドルフ) ※バウホール公演
  • 8月 - 9月『カサノヴァ・夢のかたみ/ラ・カンタータ!』(スタンヴィル伯爵)

1995年

  • 3 - 7月『国境のない地図』(フィリップ)
  • 5 - 6月『殉情』(佐助) ※バウホール公演初主演、自身の代表作。
  • 9月 - 11月『剣と恋と虹と/ジュビレーション!』(マルセル)
  • 12月『Action!』(ジャック) ※シアター・ドラマシティ公演

1996年

  • 5 - 8月『二人だけが悪/パッション・ブルー』(マルチネス)
  • 11月 - 1997年3月『エリザベート』(ルドルフ)

1997年

  • 5月 - 6月『誠の群像/魅惑Ⅱ』(沖田総司)
  • 9月『Elegy 哀歌』(パラミティーズ) ※バウホール公演
  • 11月 - 12月『ダル・レークの恋』(クリスナ・クマール)

1998年

1999年

  • 2月 - 3月『WEST SIDE STORY』(リフ)
  • 10月 - 11月『我が愛は山の彼方に/グレート・センチュリー』(チャムガ)
  • 12月『夢・シェイクスピア』(ピーター) ※バウホール公演主演

2000年

  • 5月 - 6月『黄金のファラオ/美麗猫(ミラキャット)』(セイタハト)

専科時代[編集]

2001年

  • 1月 - 2月『花の業平/夢は世界を翔けめぐる(星組)』(梅若)
  • 2月 - 6月『猛き黄金の国/パッサージュ(雪組)』(坂本竜馬) ※彼女の特性に合ったはまり役であった。
  • 8月『凱旋門/パッサージュ(雪組)』(ボリス) ※博多座公演

雪組・雪組トップ時代[編集]

2002年

  • 3月 - 4月『殉情』(佐助)※雪組新トップコンビ披露公演(相手役・紺野まひる)。1995年バウホール公演の再演。
  • 5月 - 7月『追憶のバルセロナ/ON THE 5th』(フランシスコ・アウストリア)
  • 7月『yu emao live in BLITZ』(東京・赤坂BLITZ)※オールスタンディングライブ

宝塚歌劇団退団後の主な活動[編集]

舞台作品[編集]

テレビ[編集]

テレビアニメ[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

  1. ^ “音楽史上初 宝塚歌劇団OGによるJ-POPカバーアルバムがリリース決定”. シアターガイド. (2014年11月21日). http://www.theaterguide.co.jp/theater_news/2014/11/21_05.php 2014年11月25日閲覧。 
  2. ^ 2008年12月1日放送の日本テレビラジかるッ』へゲスト出演した際に談。
  3. ^ えまおゆう、叔父の瑞宝中綬章受章を祝福「心から嬉しい」”. スポーツ報知 (2015年12月7日). 2015年12月8日閲覧。
  4. ^ [1][リンク切れ]
  5. ^ “宅間孝行 えまおゆうの役は「宝塚トップスター経験者史上最低」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2016年10月28日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/10/28/kiji/K20161028013615520.html 2016年10月28日閲覧。 
  6. ^ 遊☆戯☆王 デュエルモンスターズ”. メディア芸術データベース. 2017年2月3日閲覧。
  7. ^ ダイハツ工業は宝塚歌劇団の親会社である阪急電鉄の沿線に本社があるため、その縁での出演となった。

関連項目[編集]