さがみ三太・良太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索

さがみ三太・良太(さがみさんた・りょうた)は昭和期に活躍した浪曲漫才コンビ。

共に初代相模太郎の門下。1974年コンビ結成。2003年コンビ解消。

解消後はさがみ三太は一人で漫談、さがみ良太は実の娘のいずみと「さがみ良太・いずみ」で活躍していた。

メンバー[編集]

  • さがみ 三太(さがみ さんた、本名・鈴木猛男、1939年3月17日 - )
静岡県浜松市の生まれ、1955年16歳の時に初代相模太郎に入門。芸名を相模金時で秩父劇場で初舞台。1960年より相模五郎と改名し、司会、漫談に転向しその後、1974年良太とコンビを組む。現在は漫談家として活躍中。日本浪曲協会漫才協会所属。「相模太郎」の名跡を預かる。芸名の由来は灰神楽三太郎から。
群馬県館林市の生まれ、両親とも浪曲師で自身は浪曲の曲師をしていた。浅草東洋劇場に入り「みなみ良雄」の名でコメディアンとなり、1963年2月に「じん弘とスリーポインツ」(元々はじん弘、萩本欽一とのトリオだったが、萩本が4ヶ月で脱退。)、1972年に「スリー・アンバランス」(斎藤正道、清水粒太とのトリオ)を結成も1年ほどで解散、その後「コント・コンビネーション」等のメンバーで活躍。妻は東家三楽嬢の名で浪曲師をしていた。

芸風・ギャグ[編集]

三太は概ね和装。対する良太は洋装。この洋装の良太が三味線を抱えて曲を奏でながら、三太が朗々と歌う。いよいよ盛り上がってきたところで突如「丁度時間となりました」と三太が締めに入ってしまう。
良太が「まだ早いよ」と突っ込んでいなし、話を進行させる。暫く進んでまた三太が「丁度時間と…」と締めに掛かる。良太が「だからまだだって!」と突っ込み話を進行させる。
両名が登場して三太が自己紹介をした後「丁度時間と…」と持って行くパターンもあった。

弟子[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 松竹芸能 アラ還ブログ 2015年7月15日より

出典[編集]

  • 「東京漫才列伝」(東京新聞出版局)