しなの (列車)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索
(ワイドビュー)しなの
「(ワイドビュー)しなの」(2007年5月)
「(ワイドビュー)しなの」
(2007年5月)
概要
日本の旗 日本
種類 特別急行列車エル特急
現況 運行中
地域 愛知県の旗 愛知県岐阜県の旗 岐阜県長野県の旗 長野県
前身 急行「きそ」「ちくま
運行開始 1968年10月1日
運営者 JR logo (central).svg東海旅客鉄道(JR東海)
JR logo (east).svg東日本旅客鉄道(JR東日本)
運営者 Japanese National Railway logo.svg 日本国有鉄道(国鉄)
JR logo (west).svg西日本旅客鉄道(JR西日本)
路線
起点 名古屋駅
終点 長野駅白馬駅松本駅
営業距離 250.8 km(名古屋 - 長野間)
運行間隔 13往復
使用路線 JR東海:中央本線(名古屋 - 中津川間中央線 (名古屋地区)
JR東日本:篠ノ井線信越本線
車内サービス
クラス グリーン車普通車
座席 グリーン車指定席
6・8両編成:1号車
10両編成:1号車・7号車
普通車指定席
6両編成:2 - 4号車
8両編成:2 - 6号車
10両編成:2 - 6号車・8号車
普通車自由席
6両編成:5・6号車
8両編成:7・8号車
10両編成:9・10号車
技術
車両 383系電車神領車両区
軌間 1,067 mm
電化 直流1,500V(383系)
最高速度 130 km/h
テンプレートを表示

しなのは、東海旅客鉄道(JR東海)および東日本旅客鉄道(JR東日本)名古屋駅 - 長野駅間を中央本線篠ノ井線信越本線経由で運行する特別急行列車エル特急)である。

本項では、名古屋駅 - 塩尻駅間(中央西線)で運転されていた優等列車についても記述する。

概要[ソースを編集]

篠ノ井線・信越本線を管轄する東日本旅客鉄道(JR東日本)管内では唯一のエル特急である。 JR東日本管内では信州特急料金回数券を持っている場合は普通車指定席の空席も利用出来る[1][2]

「しなの」は、1953年に名古屋駅 - 長野駅間で準急列車として運転を開始し、当初は毎日運転の不定期列車であったが、1956年11月に定期列車化された。1959年には新型車両を投入して急行列車に変更され、所要時間も1時間短縮された4時間40分前後になった。1965年ごろには、中央西線でも特急列車を運転しても採算がとれるほどの需要があったが、急勾配であるために高出力のエンジンを搭載した気動車の開発が必要なことから、キハ91形が試作されて試験が行われた結果、高出力特急気動車のキハ181系が新製投入され、1968年10月から特急列車化された。

1973年5月に中央西線が電化されると、7月からは振り子式車両381系が投入されて電車化が開始し、1975年3月から全列車が電車で運転されるようになった。1995年からは制御付き自然振り子方式の383系が投入され、翌1996年12月1日には長野駅発着の定期列車は383系に統一された。

列車名は、長野県の大部分の国名である信濃国が由来となっている。

運行概況[ソースを編集]

2016年3月26日現在の運行概況は次のとおり[3]

定期列車はすべて名古屋駅 - 長野駅間で13往復(名古屋発7時 - 19時台、長野発6時 - 19時台)である。臨時列車では、松本駅発着の列車や大糸線白馬駅発着の列車が運転されることがある。定期列車の列車番号は基本的に1000M+号数である。

長野県や岐阜県東部(中央本線中津川駅 - 塩尻駅間と篠ノ井線区間)の山間部を通過するため、山地の局地的な大雨のほか、冬季は積雪の影響で遅延することが多い。またそれ以外の時期でも、単線区間の行き違いや、塩尻駅での中央東線からの列車の接続待ちなどの影響により、数分の遅れが発生することが日常化している。なお、本列車群のみならず、追い越しなどの関係で大雨や積雪などとは直接の関係がない名古屋地区での中央線の快速列車普通列車や、多治見駅で接続する太多線の列車、さらにはかつて大阪駅直通だった9号・16号の場合は乗り入れ先の西日本旅客鉄道(JR西日本)アーバンネットワーク各線にまでもその遅れの余波が及ぶことが多かった。

2016年3月26日のダイヤ改正に伴い、利用が低迷していた大阪駅発着の列車の名古屋以西が廃止されて全列車が名古屋駅 - 長野駅間の運転になり[4]、これにより旅客3社を直通する昼行列車は消滅した[5][6]。主な理由としては、名古屋で東海道新幹線に乗り換える客の増加が挙げられる。

停車駅[ソースを編集]

名古屋駅 - (金山駅) - 千種駅 - 多治見駅 - (恵那駅) - 中津川駅 - (南木曽駅) - (上松駅) - 木曽福島駅 - 塩尻駅 - 松本駅 - (明科駅) - (聖高原駅) - 篠ノ井駅 - 長野駅

  • 愛・地球博期間中は高蔵寺駅にも停車する列車(1日4往復)もあったが、終了後はすべて通過になっている。
  • ( )内は一部の列車のみ停車。

  金山駅:下り21 - 25号、上り2号が停車。

  恵那駅:下り3・13・25号、上り2・12・24号が停車。

  南木曽駅:下り1・7・17・25号、上り2・16 - 20号が停車。

  上松駅:下り1・25号、上り2・24号が停車。

  明科駅:下り1・15・19・23号、上り2・6・24・26号が停車。

  聖高原駅:下り21号、上り4号のみ停車。

白馬駅発着列車(臨時列車) 名古屋駅 - 千種駅 - 多治見駅 - 中津川駅 - 木曽福島駅 - 塩尻駅 - 松本駅 - 豊科駅 - 穂高駅 - 信濃大町駅 - 神城駅 - 白馬駅

  • 過去に上り名古屋行きが南小谷発だった時期がある。(JR時刻表1997年12月号)
  • 中部国際空港の開港以前は、JR東海の東海鉄道事業本部管内における乗降客数が名古屋駅に次いで多い金山駅を、本列車群はすべて通過していた。その後、中部国際空港方面などへの連絡も兼ねて、金山駅には2005年3月1日の改正で上下各1本のみ停車するようになり、現在は上り1本・下り3本のみ停車している。かつては中部国際空港方面へ自社の子会社であるJR東海バスが名古屋駅発着のリムジンバスを運行し、本列車群もこのリムジンバスとの連絡乗車券が発売されていたが、ライバルの名鉄特急の利便性および定時性に太刀打ち出来なかったことから、2006年9月にリムジンバス自体が廃止されている。
  • 大阪直通時代は名古屋以西間の廃止直前には大阪駅 - 新大阪駅 - 京都駅 - 米原駅 - 岐阜駅 - 名古屋駅と停車していた。

使用車両・編成[ソースを編集]

2016年3月26日現在
表・・話・PJRPJRNC
(ワイドビュー)しなの
← 長野
名古屋 →
383系
1 2 3 4 5 6
G
  • 8両または10両で運転する日がある。この場合でも自由席は名古屋方2両であるため、自由席の号車番号が変わる。
  • 10両の場合、7号車がグリーン車座席指定席として運転することがある。
  • 全車禁煙
凡例
G=グリーン車座席指定席
指=普通車座席指定席
自=普通車自由席
  • 8両または10両で運転する日がある。この場合でも自由席は名古屋方

中央西線を中心に急曲線が多いことから、制御付き自然振り子式車両の383系電車(JR東海神領車両区所属)が使用されている。かつて、東海道本線では、振り子式車両の運転が少なく、架線の張り方が振り子式車両向けにはなっていないため、台車の振り子機能は使われなかった。JR西日本管轄区間では、新快速などとともに130km/h運転を行っていた。

383系電車は1995年から使用されており[7]、6両編成での運転が基本で、長野方先頭車は非貫通・パノラマ型のグリーン車となっている。利用状況に応じて増結されることがあるが、増結用編成は長野方先頭車が貫通型グリーン車の4両編成と、普通車のみで長野方先頭車が貫通型の2両編成の2種類があり、最大10両編成で運転される。基本編成との走行距離の均一化を図るため、増結用編成のみ(4両+2両)の定期運用も組まれている。臨時列車には、増結用の4両編成のみの運用もあるが、2両編成単独で使用されることはなく、どの列車にもグリーン車が最低1両組み込まれている。383系を使用する列車は、「ワイドビューしなの」と案内・報道されることが多いが、これは「ワイドビュー形車両を使用するしなの号」の意を表す通称であって、列車名は「(ワイドビュー)しなの」、または単に「しなの」と表記・呼称するのが正しく、これはほかのワイドビューの列車も同様である。

いずれの編成も、名古屋方先頭車は貫通型の普通車である。

過去の使用車両[ソースを編集]

特急列車化された1968年にキハ181系気動車が投入され、1973年に中央西線中津川駅 - 塩尻駅間が電化されたことにより、381系電車の運用も開始し、1975年まではキハ181系と381系の両方が使用されていた。181系は食堂車が連結された10両編成で、電車運転を行う381系とサービス面で格差があったが、1975年に全列車が381系に統一された。その後、1995年に383系が導入されて以降は381系の運用を減らし、1996年には臨時列車のみに使用されることになった。2008年5月に臨時列車における381系の運用も終了し、381系「しなの」は35年の歴史に終止符を打った。

中央西線優等列車[ソースを編集]

概略[ソースを編集]

赤倉[ソースを編集]

「赤倉」(あかくら)は1962年に「きそ」の1往復と「あさま」を結ぶ形で名古屋駅 - 新潟駅間を急行列車として運行を開始した。登場時では5本目の急行列車であった。

運行区間が名古屋駅 - 長野駅 - 新潟駅間と北陸本線および東海道本線上越線経由よりショートカットとなるため、他の中央西線急行群とは異なる異彩な1往復として存在した。

しかし、1973年の運行区間全区間電化完成時、165系が工面できなかったため電車化ができず、「全区間架線下でのディーゼル急行」としても著名な列車となった。電車化したのは1982年のことで「赤倉」以外すでに中央西線の優等列車はエル特急「しなの」化されており、1985年に名古屋駅 - 松本駅間を廃止。以降「南越後」(みなみえちご)の総称名称で長野駅 - 新潟駅間の急行として運行された。

列車名は、新潟県妙高市赤倉温泉が由来となっている。

→「くびき野 (列車)#信越本線長野以北優等列車沿革」も参照。

きそ[ソースを編集]

中央西線で最初の優等列車として、1947年6月に名古屋駅 - 松本駅間で運転を開始した準急列車である。夜行列車として設定され、ビジネス客や観光客からの人気が高く、1958年から1961年にかけて増発されている。増発分の列車は1962年までに「赤倉」や「きそこま」・「おんたけ」に分離されて、1往復のまま1966年に急行列車化された。1968年10月に中央西線の急行列車の統一により「きそ」に統合されて一挙に7.5往復にまで増加した。

1972年からは下り列車の一部が直江津駅まで普通列車として直通運転が行われ、1973年に名古屋駅 - 塩尻駅間の電化が完成すると「きそ」の削減が始まり、1982年11月には1.5往復にまで減少して1985年3月に廃止された。1998年開催の長野オリンピックに合わせ、1往復運転された。

列車名は、長野県南西部の木曽地域が由来となっている。

きそこま[ソースを編集]

「きそこま」は木曽地域から長野市への利用客の不便を解消するために、運転を開始した列車で1962年12月に準急列車として運転を開始した。当初は下り列車のみであったが、1966年3月に急行列車化され、同年10月から1年間は上り列車も運転されていた。

1968年10月に中央西線の急行列車の統一により「きそ」に統合された。

列車名は、木曽山脈(中央アルプス)の最高峰である木曽駒ヶ岳の通称から。

つがいけ[ソースを編集]

「つがいけ」は名古屋と大糸線沿線を結ぶ不定期列車として1966年10月に名古屋駅 - 信濃森上駅間で運転を開始。

1968年10月に中央西線の急行列車の統一により「きそ」に統合されたが、「つがいけ」の人気は高く1970年7月に再び名古屋駅 - 南小谷駅間で不定期列車であるが「つがいけ」1往復が運転開始され、翌年1971年には2往復に増発された。

1973年に「つがいけ」の1往復に165系を投入して定期列車化され、グリーン車も連結されるようになったものの、1982年11月に廃止された。

列車名は、長野県北安曇郡小谷村に広がる栂池高原が由来となっている。

信州[ソースを編集]

名古屋駅 - 長野駅間で1961年10月から1966年3月まで運転されていた急行列車で、1961年10月に「しなの」の姉妹列車として運転されていた。1963年10月に「しなの」に統合されて廃止。名称は信越本線系統の急行列車に転用された。

沿革[ソースを編集]

戦後の展開[ソースを編集]

1956年12月現在の編成図[8]
しなの
(長野駅 - 塩尻駅間逆編成)
← 長野・名古屋
塩尻 →
2 3 4 5 6 7
III II III III III III
凡例[9]
II=二等車
III=三等車
  • 1950年昭和25年)10月:名古屋駅 - 長野駅間の夜行準急801・802列車が805・806列車に変更。
  • 1953年(昭和28年)11月11日:名古屋駅 - 長野駅間で準急「しなの」が運転開始。
  • 1954年(昭和29年):準急「きそ」の一部の車両が名古屋駅 - 新宿駅間を直通運転。
  • 1959年(昭和34年)
    • 9月22日:夜行準急に「きそ」の列車名が付与される。
    • 12月13日:「しなの」にキハ55系気動車が投入され、急行列車に変更。
  • 1961年(昭和36年)
    • 3月1日:不定期列車の「きそ」が1往復増発され、3往復になる。
    • 10月1日:ダイヤ改正により、次のように変更。
      1. 「きそ」の塩尻駅 - 新宿駅間が廃止。
      2. 「きそ」の1往復が「おんたけ」に改称され、2往復になる。
      3. 名古屋駅 - 長野駅間で急行「あずみ」が運転開始。
      4. 「しなの」にキハ58系気動車が投入。
      5. 名古屋駅 - 長野駅間を運行する急行列車として「信州」(しんしゅう)の名称が与えられる。
  • 1962年(昭和37年)12月1日:ダイヤ改正により次のように変更。
    1. 名古屋駅 - 新潟駅間(長野駅経由)で急行「赤倉」(あかくら)、多治見駅 - 長野駅間で準急「きそこま」が運転開始。
    2. 「きそ」は1往復になる。
  • 1963年(昭和38年)10月1日:「信州」が「しなの」に統合されて廃止され、「しなの」は2往復になる。
  • 1964年(昭和39年)12月1日:「きそこま」が急行列車化。
  • 1965年(昭和40年):1974年までの毎年(1966年1972年を除く)、夏の臨時列車として名古屋駅 - 茅野駅および小淵沢駅間の東西直通ダイヤが設定される。その中には小海線飯田線直通列車もあった。
  • 1966年(昭和41年)3月5日:ダイヤ改正により、次のように変更。
    1. 「きそ」が急行列車化。
    2. 「しなの」が1往復増発され3往復になる。
    3. 「きそこま」に長野発中津川行きの列車が増発され、1往復になる。
    4. 名古屋駅 - 信濃森上駅間で「つがいけ」が運転開始。
  • 1967年(昭和42年)10月1日:ダイヤ改正により、次のように変更。
    1. 「きそこま」の長野発中津川行きの列車が「しなの」に統合され、多治見発長野行きの運転になる。これにより「しなの」が1往復増発され、4往復になる。
    2. 「しなの」にキハ91形が投入される。

特急「しなの」設定後[ソースを編集]

1968年10月1日現在の編成図[8]
しなの
(長野駅 - 塩尻駅間逆編成)
← 長野・名古屋
塩尻 →
1 2 3 4 5 6 7 8 9
2 2 2 2 2 2 1 2
凡例[9]
1=一等車
2=二等車
食=食堂車
特急「しなの」
東海道本線山崎駅付近 1983年
  • 1968年(昭和43年)10月1日:ヨンサントオと称されるダイヤ改正に伴い、以下のように変更。
    1. 「しなの」にキハ181系が投入され特急列車化。
    2. 新潟駅発着の「赤倉」を除き、中央西線の急行列車が「きそ」に統一。「きそ」は8.5往復になる。
  • 1971年(昭和46年)4月26日:大阪駅 - 長野駅間の急行「ちくま」の昼行列車が「しなの」に統合され、「しなの」は3往復になる(大阪発着「しなの」運転開始)。名古屋駅 - 信濃大町駅間で季節列車として急行「つがいけ」が運転開始。
  • 1973年(昭和48年)
    • 7月10日:名古屋駅 - 塩尻駅間の電化によるダイヤ改正により、次のように変更。
      1. 「しなの」の一部列車にの381系が投入。2往復のみはキハ181系で残される。
      2. 「しなの」が5往復増発されて8往復になる。
      3. 「きそ」の2往復に165系電車が投入。
      4. 「つがいけ」1往復に電車が投入され、定期列車になる。
    • 10月:「しなの」に自由席が設置され、エル特急になる。
  • 1975年(昭和50年)3月10日:「しなの」全列車が381系で運転されるようになる。
  • 1976年(昭和51年) - 1977年(昭和52年):東海道新幹線のリフレッシュ(日中の大規模保線)工事実施日に、大阪駅 - 名古屋駅間で代替のため、「しなの」の停車駅が増加。
  • 1978年(昭和53年)10月2日:「しなの」が1往復増発され、9往復になる。
  • 1982年(昭和57年)11月15日:ダイヤ改正により、次のように変更(1982年11月15日国鉄ダイヤ改正)。
    1. 「つがいけ」が特急列車化され、「しなの」に統合されて廃止。「しなの」は名古屋駅 - 白馬駅間の1往復が増発され、10往復になる。
    2. 「赤倉」に電車が投入される。
  • 1985年(昭和60年)3月14日:ダイヤ改正により、次のように変更(1985年3月14日国鉄ダイヤ改正)。
    1. 「きそ」が廃止。
    2. 「赤倉」の運転区間を松本駅 - 新潟駅間に変更し、列車名を「南越後」(みなみえちご)と変更する。
  • 1986年(昭和61年)7月19日20日:急行「たてしな」が臨時列車として名古屋駅 - 小淵沢駅間を169系8両編成で運転。

国鉄分割民営化後[ソースを編集]

臨時列車の「しなの」 381系
  • 1988年(昭和63年)3月13日:ダイヤ改正により、次のように変更。
    1. 「しなの」にパノラマ型グリーン車を連結した381系が運転開始。
    2. 「しなの」が6往復増発されて、16往復になる(このうち3往復は不定期列車)[10]。。
  • 1995年平成7年)4月29日:ワイドビュー車両383系電車による臨時列車が運転開始[7]
  • 1996年(平成8年)12月1日:長野駅発着列車が383系に置き換えられ、383系を使用する列車は市販の時刻表上では「(ワイドビュー)しなの」として区別される。名古屋駅 - 長野駅間を最短2時間43分で運転。381系は臨時列車として運転されるようになる。
  • 1997年(平成9年)10月1日:長野新幹線北陸新幹線先行区間)開業と在来線特急「あさま」・「白山」の廃止、在来線区間(軽井沢駅 - 篠ノ井駅間)のしなの鉄道への移管に伴い一部列車通過の篠ノ井駅が全列車停車駅になる。

2000年代・2010年代の動き[ソースを編集]

  • 2001年(平成13年)9月8日9日15日16日:臨時特急「あずさ木曽号」が、183系9両編成により東京駅(8時18分発)→ 上松駅(12時46分着)間で運転される。中央本線の特急列車として、また国鉄分割民営化後初の東西直通運転となる。
  • 2003年(平成15年)10月1日:急行「ちくま」が臨時列車に変更。
  • 2005年(平成17年)3月1日:金山駅に上りの早朝1本・下りの夜1本のみが停車する。また3月25日 - 9月25日の間は2005年日本国際博覧会(愛知万博)開催に伴い、会場最寄り駅である八草駅(会期中は「万博八草駅」)のある愛知環状鉄道線に接続する高蔵寺駅に4往復が停車。
  • 2007年(平成19年)
    • 3月18日:ダイヤ改正により、金山駅の停車列車が下り1本から3本になる。また、禁煙車が増え、喫煙車は指定席車1両になる。
    • 7月:毎週金曜日名古屋駅(20時00分)発松本行き、毎週土曜日松本(7時25分)発名古屋行きの臨時特急「しなの」91号・92号が設定される。車両はグリーン車を含む増結用4両編成で、全席禁煙車で運転。
  • 2008年(平成20年)
    • 3月15日:ダイヤ改正により、名古屋駅を17時以降に発車する列車の時刻が変更され、17時から19時まで40分発になる。また、車掌が車内放送で、姨捨駅付近にて日本三大車窓に数えられる善光寺平の景色と姨捨駅の通過時刻について説明をするようになった。ただし、寝覚の床の説明はこれ以前からあった。
  • 2009年(平成21年)
    • 3月14日:ダイヤ改正により、それまで千種駅・多治見駅を通過していた、下り「しなの」13号が両駅に停車するようになる。これにより、千種駅・多治見駅・中津川駅・木曽福島駅・塩尻駅・松本駅・篠ノ井駅の7駅がすべての「しなの」の停車駅となる。
    • 6月1日:「しなの」が全車禁煙になる[11]
  • 2010年(平成22年)12月4日:特急「いなほ」の運転区間短縮により、しなの16号が在来線定期昼行特急列車最長距離になる[12]
  • 2012年(平成24年)3月17日:車内販売営業区間が名古屋駅 - 塩尻駅間に短縮される。
  • 2013年(平成25年)3月16日:車内販売を廃止[13]
  • 2014年(平成26年)
    • 7月9日:大雨の影響で南木曽駅 - 十二兼駅間の橋りょうの橋桁が流出したため、全列車運休となる[14]
    • 8月6日:坂下駅 - 野尻駅間の復旧に伴い運転再開。
  • 2016年(平成28年)
    • 3月26日:大阪駅 - 名古屋駅間が廃止され、全列車が名古屋駅 - 長野駅間の運転になる[15]。在来線定期昼行特急列車最長距離の座は「にちりんシーガイア」に譲る。

脚注[ソースを編集]

[ヘルプ]
  1. ^ この場合その席を予約した乗客が現れたときは席を譲るかたちとなる。
  2. ^ JR東日本.おトクなきっぷ.信州特急料金回数券(4枚つづり)
  3. ^ 『JR時刻表』2015年5月号、交通新聞社
  4. ^ Response. (2015年12月18日). “JR各社、来年3月ダイヤ改正の概要を発表…東京〜函館間は約50分短縮”. 株式会社イード. 2015年12月18日閲覧。
  5. ^ “長野と大阪結ぶ「大阪しなの」無くなる 来春ダイヤ改正から「しなの」が長野〜名古屋間のみの運行に”. ねとらぼ. (2015年12月18日). http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151218-00000093-it_nlab-life 2015年12月19日閲覧。 
  6. ^ “特急「しなの」大阪発着、ダイヤ改正で廃止へ”. 読売新聞. (2015年12月20日). http://www.yomiuri.co.jp/national/20151220-OYT1T50036.html 2015年12月21日閲覧。 
  7. ^ a b “JR7社14年のあゆみ”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 9. (2001年4月2日) 
  8. ^ a b 三宅俊彦・寺本光照『時刻表に見る〈国鉄・JR〉列車編成史』JTBパブリッシング、2011年。ISBN 978-4-533-08344-0。
  9. ^ a b 鉄道車両の等級制度のため、表記を三等級制度下ではローマ数字を、二等級制度下ではアラビア数字を用いた。
  10. ^ 『国鉄型車両ラストガイド01 381系』 交通新聞社、2012年、p.70。ISBN 978-4330306124。
  11. ^ “会社間直通列車の全面禁煙実施について” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 東日本旅客鉄道, (2009年3月26日), http://www.jreast.co.jp/press/2008/20090317.pdf 2015年4月25日閲覧。 
  12. ^ 営業キロだけで見ると、しなの9号も同距離であるが、しなの16号は、大垣駅 - 関ケ原駅間を垂井駅経由ではなく実キロの長い通称・新垂井線(旧新垂井駅経由)を通るため、実キロでは、しなの16号の方が長くなる。
  13. ^ “平成25年3月ダイヤ改正について” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 東海旅客鉄道, (2012年12月21日), http://jr-central.co.jp/news/release/_pdf/000017068.pdf 2015年4月24日閲覧。 
  14. ^ 大雨に伴う中央本線被災状況について (PDF) - 東海旅客鉄道、2014年7月10日(2014年7月19日閲覧)
  15. ^ “平成28年3月ダイヤ改正について” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 東海旅客鉄道, (2015年12月18日), http://jr-central.co.jp/news/release/_pdf/000028822.pdf 2015年12月18日閲覧。 

参考文献[ソースを編集]

  • 寺本光照『国鉄・JR列車名大事典』中央書院、2001年。ISBN 4-88732-093-0。
  • 今尾恵介原武史『日本鉄道旅行歴史地図帳 -全線・全駅・全優等列車- 7号・東海』新潮社、2010年。ISBN 978-4-10-790041-8。

関連項目[ソースを編集]