なぎら健壱

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なぎら けんいち
なぎら 健壱
本名 柳楽 健一
(なぎら けんいち)
別名義 なぎら けんいち
生年月日 (1952-04-16) 1952年4月16日(64歳)
出生地 日本の旗 日本東京都中央区銀座(旧・木挽町)
国籍 日本の旗 日本
民族 日本人
血液型 O型
職業 フォークシンガー
俳優
タレント
漫談家
エッセイスト
ジャンル テレビドラマ
バラエティー など
活動内容 1972年 - 現在
配偶者 あり
著名な家族 長男:eito.08(ミュージシャン
公式サイト Brooks Communications

なぎら 健壱(なぎら けんいち、1952年4月16日 - )は、日本フォークシンガー俳優タレント漫談家エッセイスト東京都中央区銀座(旧・木挽町)出身。本名は柳楽 健一(読みは芸名と同じ)。旧芸名・なぎらけんいち。血液型O型長男は、ヒップホップユニットのREMのボーカル、eito.08(柳楽詠人=なぎら・えいと=)。弟子は、中里トシ、田代ともや、プロフェッサー佐藤。

来歴・人物[編集]

父は宝石箱をつくる職人をしていた。中央区銀座東(旧・木挽町)から、小学校3年のときに葛飾区金町に転居、葛飾区立末広小学校卒業、葛飾区立金町中学校卒業東京都立本所工業高等学校卒業専門学校ヴィジアルデザイン研究所で、グラフィックデザインの勉強をする。

高石友也(ともや)に感化され、アングラフォークに目覚める。後に五つの赤い風船西岡たかしや、高田渡に影響を受ける。1970年岐阜県中津川で行われた全日本フォークジャンボリーにアマチュアとして飛び入り参加し(同年ひがしのひとしも同じく参加している)ライブ盤に収録された。次いで、1971年の全日本フォークジャンボリーライブ盤にも数曲収録されている。

1972年『万年床』でアルバムデビュー。

1976年日本青年館での実況録音盤『永遠の絆』は、司会のタモリ生田敬太郎大塚まさじ加川良斉藤哲夫シバ高田渡よしだよしこ渡辺勝らが盛り立てた、1970年代なぎらの集大成的作品。

1976年日活嗚呼!!花の応援団』での薬痴寺先輩役で注目を浴び、役者としても活動している。

1990年代後半以降、カントリー、ブルーグラス色の強い作品を発表。アコースティックギターの腕前に関しては隠れた名人でもある。カーター・ファミリー・ピッキングを行う数少ないシンガーの1人である。

またタレントとしても数々のバラエティー番組に多く出演し、「オツだねー」「粋だねー」などのせりふを物まねされていることでも有名である。また東京の下町の庶民文化への造詣も深く、下町に関する著書も多い。これらが評価され、2015年より浅草公会堂の正面にあるスターの広場に彼の手形が設置された。

現在も吉祥寺横浜などを中心にライブ活動を続け、時に地方公演も行う。テレビ番組やライブの曲間に語る話には常軌を逸したものが多く、「いい加減なことを言う」「平気で(ネタとして)嘘を言う」キャラクターといわれているが、本人は「実際に見た話。〈おかしなもの〉にアンテナを張っているから見える」と語り、自らの本職を「語り部」と称している。また、本人は「いい加減さは高田純次さんの方が上」とも言っている。

タモリと非常に仲が良く、司会を務めている『森田一義アワー 笑っていいとも!』(フジテレビ系列)、『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系列)にゲスト出演した際には、よく「ビールの似合う」、「インチキくさい」などと言われることがある。

カメラ、自転車落語、散歩、がらくた収集、バイオリン演歌など、多趣味でも知られる。とりわけリスナーとしてカントリーミュージックに傾倒し、日本の芸能界では唯一のアラン・ジャクソン(アメリカのカントリーシンガー)ファンクラブの会員といわれる。また同じ下町出身で同世代の漫画家秋本治とも親交がある。

また、諸事情で発禁になったレコードや知る人ぞ知るという珍品レコードのコレクターでもある。

更にフォークソングには造詣が深く、「日本フォーク私的大全」という本を出している。

パソコンとの関わり[編集]

  • ラジオでの対談でなぎら健壱本人がこのページを見て自ら校正をしていると発言(2013年1月30日、ニッポン放送高嶋ひでたけのあさラジ!」内)(2014年11月23日、NHKラジオ第一「午後のまりやーじゅ」内でも発言)。
  • 2006年10月、『月刊アスキー』(アスキー)編集長に就任する(月刊アスキー新装刊のプロモーションの一環としての“編集長”であり、実際に編集業務に携わったわけではない)。
  • 1980年代には既にパーソナルコンピュータ (PC) を購入していた。当時愛用していた機種は日本電気製「NEC PC-9800」。なぎらは当時を振り返って、「一太郎というワープロが、まだバージョン1か2」「フロッピーは(中略)5インチ」「マシン語なんかも、憶えようとした」と語るなど、傾倒していたことを窺わせる。なお、長年MS-DOSを使いCUIに親しんできたなぎらは、GUIベースのWindowsシリーズが発売されると「かえって裏切られた気がして」一時PCから離れたという[1]

主な曲[編集]

シングル[編集]

大相撲の架空の取組で起きたハプニングと、それが引き起こしたパニックをネタにしたコミックソング。ジャケット画はなぎら自身によるもの。
1973年1月25日発売(EB-1017)。オリコン38位を記録するが、相撲協会を気遣い自主規制される。放送禁止になったといわれるが、放送禁止という言葉は俗語である。しかし90年代には、日本テレビでライブ放送された。TBSテレビ『所さんのワーワーブーブー』でこの曲を披露した際、オンエアでは「それは10年以上も前の国技館の話です」の部分がカットされた上、歌われたのはマワシが落ちたところまでだった。1999年にフジテレビNONFIX 放送禁止歌』でノーカットで放送。2006年に山下達郎のラジオ番組でフルバージョンで放送。現在は「歌詞の内容もシャレで通じる」という理由から放送が可能になったと説明があった。
ライヴでは時を経るごとに歌詞が変わり、自著に収録された最長バージョンではユリ・ゲラーまで登場している。「いちばん長いときで23分あった」と語ったこともある。
2007年2月21日発売のエレックレコードシングルボックスにてB面曲と共に紙ジャケで再発売されている。
なお、歌詞では雷電若秩父の対戦だが一部のバージョンでは若秩父の四股名が「ハカチチブ」に改められている。
ベストアルバム『中毒』には「悲惨な戦い('85)」が収録されている。またJOYSOUNDのカラオケで歌うことができる。
アルバム「葛飾にバッタを見た」収録バージョンとシングルバージョンに全く違いはない。ライブ音源だがB面の「1973年の想い出」がスタジオレコーディングである為か、「実況録音盤」とは書かれていない。
  • 葛飾にバッタを見た
1974年8月10日発売。なぎらの代表的歌唱スタイルであったトーキング・スタイルの曲。初期はメロディがあったが、「悲惨な戦い」同様、時を経るごとに歌詞・内容が変わり、トーキングとなる。下町に住む素朴さを誇らかに描いたが、現在は「当時とは生活・心境が異なる」という理由で殆ど歌うことがない。しかし、2000年の30執念(周年)コンサートでは、状況が一転する[葛飾にバッタを見た・2000]が歌われた。
同名アルバム収録はのテイクはスタジオレコーディングで、シングルバージョンはライブレコーディングである上歌詞も何箇所か変えている。因みにシングルバージョンの初CD化は「エレック・アンソロジー2〜Singles & Rare」である。尚、同アルバムはこのシングルバージョンに他にも海援隊母に捧げるバラード」や佐渡山豊の「ドゥチュイムニー」等シングルバージョンがCD初収録されている曲が数曲ある。
上記で説明したシングルバージョンは2007年2月21日発売のエレックレコードシングルボックスにてB面曲と共に紙ジャケで再発売されている。
  • 一番電車
  • いっぽんでもニンジン
ひらけ!ポンキッキ』挿入歌。1975年発売(CX-102)。『およげ!たいやきくん』オリジナル盤の片面で、両面ジャケットがあるため、B面ではなく、両A面とする見方もある。買取契約をしたため、本人は3万円しかもらえなかったと語っている。いわゆる数え歌で、無理問答の連鎖のような歌詞。作詞:前田利博、作曲:佐瀬寿一
  • ママのみぎてはまほうのて/そらとぶさんりんしゃ
『ひらけ!ポンキッキ』挿入歌。1976年発売(CX-103)。
  • おかしいゾウ
『ひらけ!ポンキッキ』挿入歌。1980年発売(CX-122)。
  • 流れ者に捧げる詩
  • フーセンのドラ太郎
フジテレビ系アニメフーセンのドラ太郎』の主題歌。みなみらんぼうの作で歌唱のみ本人)
  • ドラ太郎音頭
(こちらも『フーセンのドラ太郎』の曲で、みなみらんぼうの作。このレコードから名前の表記が芸名が『なぎらけんいち』から『なぎら健壱』となる)
  • アーパー・サーファー・ギャル
オクラホマミキサーの曲に載ってサーファーギャルをこき下ろすコミックソング。B面は『なぎらのマイムマイム』。
  • ラブユー東京スポーツ
首都圏の夕刊紙東京スポーツの大げさな見出しと内容のギャップをネタにしつつ、東京スポーツに対する愛情を表現したコミックソング。が、東京スポーツ側は、大まじめに「これは我々を賛美しているのだろうか?」と会議を行ったらしい。曲名は黒沢明とロス・プリモスの『ラブユー東京』のパロディーだが、曲調は全くの別物。B面の『下町(まち)』はまじめに下町への郷愁をうたっている。
  • カンポ節(漢方胃腸薬のCMソング)※作詞は秋元康
  • ひとり渚で(CBC秀才組!土曜チェックエンディングテーマ曲)
  • いつか風になって(テレビ東京独占サイクルスポーツエンディングテーマ曲)
  • 遥かな町(NHK深夜便の歌
  • 踏切/見果てぬ夢(日本テレビぶらり途中下車の旅のエンディングテーマ曲)
  • 東スポワルツ/東スポ博士(東京スポーツ紙、50周年記念ソング)

アルバム[編集]

  • 万年床(ビクター
  • なぎらけんいちの奇癖(ビクター)
  • 葛飾にバッタを見た(URC
  • 街の風になって(URC)
  • 春歌(カレードスコープ)
  • さすらいのばくち打ち(ワーナー・パイオニア
  • 永遠の絆―ライブアルバム(ワーナー・パイオニア)
  • フォークマン・ブラザーズ(CBSソニー
※『おかあさんといっしょ』で歌のおにいさんをしていた坂田おさむとのユニット。ユニット名、タイトルともにフォークマン・ブラザーズ。内容はスネークマンショーのような構成で台本もなぎら自身が手がけている。コント部分に高田純次が参加している。
  • 青春ラリアート―ライブアルバム(フォーライフ
  • この夜に(EMI)
  • ベストアルバム 中毒(フォーライフ)
※再発売発起人は高田文夫でライナーノーツに寄稿している。また、なぎら自身による年譜も掲載されている。
  • Whoopee Water Band Vol.1(シールズ)
  • 日輪(HINAWA)
  • 下町のこころ〜東京のこっち側〜(アンサンブル)
  • 嘘のような本当の話vol.1 - トークアルバム(テイチクエンタテインメント
  • 嘘のような本当の話vol.2 - トークアルバム(テイチクエンタテインメント)
  • 裏技(テイチクエンターテインメント)
  • さすらいのばくち打ち(再発・タワーレコード限定)
  • 永遠の絆―ライブアルバム(再発・タワーレコード限定)
  • 夜風に乾杯(初回限定版)
※ボーナスCD付き。「いっぽんでもニンジン」と「葛飾にバッタを見た 2000」を収録。
  • 夜風に乾杯(通常版)
  • 風致空地(ルーツ)
  • N・KEN(ルーツ)

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

アニメ[編集]

OVA[編集]

CM[編集]

バラエティ[編集]

ニュース・情報番組[編集]

スポーツ[編集]

ラジオ[編集]

映画[編集]

その他[編集]

著作[編集]

旧題「笑って悲しく泣いて死ぬ」
  • 日本フォーク私的大全(ちくま文庫
  • 大江戸アウトドア(洋泉社)
  • 東京酒場漂流記(ちくま文庫)
  • 下町小僧(ちくま文庫)
  • ぼくらは下町たんけん隊(童心社)― 少年版
  • 新TOKYO八景 来るな!(テレビ朝日)― 共著
  • なぎら健壱の味勝負四十番(廣済堂出版)
  • いいだろ?これ(IMS出版)― 共著
  • なぎら健壱な・み・だ・つぼ(祥伝社
  • 東京の江戸を遊ぶ(ちくま文庫)
  • ぼくらは下町探検隊(ちくま文庫)
  • 歌い屋たち(文藝春秋社)― 小説
  • 東京のこっちがわ(岳陽舎)― 写真集
  • タイムスリップ昭和30年代の歌 懐かしのヒット曲と出来事でよみがえる(英知出版)- 共著
  • 町のうしろ姿(岳陽舎)― 写真集
  • 東京居酒屋/夕べもここにいた!(毎日新聞社
  • 酒にまじわれば(文藝春秋社)
  • なぜ犬は「ポチ」なのか?(PHPエディターズ・グループ)
  • 絶滅食堂で逢いましょう(徳間書店
  • 東京路地裏暮景色(ちくま文庫)
  • 町の忘れもの(ちくま新書)
  • 五つの赤い風船とフォークの時代(アイノア)2012年7月発行
  • 酒場のたわごと(実業之日本社)2014年11月発行

脚注[編集]

  1. ^ 伊藤隆太郎「なぎら健壱編集長!?」『アエラ』Vol9、No45、朝日新聞社2006年9月25日、p81)
  2. ^ フーセンのドラ太郎”. 日本アニメーション. 2016年8月2日閲覧。
  3. ^ 河童のクゥと夏休み”. メディア芸術データベース. 2016年9月20日閲覧。

関連項目[編集]