イモ欽トリオ

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イモ欽トリオ
出身地 日本の旗 日本 番組起源(「欽ドン!良い子悪い子普通の子」, フジテレビ
ジャンル 歌謡曲 コミックソング
職業 タレント
活動期間 1981年 - 1983年
レーベル フォーライフ・レコード
共同作業者 松本隆 細野晴臣
メンバー 山口良一(ヨシオ)
西山浩司(ワルオ)
長江健次(フツオ)
旧メンバー 後藤正(二代目フツオ)

イモ欽トリオ(イモきんトリオ)は、日本のバラエティ番組欽ドン!良い子悪い子普通の子』から生まれたユニット。1981年には歌謡曲も発売し、一大ヒットさせるなどの活躍をみせた[1]

概要[編集]

  • 1981年4月、フジテレビで放送されていたバラエティ番組欽ドン!良い子悪い子普通の子」にレギュラー出演していた、ヨシオ役の山口良一、ワルオ役の西山浩司、フツオ役の長江健次の三名で結成されたユニット。近年増えるバラエティー番組から誕生する企画ユニットの元祖的存在[1]
  • ユニット名の由来は、当時人気だった「たのきんトリオ」と「YMO」にあやかってのこと。「YMO」を「イモ」と読んでユニット名に採用したのは萩本欽一のアイデア。また、長江は「たのきんトリオよりイモ臭いから」という発言もしている。アルファベット表記は「YMO KIN TRIO」ではなく「IMO KIN TRIO」である。
  • 番組開始当初から人気はうなぎ昇りで、ティーン向けアイドル雑誌『セブンティーン』や『明星』などにも多く掲載されるなど、アイドル的な要素を踏まえた異色ユニットとして取り上げられた。
  • 1981年8月5日、デビュー曲『ハイスクールララバイ』をリリース。制作にあたっては作詞松本隆、作曲・編曲を細野晴臣のヒットメーカーに依頼した(なお、両者はかつて一緒に「はっぴぃえんど」というバンドを組んでいた)。当時流行していたテクノポップと歌謡曲の要素を上手く取り入れた楽曲は時代の波に乗り、企画ものとしては異例の大ヒット。累計160万枚[2][3]ミリオンセラーを記録した。「欽ドン!」を放送していたフジテレビだけに留まらず、他局であるTBSテレビ日本テレビ音楽番組にも出演した。とりわけ影響力の大きかったTBSの『ザ・ベストテン』においては8週連続第1位を達成。1981年9月17日放送の1位獲得時には、瞬間最高視聴率41.7%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)を記録した[4]。長江がメインボーカルで歌い、横で山口と西山がコーラスを入れつつコミカルな振付けで踊るスタイルである。山口と西山の動きは、YMOの楽器演奏を模したものであり、エアキーボード[5]、エアドラムの先駆である(エアギターの項参照)。長江のレコーディング中、スタジオで時間を持て余した山口と西山が、音楽に合わせて楽器を演奏する真似をして遊んでいた。実際に歌を披露する際に二人の動きをどうするか考えていたこともあり、その動きを本番でも採用することにした[6]
  • デビュー曲大ヒットの勢いが衰えぬ1981年12月に、アルバム『ポテトボーイズNo.1』をリリース。数々の人気作家・ミュージシャン(主な演奏はムーンライダーズ)が参加している。
  • 1982年3月、長江が大学受験専念を理由に「欽ドン!」を卒業、同時にユニットを脱退。「欽ドン!」ではコーナー存続のため、二代目のフツオに後藤正を抜擢した。3rdシングル『ティーンエイジ・イーグルス』もリリースしたが、初代のフツオほどの人気は得られなかった(このシングルを最後にイモ欽トリオとしての音楽活動は凍結した)。後藤は放送期間中の1983年5月に番組を降板し、同時に芸能界を引退してしまったため、急遽三代目フツオを一般から募集して選出するオーディションが行われることになった。しかしフツオに相応しい人材を絞り切れず、最終選考に残った三名を暫定仮採用として番組コーナーに出演させ、演技やアドリブなどを競わせたのちに決定するとした。三名はそれぞれ「フッ君」「ツッ君」「オッ君」と呼ばれ、数週間コーナーに出演。最終的にオッ君役だった境田晃一が三代目フツオに決定し、1983年3月にリニューアルした『欽ドン!良い子悪い子普通の子おまけの子』に起用された。しかし、番組以外で「イモ欽トリオ」の活動をすることは無くなった。
  • 『欽ドン!』終了後も現在までに、オリジナルメンバーで幾度か再結成し、テレビ番組に出演することがある。2007年24時間テレビでは、萩本欽一のマラソン応援の為にメンバーが集結したが、山口が寄席の為出演できず、勝俣州和が山口の代理として『ハイスクールララバイ』を披露した。
  • 2014年7月神戸チキンジョージで行われた長江の50歳を記念したライブ『長江健次生誕50周年記念LIVE「健次の五十路」〜今回はバンドでやっちゃいます〜』に山口と西山がゲスト出演。 2015年1月24日には同店で「イモ欽トリオ」名義のライブを行った[7]。「イモ欽トリオ」名義で有料でライブを行ったのは初めてである(フリーライブやテレビ番組の企画のライブは数回ある)。
  • 2015年8月21・22日、デビュー曲を作詞した松本隆の作詞活動45周年を記念したコンサート『風街レジェンド2015』にオリジナルメンバー3名が揃い「イモ欽トリオ」名義で出演、『ハイスクールララバイ』を披露した[8]

ディスコグラフィー[編集]

シングル[編集]

  • ハイスクールララバイ (作詞:松本隆、作曲・編曲:細野晴臣、1981年8月5日) - 1981年度年間4位(オリコン
    • 欽ドン良い子悪い子普通の子のテーマ (作詞:竹島達修、作曲・編曲:あかのたちお
  • ティアドロップ探偵団 (作詞:松本隆、作曲・編曲:細野晴臣、1982年3月21日)
    • サーフサイドX (作詞:松本隆、作曲・編曲:井上大輔
  • ティーンエイジ・イーグルス(作詞:松本隆、作曲:細野晴臣、編曲:白井良明、1983年1月1日) - 二代目・フツオが参加
    • エレクトリック・スーパーマン (作詞:松本隆、作曲:細野晴臣、編曲:白井良明

アルバム[編集]

  • ポテトボーイズNo.1 (1981年12月5日)
    • 発売時はLPレコード及びカセットテープ。1995年11月17日にCD化。

メディア[編集]

書籍[編集]

  • イモ欽トリオの 笑うんだランド - 良い子・悪い子・普通の子(1981年1月)

CM[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b イモ欽トリオ、27年ぶりの再結成イベントに1500人 ... - ORICON STYLE
  2. ^ 世相風俗観察会(編)『現代風俗史年表 昭和20年(1945)→昭和60年(1985)』河出書房新社、1986年、332頁。ISBN 4-309-24089-5。
  3. ^ TVガイド編集部編『テレビ40年in TVガイド』東京ニュース社、1991年、210頁。(初出は『週刊TVガイド』1981年12月18日号)
  4. ^ 音楽高世帯視聴率番組|ビデオリサーチ
  5. ^ 実際には、シンセサイザーのパッチング(プラグの差し替え)を模しているため、坂本龍一の演奏よりは、マニピュレーター松武秀樹の動作を真似していると言える
  6. ^ 2008年11月8日、東京・池袋のサンシャインシティ再結成イベントでの発言。
  7. ^ 神戸チキンジョージ 2015年1月公演スケジュール
  8. ^ 『風街レジェンド2015』公式サイト

関連項目[編集]