イングリッド・バーグマン

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Ingrid Bergman
イングリッド バーグマン
イングリッド バーグマン
『Adam Had Four Sons』
本名 Ingrid Bergman
別名 アメリカの聖女
生年月日 1915年8月29日
没年月日 1982年8月29日(満67歳没)
出生地 スウェーデンの旗 スウェーデン ストックホルム
死没地 イングランドの旗 イングランド ロンドン
国籍 スウェーデンの旗 スウェーデン
職業 女優
活動期間 1934-1982
配偶者 ピーター・リンドストローム(1937-1950)
ロベルト・ロッセリーニ(1950-1957)
ラルス・シュミット(1958-1978)
家族 ピア、ロベルティーノ、イザベラ、イゾッタ
主な作品
1939年:『別離

1942年:『カサブランカ
1943年:『誰がために鐘は鳴る
1944年:『ガス燈
1956年:『追想
1969年:『サボテンの花
1974年:『オリエント急行殺人事件
1978年:『秋のソナタ

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『汚名』
『ジキル博士とハイド氏』
『ガス燈』
バーグマン(14歳のとき)

イングリッド・バーグマンIngrid Bergman, 1915年8月29日 - 1982年8月29日)は、ハリウッドで活躍したスウェーデン出身の女優。"Ingrid Bergman" はスウェーデンではインリド・ベリマン [ˈɪŋːrɪd ˈbærjman] [1]と発音される。スウェーデン語ドイツ語フランス語英語イタリア語に堪能であった。

目次

生涯

ストックホルムにて、スウェーデン人の父親と、ドイツ人の母親の元に生まれる[1]。バーグマンが3歳の時に母親が、13歳の時には父親が亡くなり、叔母の家に引き取られる。父親は写真館を経営しており当時は最新鋭だったムービーで撮影されたバークマンの幼き日の映像が多く残っている。早くに両親をなくしたバークマンは両親と幼き自分が映るこの映像を生涯肌身離さず大事に持っていた。17歳の時にスウェーデンの王立演技学校(Dramatens elevskola)のオーディションに合格し演技を学ぶようになるが、すぐにエキストラや端役として映画に出演するようになる。1936年には『間奏曲』に主演。1937年(21歳のとき)、歯科医・医師のペッテル・リンドストローム(Petter Lindström)と結婚し、翌年に娘ピア・リンドストローム(女優)を出産する。

その後、『間奏曲』を見たハリウッドプロデューサーデヴィッド・O・セルズニックに招かれて渡米して、同作品のリメイクである『別離』(1939年)に主演した。1942年の『カサブランカ』で一躍スターになり、1944年の『ガス燈』でアカデミー主演女優賞を獲得した。

その後、イタリア人の監督ロベルト・ロッセリーニの作品『無防備都市』(1945年)を見て感動し、手紙を送って、アルフレッド・ヒッチコック監督『山羊座のもとに』(1949年、日本未公開)を最後に仕事と家庭を捨てハリウッドやセルズニックから離れ、ロッセリーニの元に走り、ロッセリーニの映画に出演。プライベートでも二人は付き合うようになると当時の世論から不倫を激しく非難され、一時期はハリウッドから追放された状態であった。なお、後年娘のイザベラ・ロッセリーニは NHK BSプレミアムの番組、『永遠のヒロイン その愛と素顔「わたしを演じる孤独〜イングリッド・バーグマン〜」』で、バーグマンは夫リンドストロームにアメリカ在住時より離婚を申し出ていたものの、受け入れられなかったと語っている(1949年3月に離婚を求める手紙を彼に送り、1950年11月1日にロサンゼルス市にて離婚が正式に成立[2])。娘のピアとも何年も会わず親子の確執があったが後に和解し、失われた時間を埋めるかのようにピアを様々な場所に連れていっている。後年はロッセリーニとの間に産まれた3人の子供たちとも一緒にスウェーデンの避暑地の島で休暇を楽しんでいる。この島で4人の子供と共に過ごす時間をかけがえのないものとしており、バークマンは亡くなる前に遺骨をこの島の海に撒くよう遺言を残し遺骨はその海に撒かれた。

1956年、『追想』に出演して、2度目のアカデミー主演女優賞を受賞。1974年の『オリエント急行殺人事件』でアカデミー助演女優賞を受賞し、生涯に3回オスカーを獲得している。ハリウッドを追放されていた時期も、復帰してハリウッドに戻ってきた時も、変わらず友情を保ってくれたのは俳優のケーリー・グラントただ一人だったという。

ノーベル文学賞作家のアーネスト・ヘミングウェイの著書で1930年代後半に起きたスペイン内戦を描いた『誰がために鐘は鳴る』の映画化(1943年)では、『別離』を観たヘミングウェイ自ら主人公のマリア役としてバーグマンを指名した。

知性を感じさせる美貌(芸能界では当たり前といわれた美容整形を拒否した)と情熱的な演技で人気を博す。名実ともに20世紀を代表する女優のひとりである。円熟期に映画出演ができなかったのは、不倫に対する非難を受けたためである。

ロベルト・ロッセリーニと組んで製作された映画は興行的に失敗した。映画界から追放された後、夫婦の生活は経済的にも実質的にも破綻して、やがて夫婦は離婚に至った。結婚中に生まれた双子の娘のひとり、イザベラ・ロッセリーニは母をしのばせる女優である。そしてそのイザベラの娘エレトラは、ランコムの代表モデルを母親から引き継いだ。

1982年にのため、67歳で死去。生没同日だった。彼女の墓には「彼女は生の最後まで演技をした」と書かれている。


AFI(アメリカ映画協会)選定の「最も偉大な女優50人」第4位。

名言

  • 「富と名声に、成功を見出したことはない。私にとっての成功は、才能と情熱の中にあるの。」
  • 「私の後悔することは、やらなかったことであり、できなかったことではない」

評言

バーグマンに「イングリッド、たかが映画じゃないか」という言葉を発したアルフレッド・ヒッチコックはバーグマンの女優根性を「彼女は傑作にしか出たがらない女優なんだ」と評した(フランソワ・トリュフォー『映画術』)。

雑誌

同じく1982年に亡くなったグレース・ケリーと共に2007年、没後25周年記念で特集された。また2002年に近代映画社の〈スクリーン・デラックス〉に『イングリッド・バーグマン&グレース・ケリー 永遠の2大クール・ビューティーズ』がある。

逸話

ハリウッドに渡ったばかりの頃のバーグマンはやや太めで大柄な体格であったため、スタッフなどから「今度スカンジナビアからやってきた健康的な牝牛」や「英語もろくに話せない健康的なだけが取り柄の新人」などと揶揄されていたと自伝“My Story”の中で回想している。

身長が175cm(173cmとも)あり、北欧女性としてはそれほどでなくても、当時の米国ではしばしばハリウッド男優とつりあいが取りにくい(さらに大きな骨格)サイズであったため、いくつかの有名な作品のシーンで可憐な女性を演出するため、ある種の“工夫”(衣装など)を施す必要があったと回想している。

主な出演作品

公開年 邦題
原題
役名 備考
1935 ムンクブローの伯爵
Munkbrogreven
エルサ
スウェーデンイェルムの家
Swedenhielms
アストリッド
ワルプルギスの夜
Valborgsmässoafton
レナ
1936 間奏曲
Intermezzo
アニタ・ホフマン
1938 ドル
Dollar
ジュリア
女の顔
En kvinnas ansikte
アンナ・ホルム
一夜かぎり
En enda natt
エヴァ・ベックマン
1939 別離
Intermezzo: A Love Story
アニタ・ホフマン
1940 六月の夜
Juninatten
カーステン
1941 四人の息子
Adam Had Four Sons
エミリエ
天国の怒り
Rage in Heaven
ステラ
ジキル博士とハイド氏
Dr. Jekyll and Mr. Hyde
アイヴィ・ピーターソン
1942 カサブランカ
Casablanca
イルザ
1943 誰が為に鐘は鳴る
For Whom the Bell Tolls
マリア
1944 ガス燈
Gaslight
ポーラ アカデミー主演女優賞 受賞
ゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ドラマ部門) 受賞
1945 サラトガ本線
Saratoga Trunk
クリオ・デュレーン
白い恐怖
Spellbound
コンスタンス・ピーターセン
聖メリーの鐘
The Bells of St. Mary's
シスター・メアリー・ベネディクト ゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ドラマ部門) 受賞
1946 汚名
Notorious
アリシア・ハバーマン
1948 凱旋門
Arch of Triumph
ジョアン・マドゥ
ジャンヌ・ダーク
Joan of Arc
ジャンヌ・ダルク
1949 山羊座の元に
Under Capricorn
ヘンリエッタ
1950 ストロンボリ/神の土地
Stromboli
カリン
1952 ヨーロッパ一九五一年
Europa '51
イレーネ
1953 われら女性
Siamo donne
本人役
1954 イタリア旅行
Journey to Italy
キャサリン・ジョイス
不安
La Paura
イレーネ・ワグナー
火刑台上のジャンヌ・ダルク
Giovanna d'Arco al rogo
ジャンヌ・ダルク
1956 追想
Anastasia
アンナ・コレフ/アナスタシア アカデミー主演女優賞 受賞
ゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ドラマ部門) 受賞
恋多き女
Elena and Her Men
エレナ
1958 無分別
Indiscreet
アンナ・カルマン
六番目の幸福
The Inn of the Sixth Happiness
グラディス・エイルウォード
1961 さよならをもう一度
Goodbye Again
ポーラ・テシエ
1964 訪れ
The Visit
カーラ
黄色いロールスロイス
The Yellow Rolls-Royce
ゲルダ・ミレット
1969 サボテンの花
Cactus Flower
ステファニー・ディキンソン
1970 春の雨の中を
Walk in the Spring Rain
リビー・メレディス
1973 クローディアと貴婦人
The Hideaways(UK版タイトル)
From the Mixed-Up Files of Mrs. Basil E. Frankweiler
夫人フランクワイラー
1974 オリエント急行殺人事件
Murder on the Orient Express
グレタ・オルソン アカデミー助演女優賞 受賞
英国アカデミー賞 助演女優賞 受賞
1978 秋のソナタ
Höstsonaten
シャーロット

日本のテレビ番組出演

受賞歴

アカデミー賞

受賞
1945年 アカデミー主演女優賞:『ガス燈
1957年 アカデミー主演女優賞 『追想[2]
1975年 アカデミー助演女優賞:『オリエント急行殺人事件
ノミネート
1944年 アカデミー主演女優賞:『誰が為に鐘は鳴る
1946年 アカデミー主演女優賞:『聖メリーの鐘
1949年 アカデミー主演女優賞:『ジャンヌ・ダーク
1979年 アカデミー主演女優賞:『秋のソナタ

英国アカデミー賞

受賞
1975年 助演女優賞:『オリエント急行殺人事件
ノミネート
1959年 最優秀外国女優賞:『六番目の幸福

ゴールデングローブ賞

受賞
1945年 女優賞ガス燈
1946年 女優賞:『聖メリーの鐘
1957年 主演女優賞 (ドラマ部門):『追想
1983年 女優賞 (ミニシリーズ・テレビ映画部門):『A Woman Called Golda
ノミネート
1959年 主演女優賞 (ドラマ部門):『六番目の幸福
1959年 主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門):『無分別』
1970年 主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門):『サボテンの花
1979年 主演女優賞 (ドラマ部門):『秋のソナタ

ニューヨーク映画批評家協会賞

受賞
1946年 主演女優賞:『白い恐怖』、『聖メリーの鐘
1956年 主演女優賞:『追想
1978年 主演女優賞:『秋のソナタ
ノミネート
1942年 主演女優賞:『カサブランカ
1944年 主演女優賞:『ガス燈
1946年 主演女優賞:『汚名

ナショナル・ボード・オブ・レビュー

受賞
1958年 女優賞:『六番目の幸福
1978年 女優賞:『秋のソナタ

セザール賞

受賞
1977年 名誉賞

エミー賞

受賞
1960年度 主演女優賞(ミニシリーズ・テレビ映画部門) 『The Turn of the Screw
1982年度 主演女優賞(ミニシリーズ・テレビ映画部門) 『A Woman Called Golda

トニー賞

受賞
1947年度 主演女優賞(演劇部門) 『Joan of Lorraine

日本語文献

  • 『イングリッド・バーグマン マイ・ストーリー』 回想記
     イングリッド・バーグマン、アラン・バージェス共著 (永井淳訳、新潮社 1982年) 
  • 『イングリッド・バーグマン 時の過ぎゆくまま』 伝記
     ローレンス・リーマー (大社淑子訳、朝日新聞社 1989年)
  • 『大女優の一生 イングリッド・バーグマン』 写真集
     スクリーン・筈見有弘編 (近代映画社 1983年、同社の文庫判、1985年)

関連項目

ハイブリッド・ティの名花「イングリッド・バーグマン」。彼女を讃え、1985年に発表。2000年世界バラ会議では「バラの殿堂」に加えられた。
  • バラ:没後「イングリッド・バーグマン」というバラが発表された。2000年世界バラ会議によって「バラの殿堂」に入った。
  • ワイン:最も一般的とされるボルドー型のワインボトルを「バーグマン型」と呼ぶことがある(肩幅が広いことから)。
  • フェラーリ:1954年、当時の夫ロベルト・ロッセリーニから贈られた375MMベルリネッタは、彼女のために製作された1台限りの車であった。そのエピソードから通称「バーグマン・クーペ」と呼ばれる。またその車に塗られた色は現代のフェラーリ車にオーダーすることが可能で、その名をGrigio Ingrid(=イングリッド・グレー)という。
  • 水城蘭子:日本語吹き替え版の専任の声優。
  • モンブラン:バーグマンをオマージュし、2009年にイングリッド・バーグマン「ラ・ドンナ」を発売。

参照

  1. ^ Chandler, Charlotte (2007). Ingrid: Ingrid Bergman, A Personal Biography. New York: Simon & Schuster. pp. 21; 294. ISBN 0-7432-9421-1. 
  2. ^ ただし、バーグマン本人はこの第29回アカデミー賞の式典に出席しておらず、代理人としてケーリー・グラントが受賞している。