カンニング (お笑いコンビ)

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カンニング
メンバー 竹山隆範
中島忠幸
結成年 1992年
解散年 2006年
事務所 渡辺プロダクション1992年 - 1996年
フリーフォークス(1997年 - 1998年
サンミュージック1999年 - 2006年
活動時期 1992年 - 2006年
出会い 小学校からの同級生。
現在の活動状況 事実上解散(竹山はピンで活動)
現在の代表番組 なし
過去の代表番組 虎の門
エンタの神様
笑いの金メダル
DAI★安BSフジNAVI
爆笑オンエアバトル
など
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カンニングは、日本男性漫才コンビである[1]サンミュージック所属。

メンバー[編集]

ただし、番組では、2人とも、ボケ・ツッコミ関係ない役割に回ることも珍しくない。

経歴[編集]

小学校3年生からの同級生である竹山隆範中島忠幸が、東京で再会し「カンニング」を結成。結成当初の1992年から1996年までは渡辺プロダクションに所属していたが、1997年に退社しフリーフォークス(お笑いコンビMANZAI-Cが独立して、設立した事務所)に移籍したが、さっぱり売れず、借金だけが残った。その後、1999年サンミュージック企画プロジェクトGETに所属した。

2001年に『虎の門』のコーナー「お笑いTIGER'S GATE」内で一部から賞賛を受け、次第に番組のセミレギュラーに昇格した。

2003年に『めちゃ2イケてるッ!』のコーナー「笑わず嫌い王決定戦」に出演して注目を集める。この時は「中野のケーブルテレビでは人気者」と紹介された。

2004年、すでに結成10年を超えて出られなかった第4回M-1グランプリに覆面をして「とんこつなんこつ」のコンビ名で出場、3回戦まで進出した。その後、『笑いの金メダル』でも同コンビ名&覆面姿でネタを披露した。同年10月21日左とん平のカバーで日本クラウンからCDデビューを果たした。その発売記念イベントなども行われたがさっぱり売れなかった。そのほかにも売れないことを逆手に取った自虐ネタを持ちネタとし、2004年にかけてお笑いブームの波に乗って一躍人気芸人の仲間入りを果たした。

2004年12月には、中島が急性リンパ球性白血病で長期休養することになり、竹山がピンで活動する事になった。中島の闘病中、竹山は出演料を2人分に分け、中島の分を治療費の一部にあてていたという。同年、DVD『カンニングの思い出づくり』を発売。中島の復帰は当初「年内から2006年春(遅くとも4月末頃)には復帰」と言われていたが、予定から大幅に伸びてしまい4月には復帰できていなかった。2006年11月には退院し「2007年5月ごろに復帰」との情報が出たものの、直後に再入院し、2006年12月20日、ウイルス性肺炎のため死去(享年35)。最後のTV出演はエンタの神様内でカンニング竹山が中島にかけた携帯電話での声のみの出演だった[2]

中島の逝去により、コンビは実質的な解散となったが、竹山は「カンニング竹山」としてソロ活動していくことを宣言した。これについて竹山は「自分が一人で活躍することによって、カンニングというコンビを忘れないでもらえる」と発言している。

エピソード[編集]

  • コンビ名は中島の見た夢に由来する。名前を何にしようかと迷っている時に中島に『昨日夢見てさ、なんか俺達がさ、なんかでっかいホールかなんかでワーって出よったらね、カンニングーって紹介されて出てきたんよ。そしたら客がワーって沸いたんよ。だから“カンニング”がよかろうもん?』と言われ、コンビ名をカンニングとした[3]
  • 竹山は不動産屋でアルバイトをしていた時期があり、中島は中野区の「わしや」という惣菜屋で副店長まで任されていた。お笑い界きっての料理の腕で知られる。その為「いつかは小さな店を開き、中島が厨房で料理を作り竹山が接客して、馴染みの客に芸人時代のことを照れながら話してみたい」と(冗談半分ではあっただろうが)語ったことがある。
  • エンタの神様などの番組では数々の問題も起こしている。五味一男曰く、「昔のビートたけしとんねるずみたいな感じ」とのこと。
  • ズバリ言うわよ!にゲスト出演時、ネタ見せと鑑定で長井秀和ら他の芸人のネタでは顔色一つ変えなかった細木数子から、「面白かった。けれどコンビでの仲の悪さが見えてる」と言われた。同じく細木数子出演の『幸せって何だっけ』で竹山は「38歳辺りまでに結婚したほうがいい」と言われ、番組を通じて同棲中の女性にプロポーズし、その後『FNS25時間テレビ』で「2007年春には正式に結婚する」と発表し、予告通り自身の誕生日である2007年3月30日に結婚した。
  • 中島が死去した翌日、竹山は記者会見を開いた。落ち込んだ様子で「正直、とても残念」「中島は戦友だし、夫婦みたいなものです」と述べた。
  • ロックバンド「Janne Da Arc」の応援リーダーとしても活動したが、アルバムCDの告知CMでキレまくっていた為か、ファンから「Janne Da Arcに近づくな!」などの抗議が来たと後日『ミュージックステーション』で語った。この際、『絶対買うなよ!』とCMでキレたら(Janne Da Arc)CDは沢山売れたが、自分達のCD(「ヘイ・ユウ・ブルース」)で同じことをやったら本当に売れなかった、とも語っていた。

出演していた番組[編集]

出演作品[編集]

CD[編集]

DVD[編集]

インターネットコンテンツ[編集]

  • ショートカッツ-実写版- 中島 #14 犬おやじ・竹山 #18 黒坂先生(小学館マイクロムービーズ)
  • カンニングの恋愛中毒(GYAO)[5]

脚注[編集]

  1. ^ プロフィール カンニング”. サンミュージック企画. 2006年11月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年5月19日閲覧。
  2. ^ 2005年1月22日の「エンタの神様」で放送。病室で子供が泣きだしたと中島が激怒し、竹山と大喧嘩するという話だった。
  3. ^ TBSラジオ・木曜JUNK2『カンニング竹山 生はダメラジオ』Podcasting2006年12月21日放送にて竹山談より
  4. ^ カンニングの思い出づくり”. 2013年5月19日閲覧。
  5. ^ 芸人面接、AV女優面接などオモシロ企画満載!「カンニングの恋愛中毒」 を無料放送<パソコンテレビ GyaO [ギャオ>]”. 2009年3月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年5月19日閲覧。

関連項目[編集]