スコット・マクレーン

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スコット・マクレーン
Scott McClain
HC-Scott-McClain.jpg
広島時代(2009年9月19日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ベンチュラ郡
生年月日 1972年5月19日(44歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手一塁手左翼手
プロ入り 1990年 MLBドラフト22巡目
初出場 MLB / 1998年5月14日
NPB / 2001年3月24日
最終出場 MLB / 2008年9月26日
NPB / 2009年10月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

スコット・マイケル・マクレーンScott Michael McClain , 1972年5月19日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身の元プロ野球選手内野手)。愛称は「マック」など。

来歴[編集]

1990年MLBドラフト22巡目でボルチモア・オリオールズに指名され契約。ニューヨーク・メッツを経て、1998年タンパベイ・デビルレイズメジャーデビュー。しかし、目立った活躍はできず、翌1999年オフに解雇された。2000年コロラド・ロッキーズ傘下のAAA級コロラドスプリングスでプレーした。

2001年東尾修監督率いる西武ライオンズに入団。同じ年に入団したアレックス・カブレラとのコンビは「ツイン・バズーカ」と称され、この年は39本塁打を放った。翌2002年は飛躍が期待されたが手首の故障でシーズンの大半を棒に振ってしまう。復活した2003年は26本塁打を放つも、外角の変化球に弱いという弱点を覚えられたことで.225の低打率にあえぎ、ホセ・フェルナンデスと入れ替わりで西武を解雇された。

2004年シカゴ・カブスとマイナー契約を結んでいたが、カブレラが故障し、長距離砲の補強が急務だった西武に4月末に復帰した。しかし打率.181、本塁打4本と大きく期待を裏切って同年限りで再び解雇された(同年、二軍では桁違いの実力を見せ、23本塁打でイースタン・リーグの本塁打王に輝いている)。なお、この年のマクレーンは背番号00」を使用したが、この数字が使われたのは西武ライオンズ球団史上初だった。

2005年はカブスで7年ぶりのメジャー復帰を果たした。2006年オークランド・アスレチックス傘下のAAA級サクラメントで28本塁打、107打点を記録し、パシフィック・コーストリーグのMVPに選ばれた。

2007年サンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約し、メジャー昇格を果たす。翌2008年はAAA級フレズノで打率.300、29本塁打、108打点を記録。そしてシーズン終盤にメジャーに昇格し、9月3日の対コロラド・ロッキーズ戦でプロ19年目、36歳にしてメジャー初本塁打を放った。

2009年にAAA級フレズノを経て、4月27日に広島東洋カープと年俸2,000万円の1年契約で合意し、5月1日に入団会見を行った[1]。翌5月2日の対東京ヤクルトスワローズ戦では5番レフトでスタメン出場し、2点差で迎えた6回裏に一場靖弘からレフトスタンドへ飛び込む移籍後初本塁打を放った[2]。8月27日の対東京ヤクルトスワローズ戦ではハーフスイングをとられて怒り、牧田匡平球審に侮辱発言をしたためマーティ・ブラウン監督と共に退場になった。好不調の波が激しく、同年限りで退団となった。

広島退団後の2010年にカブスとのマイナー契約を経て、カブスのスカウトとなった。同年オフ、広島の駐米スカウトに就任。おもにアメリカ東部地区を担当する[3]

人物[編集]

来日するこのタイプの外国人選手は往々にして守備に不安があることが多いが、マクレーンは三塁守備で堅実なグラブ捌きや強肩を見せており、この例には当てはまらなかった[要出典]。なお、西武在籍時代は、勝ち試合では終盤ほとんど上田浩明を守備固めとして送られている。西武ライオンズ在籍時にはアレックス・カブレラ欠場時に一塁を守ることもあった。

帰国後の2006年、AAA級で松井稼頭央は別チームに所属するマクレーンに会う機会があった。松井はマクレーンとは西武時代に代官山で食事をしたり、マクレーンの住むフロリダに遊びに行ったりしていたことがあるとの事。松井自身のブログによると娘が生まれたという。また、ブログに掲載された写真を見ると「マクレーン」と青糸で刺繍されたミズノのグラブをアメリカでも使用していたことが分かる。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1998 TB 9 23 20 2 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 2 0 1 6 0 .100 .217 .100 .317
2001 西武 135 566 481 77 119 28 0 39 264 87 3 3 0 4 78 6 3 142 12 .247 .353 .549 .902
2002 19 72 63 6 15 4 0 2 25 5 0 1 0 0 8 1 1 20 0 .238 .333 .397 .730
2003 131 484 418 55 94 19 0 26 191 69 2 3 0 2 64 6 0 103 6 .225 .326 .457 .783
2004 35 85 76 10 14 1 0 4 27 10 0 0 0 0 8 0 1 19 4 .184 .271 .355 .626
2005 CHC 13 16 14 1 2 1 0 0 3 1 0 0 0 0 2 0 0 2 1 .143 .250 .214 .464
2007 SF 8 11 11 1 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .182 .182 .182 .364
2008 14 38 33 7 9 1 0 2 16 7 0 1 0 0 5 0 0 8 0 .273 .368 .485 .853
2009 広島 114 447 401 43 98 18 0 18 170 52 1 2 0 1 43 1 2 107 8 .244 .320 .424 .744
MLB:4年 44 88 78 11 15 2 0 2 23 8 0 1 0 0 9 0 1 18 1 .192 .284 .295 .579
NPB:5年 434 1654 1439 191 340 70 0 89 677 223 6 9 0 7 201 14 7 391 30 .236 .331 .470 .802

記録[編集]

NPB

背番号[編集]

  • 20 (1998年)
  • 3 (2001年 - 2002年)
  • 44 (2003年)
  • 00 (2004年)
  • 9 (2005年)
  • 8 (2007年)
  • 29 (2008年)
  • 90 (2009年)

脚注[編集]

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関連項目[編集]