トーマス・バッハ

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トーマス・バッハ
Thomas Bach
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任期 2013年9月10日

出生 (1953-12-29) 1953年12月29日(63歳)
西ドイツの旗 西ドイツヴュルツブルク
獲得メダル
男子フェンシング
オリンピック
西ドイツの旗 西ドイツ
1976 フルーレ団体

トーマス・バッハ(Thomas Bach, 1953年12月29日 - )は、ドイツの元フェンシング選手、弁護士。第9代国際オリンピック委員会 (IOC) 会長。ドイツオリンピックスポーツ連盟 (DOSB) 前会長。筑波大学名誉博士[1]

“バッハ”は小川を語源とするドイツによくある苗字のひとつで、音楽家のバッハ家とは無関係である。

経歴[編集]

西ドイツバイエルン州ヴュルツブルク出身。ヴュルツブルク大学法学部法律を学んだ。1976年のモントリオールオリンピックのフルーレ団体で西ドイツチームの一員として金メダルを獲得した。1991年にIOC委員となり、1996年に理事に就任。2000年 - 2004年2006年 - 2013年は副会長を務めた。

2013年9月10日アルゼンチンブエノスアイレスで行われた第125次IOC総会で、第9代IOC会長に選出された[2]

功績[編集]

自身が推進してきた「オリンピック・アジェンダ2020」は、世界中から寄せられた4万件以上のオリンピックに対する意見を40項目に集約したもの。2014年12月のIOC臨時総会で、この40の改革案すべてが満場一致で採択された[3]。しかしアジェンダの中に「財政難の場合は複数都市への分散を可能とする」が含まれており、単独開催の困難であった平昌オリンピック[4]を救う目的があったという指摘が絶えない。

受賞歴[編集]

2016年10月20日に、筑波大学から名誉博士号が授与された[1]

脚注[編集]

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  1. ^ a b “IOCバッハ会長、筑波大で講演 東京が五輪の転換点に”. 東京新聞. (2016年10月20日). http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2016102001000926.html 2016年10月21日閲覧。 
  2. ^ IOC新会長にトーマス・バッハ氏 ロシアの声(日本語版) 2013年9月12日閲覧
  3. ^ [3]五輪改革案「オリンピック・アジェンダ2020」の影響は?(1/2) - TVステーション
  4. ^ 平昌オリンピックは単独で開催することが絶望的であるため、複数の場所に分散して開催されることが決定している。
その他の役職
先代:
ベルギーの旗 ジャック・ロゲ
オリンピックの旗 国際オリンピック委員会会長
第9代:2013年 -
次代:
現職