マイク・ロマノ

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マイク・ロマノ
Mike Romano
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ルイジアナ州ニューオーリンズ(生まれはイリノイ州
生年月日 1972年3月3日(44歳)
身長
体重
188 cm
86 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 投手
プロ入り 1993年 ドラフト3巡目
初出場 MLB / 1999年9月5日
NPB / 2005年4月3日
KBO / 2007年
最終出場 MLB / 1999年9月24日
NPB / 2006年9月27日
KBO / 2007年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

マイク・ロマノMichael Desport Romano, 1972年3月3日 - )は、アメリカ合衆国ルイジアナ州出身の元プロ野球選手投手)。

韓国球界での登録名は、로마노(ロマノ)。

経歴[編集]

チューレーン大学時代は遊撃手1993年MLBドラフト3巡目でトロント・ブルージェイズに同ポジションとして入団するが、プロ入り後に投手コンバート

1999年9月5日メジャーデビューを果たす。

その後、ミネソタ・ツインズアトランタ・ブレーブスのマイナーチームやメキシカンリーグでプレー。

2005年広島東洋カープへ入団。スライダー系の速いボールとチェンジアップを軸にした投球で先発・中継ぎどちらもこなし、当時の広島投手陣の穴を埋めるまさに“助っ人”の役割を果たすも、ハリケーン・カトリーナがルイジアナの自宅を直撃、自宅が水没する被害を受けシーズン途中で帰国。残留も危ぶまれたが、2006年から指揮を執るブラウン監督の意向もあり引き続きプレーすることとなった。しかし2006年は、投球内容の不安定さが目立ち首脳陣の信頼を得ることは出来ず、同年限りで退団。

その後、韓国野球委員会SKワイバーンズと契約し、2007年から元同僚のケニー・レイボーンと一緒にプレー。12勝を挙げチームの韓国シリーズ初優勝に貢献したが、同年限りで退団。また、同年のアジアシリーズにも出場。決勝戦では8回途中から中継ぎで登板するも、同点で迎えた9回に井端弘和に勝ち越しタイムリーを浴び、敗戦投手となった。

選手としての特徴・人物[編集]

最速150km/hのストレートスライダーカットボールチェンジアップを投げる。

先発・中継ぎの両方をこなせる。

2006年5月28日に行われた日本ダービーにて勝ち馬予想を単勝で見事的中させた。

マーティ・ブラウン監督の有名なベース投げ事件の発端となった選手でもある。ロマノが判定に納得がいかず審判に暴言を吐いたため退場を宣告され、その後にブラウン監督が抗議してベース投げを行った。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1999 TOR 3 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 28 5.1 8 1 5 0 0 3 1 0 8 7 11.81 2.44
2005 広島 27 8 0 0 0 5 4 1 0 .556 320 73.1 65 12 36 1 1 48 4 4 39 37 4.54 1.38
2006 31 17 1 0 0 5 9 0 2 .357 474 103.2 122 19 45 2 4 65 4 0 80 65 5.64 1.61
2007 SK 32 25 0 0 -- 12 4 0 0 .750 651 146.1 158 9 67 0 5 81 72 60 3.69 1.54
MLB:1年 3 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 28 5.1 8 1 5 0 0 3 1 0 8 7 11.81 2.44
NPB:2年 58 25 1 0 0 10 13 1 2 .435 794 177.0 187 31 81 3 5 113 8 4 119 102 5.19 1.51
KBO:1年 32 25 0 0 -- 12 4 0 0 .750 651 146.1 158 9 67 0 5 81 72 60 3.69 1.54

記録[編集]

NPB投手記録
  • 初登板・初勝利:2005年4月3日、対読売ジャイアンツ3回戦(東京ドーム)、7回裏に4番手で救援登板、1回2/3を無失点
  • 初奪三振:同上、7回裏に清原和博から空振り三振
  • 初セーブ:2005年4月13日、対中日ドラゴンズ2回戦(豊橋市民球場)、10回裏に7番手で救援登板・完了、1回無失点
  • 初先発・初先発勝利:2005年6月26日、対中日ドラゴンズ8回戦(広島市民球場)、6回2失点
  • 初完投:2006年4月26日、対読売ジャイアンツ5回戦(広島市民球場)、5回4失点(雨天コールドでドロー)
  • 初ホールド:2006年6月24日、対横浜ベイスターズ7回戦(広島市民球場)、7回表に2番手で救援登板、1回1/3を無失点
NPB打撃記録
  • 初安打・初打点:2005年6月26日、対中日ドラゴンズ8回戦(広島市民球場)、3回裏に鈴木義広から右前適時打

背番号[編集]

  • 46(1999年)
  • 32(2005年)
  • 30(2006年)
  • 68(2007年)

関連項目[編集]