メッツ (ジャニーズ)

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メッツとは、1975年ジャニーズJr.出身のメンバーたちによって結成された男性アイドルグループである。 バーニングプロダクションからデビューした。 前身グループは「ジャニーズ・ジュニア・エース」(後述)。

メンバー[編集]

第一期(1975年 - 1977年)[編集]

  • 小坂まさる (愛称・マチャル、ヒデ坊)
    大阪府河内市生まれ、大阪市住吉区育ち。 堀越高等学校→日本大学高等学校卒業。
  • 近藤純市 (愛称・ジャンボ 、1958年9月27日 - 、大阪市阿倍野区生まれ、広島市育ち、日本テレビ『スター誕生!』に挑戦して第2位になった経験有り。
  • 鈴木寛 (愛称:ヒロ坊、1958年10月13日 - 、東京都渋谷区出身)
  • 吉田義久 (愛称・ヨシ坊、1958年12月18日 - 、東京都府中市出身)
  • 柏木孝夫 (愛称・タカちゃん、1959年3月11日 - 神奈川県横浜市出身)
    外見に似合わぬハスキーな声も特徴 的だった。
  • 山縣孝良 (リーダー、愛称・タカ坊 、1957年5月4日 - 、東京都出身)
    堀越高等学校卒業。

第二期(1978年 - 1979年)[編集]

  • 小坂まさる
  • 柏木孝夫
  • 鈴木寛
  • 砂野誠一 (いさの せいいち )
    血液型・B型。 元「ジェット(CBSソニー・バーニング系事務所)」というバンドのメンバー。 二期目からメッツに参加し、ジャニーズ事務所の出身ではない。
  • 青山浩一 (現:江蔵浩一)
    砂野と同じく、元「JETジェット」のメンバー。 二期目からメッツに参加し、ジャニーズ事務所の出身ではない。

概要[編集]

  • 1974年夏、「ジャニーズ・ジュニア第1期生」が2つのグループに分割された。一つはフォーリーブスのコンサートのバックダンサーチームとして作られた3人組の「ジュニア・スペシャル」(板野俊雄、林正明、山縣孝良)。もう一方はジャニーズ・ジュニアの名義のまま、郷ひろみのコンサートのバックを担当した(小坂まさる、畠山昌久、近藤純市、鈴木寛、吉田義久、柏木孝夫)。 夏のコンサートを終えた同年9月、小坂と近藤が共にジャニーズ事務所からの脱退を宣言し、それまで住んでいたジャニーズの合宿所を退所する。その為、山縣がスペシャルから元のジャニーズ・ジュニアへ異動となり、同年10月に山縣、畠山、鈴木、吉田、柏木の5名に対して「ジャニーズ・ジュニア・エース」というグループ名が与えられたが、翌11月には山縣、鈴木、吉田、柏木の4名もジャニーズ事務所を退所してしまい、エースはわずか一ヶ月で消滅した。そして事務所を辞めた計6名のジュニアたちは、一斉にバーニングプロダクションへ移籍した。
  • バーニングに移籍した6名は、新グループ「メッツ」を結成し、1975年2月23日、大阪の枚方市民会館にてステージデビュー。しばらくは郷ひろみのバック(『花のように鳥のように』など)に付いて「Go & Mets」として活動していたが、それから1年後の1976年2月、テイチクのサブレーベルだったユニオンレコードより『レディ・レイは最高さ!』でレコードデビュー。
  • 一方、移籍せずに事務所に残った畠山昌久や「ジュニア・スペシャル」の2名は、新たに「JOHNNY'Sジュニア・スペシャル」(通称・JJS)を結成し、メッツよりも1年早い1975年2月21日にレコードデビューしている。
  • その後は小坂まさるがソロで芸能活動を行っていたが、しばらくしてから元メンバーの柏木と鈴木、更に砂野と青山を迎え、ロックバンドとして「メッツ」を再結成。レコード会社もRCAレコード(現・BMG JAPAN)に変わり再デビューをしたが翌年解散した。

エピソード[編集]

  • 「メッツ」というグループ名は、メジャーリーグの「ニューヨーク・メッツ」からもじり、郷ひろみが命名した。 ちなみに郷ひろみのバックバンド(4人組)には「フォー・ジェッツ」と名付けた。後にメンバーの入れ替えがあり、7人組のバンド「スーパー・ジェッツ」に改名。

解散後[編集]

  • 小坂まさるは、バーニングから「プラスワン」という事務所に移籍。1980年NHK大河ドラマ獅子の時代』に書生役で出演。また、1980年代に東京都港区の区議会議員選挙に何度も出馬したが、全て落選した。その後は地元の大阪で飲食店を経営後、政治関係の仕事についている。
  • 近藤純市は脱退後、大学に進学。劇団にも入団していたが、後に故郷の広島市に帰郷。そして有名な飲食店グループのプロデュースをする一方、1982年には広島市中心部にディスコ『サンタモニカ』をオープンさせ、広島のフリースタイル・ディスコの草分けとして大きな人気を得た。その後は妻子と共に渡米。 ロサンゼルスで長年セレブ・コーディネーターなどとして活躍してた。
  • 柏木孝夫は、千駄ヶ谷にあるアパレル関係の会社で企画の仕事をする傍らで、同世代の男性アイドルグループレモンパイのメンバーや、第二期メッツのドラムだった砂野誠一らと共に、JU T'AIME(ジュテーム)というバンドを結成。現在でもライブ活動を行っている。
  • 山縣孝良は有名ホテルチェーンに長年勤務。
  • 鈴木寛は、金子美香、MIE、小比類巻かほる、河合その子など女性アーティストのレコーディングアレンジやコンサートのサポートを行っていた。
  • 青山浩一は、本名の「江蔵浩一」に改名。バンド「ピンナップス」を結成。の2枚のアルバムをリリースした後に解散。音楽院の講師を得て独立開業した。

テレビ[編集]

  • あなたをスターに! (テレビ朝日) レギュラー
  • ビッグ・ワイド60分 (テレビ朝日) レギュラー
  • 夜のヒットスタジオ1976年2月9日、フジテレビ)『レディ・レイは最高さ!』を披露
  • ぎんざNOW! (TBS) ゲスト出演
  • みごろ!たべごろ!笑いごろ! (1976年、テレビ朝日) ゲスト出演

ミュージカル[編集]

  • 俺たち仲間より友情 1975年8月1日 - 30日、コンサートツアー 「’75 サマー・エキサイティング・メッツ」の中でのミュージカル。

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

  • レディ・レイは最高さ! c/w ひとりぼっちの夜 (1976年2月)
    (A面の原曲はピエール・グロコラの「レディ・レイ」)
  • ジュディ・ランラン c/w ママルー (1976年)
  • ダイナマイト・パーティー c/w 愛する人へのラヴ・ソング (1976年)
  • メッツのシーサイド・バウンド c/w あなた好みの男 (1976年9月)
    (A面の原曲はザ・タイガースの「シーサイド・バウンド」)
  • オー・ママ・ミア c/w 気になるあの娘 (1976年12月)
  • エナメル・シックスティーン c/w 真夜中の天使 (1978年10月、5人時代)
  • TRY!! c/w マザー・シップ (1979年1月、5人時代)

アルバム[編集]

  • メッツ・アルバムI
  • メッツ・アルバムII
  • メッツ・アルバムIII

主なステージ[編集]

  • 枚方市民会館(デビューステージ)
  • 日本青年館・大ホール 「’75 サマー・エキサイティング・メッツ」 (1975年8月30日)
  • 大阪・毎日ホール 「ザ・ルベッツ&メッツ ジョイントコンサート」(1976年1月19日)
  • 岡山市立市民文化ホール 「サマー・エキサイティング・メッツ PartⅡ」 (1976年8月13日)
  • 東京霞ヶ関・久保ホール 「サマー・エキサイティング・メッツ PartⅡ」 (1976年8月29日)
  • 大阪・万国博ホール
  • 京都産業会館 (五人時代)

ほか多数

ジャニーズ・ジュニア・エース (前身)[編集]

1974年10月結成。11月に消滅。活動実績は無いが、上記「メッツ」の前身に当たる。

メンバー[編集]

  • 山縣孝良
  • 畠山昌久 (後に「JOHNNY'Sジュニア・スペシャル」のメンバーに)
  • 柏木孝夫
  • 鈴木寛
  • 吉田義久

関連項目[編集]