立川只四楼

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立川只四楼
<メンソールライト>
本名 内藤陽介(ないとう ようすけ)
生年月日 1979年6月18日(36歳)
出身地 神奈川県
血液型 B型
身長 175cm
方言 共通語
師匠 立川談四楼
出身 NSC東京校8期
コンビ名 インジャリカン→のみくい処(解散)
メンソールレフト(2010年)
相方 会津孝太(のみくい処)
本日は晴天なり(メンソールレフト)
芸風 漫談、落語
事務所 太田プロダクション
活動時期 2008年 - (ピン芸人として)
2015年10月 - (落語家として)
過去の代表番組 爆笑レッドカーペット
エンタの神様
爆笑トライアウト
爆笑オンエアバトル
オンバト+
など
受賞歴
お笑いライブ『TEPPEN』第7代ピンチャンピオン

立川只四楼(たてかわ ただしろう、1979年6月18日 - )は、落語家である。本名、内藤 陽介(ないとう ようすけ)。

岩手県盛岡市出身。(一部プロフィールでは神奈川県出身となっている。)太田プロダクション所属。東京NSC8期生出身。ピン芸人時代の芸名はメンソールライトであり、太田プロのホームページには現在もこの名義で掲載されている。

来歴・人物[編集]

過去に会津孝太とのコンビ『インジャリカン』(東京吉本所属)で活動。その後2005年4月解散後、太田プロダクションに移籍し、『のみくい処』として再結成。いずれもボケ担当だった。2008年6月に解散後ピン芸人として活動。

芸名は土田晃之が命名[1]。この芸名は「男(メン)がどん底(ソール)を経験した時に光(ライト)が見えた」という意味を持つ[2]

お笑いライブ「TEPPEN」にて「第7代TEPPENピンチャンピオン」のタイトルを持つ[2]

M-1グランプリ2010では、本日は晴天なりとのコンビ「メンソールレフト」で出場[3]

中華料理が特技にあり[4]横浜中華街で5年間アルバイトしていた経験があるという[5]

2015年10月、落語家に転身。立川談四楼に入門し、立川只四楼の名をもらう。談四楼は当初、只四楼がメンソールライトであることを明かしていなかったが、12月の談四楼の独演会にて初高座。高座を見て、正体に気付いたファンの複数のツイートを受けて談四楼がそれを認めている[6][7]

芸風[編集]

主に漫談。立ち飲み漫談、落語家漫談等を得意とする。口調や仕草が立川談志にそっくりである。これはピン芸人になった時に見た談志の高座に感銘を受けたため[8]

ネタ中にテーマに沿ったジョークを言うが、客が感心してしまい笑わない場合「拍手じゃなくて(オーじゃなくて)笑い声が欲しいんだよ」と言う事がある。ギャルをネタにする事が多い。

出演番組[編集]

テレビ[編集]

コンビ時代
ピン時代

ラジオ[編集]

出典[編集]