レオン・スピンクス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索
レオン・スピンクス
Leon Spinks 1.jpg
1995年、セントルイスで行われたラストファイトにて
基本情報
本名 レオン・スピンクス
通称 Neon Leon
階級 ヘビー級
身長 185cm
リーチ 193cm
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 (1953-07-11) 1953年7月11日(63歳)
出身地 ミズーリ州セントルイス
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 46
勝ち 26
KO勝ち 14
敗け 17
引き分け 3
テンプレートを表示
獲得メダル
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
男子 ボクシング
オリンピック
1976 モントリオール ライトヘビー級
世界ボクシング選手権
1974 ハバナ ライトヘビー級

レオン・スピンクスLeon Spinks1953年7月11日 - )は、アメリカ合衆国男性プロボクサー。元WBAWBC統一世界ヘビー級王者。モントリオールオリンピック金メダリスト。

人物[編集]

ミズーリ州セントルイス出身。ゲットープルーイット・アイゴー育ち。

弟は、元WBA・WBC・IBF統一世界ライトヘビー級、及び元IBF世界ヘビー級王者のマイケル・スピンクス。息子のコーリー・スピンクスもWBA・WBC・IBF統一世界ウェルター級、及びIBF世界スーパーウェルター級王者となった。

ラリー・ホームズとの世界戦の数日後に期限切れナンバープレートを付けた車で検問を受け、車内で見つかった拳銃の未登録所持と駐車料金不払いで逮捕されたり、ボクシングの歴代ヘビー級チャンピオンが集まったパーティでトレバー・バービックと壮絶な喧嘩をし、その映像が全世界に配信されたことがある。

来歴[編集]

アマチュア時代[編集]

1974年、キューバのハバナで開催された1974年世界ボクシング選手権大会にライトヘビー級(81kg)で出場し銅メダルを獲得。

1976年、モントリオールオリンピックにライトヘビー級(81kg)で出場し金メダルを獲得[1]

プロ時代[編集]

1977年1月15日、プロデビュー。

1978年2月15日、8戦目でモハメド・アリに判定勝ちし、WBAWBC世界ヘビー級王座を獲得。その後、初防衛戦をアリと行いたいという理由から、WBCの指名試合・ケン・ノートンを拒否し、WBCの王座を剥奪された。

1978年4月、コカイン所持で逮捕[2]

1978年9月15日、9戦目。ダイレクトリマッチでモハメド・アリと対戦し、15回判定負け。WBA世界ヘビー級王座から陥落した。1戦目で受け取ったファイトマネーは125,000ドルだったが、この試合では350万ドルを受け取った[3]

1981年6月12日、ラリー・ホームズの持つWBC世界ヘビー級王座に挑戦するが、3ラウンドTKO負け。

1982年10月31日、NABF北米クルーザー級王座を獲得。

1985年12月13日、WBC米大陸ヘビー級王座を獲得。

1986年3月22日、ドワイト・ムハマド・カウィの持つWBA世界クルーザー級王座に挑戦するが、6ラウンドTKO負け。

1986年10月9日、日本の両国国技館において、アントニオ猪木異種格闘技戦を行い、体固めでフォール負け。1987年4月28日、名古屋(愛知県体育館)でIBF中部日本協会設立3周年を記念した興行でスピンクスはWBC全米大陸ヘビー級王座(第5代)の初防衛戦(12R)を行い、ジェフ・ジョーダン・同級8位(米国)を2-1の判定で下し初防衛に成功した[4]

アメリカでも時期は不明だが、後に世界格闘技連合W★ING旗揚げシリーズに参戦するグレート・ウォージョと2度、異種格闘技戦を行い、2度とも反則負けを喫した。

プロレス団体FMWのシリーズに参加した。以降、たびたび来日して、大仁田厚らと戦った。金網デスマッチなども経験。

1991年11月15日、約3年半ぶりにボクシングの試合に復帰し勝利を収める。

1995年12月4日の試合を最後に引退した。

引退後[編集]

日本でのプロレス活動を終え、帰国後に離婚と破産を経験。一時はホームレスとなり シェルターに身を寄せていた。その後各地を転々とし、レストランのボーイやボクシングジムのトレーナーなど様々な職を経て、ネブラスカ州コロンブスで、YMCAでの掃除夫とマクドナルドの荷物の積み下ろしで生計を立てていたが、その後ラスベガスへ引っ越した。ボクサー時代のダメージからと推定される認知症を発症している[2][3]

2014年10月、腹部の手術で入院した[3]

脚注[編集]

  1. ^ 21.Olympic Games - Montreal, Canada - July 18-31 1976”. Amateur.Boxing.Strefa.pl. 2014年8月1日閲覧。
  2. ^ a b Leon Spinks is down, not out”. SFGate.com (2005年12月25日). 2013年6月6日閲覧。
  3. ^ a b c Column: Spinks fighting a different battle”. AP (2014年10月14日). 2014年10月16日閲覧。
  4. ^ 中日新聞・1987年4月29日付け(20面)、中日スポーツ・1987年3月24日付け(7面)、同年4月25日付け(9面)、同年4月29日付け(5面)

関連項目[編集]

前王者
モハメド・アリ
WBA世界ヘビー級王者

1978年2月15日 - 1978年9月15日

次王者
モハメド・アリ
前王者
モハメド・アリ
WBC世界ヘビー級王者

1978年2月15日 - 1978年3月29日(剥奪)

空位
次タイトル獲得者
ケン・ノートン