ロシアンモンキー

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ロシアンモンキー
メンバー 川口清行
中須智一
結成年 2000年
解散年 2014年
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 2000年 - 2014年
出身 東京NSC6期生
出会い 東海大学付属仰星高等学校
現在の活動状況 ライブ、テレビなど
芸種 漫才、コント
ネタ作成者 両者
同期 とにかく明るい安村
マキシマムパーパーサム
ものいい
オリオンリーグなど
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ロシアンモンキーは、吉本興業東京本社(東京吉本、厳密には子会社のよしもとクリエイティブ・エージェンシー)所属のお笑いコンビ。2014年12月29日に解散する事を発表した。

メンバー[編集]

川口清行(かわぐち きよゆき、1977年9月25日 - ) ツッコミ担当

  • 大阪府四條畷市出身。
  • 身長170cm、体重70kg。血液型A型。
  • 小学校からリトルリーグで野球をやっていた。東海大仰星高校では野球部副主将を務めており、主にランナーコーチをしていた。ポジションは投手
  • 極楽とんぼ山本圭一の草野球チーム「TEAM神様」に所属していた。
  • 非常に器用な性格で人付き合いもうまいため「芸人じゃないほうが売れていた」とまで言われることもある。
  • コンビで会議を行っている際、本気でSMAPに入りたいと言い出したことがある。中須が理由を聞くと「SMAPにいることで最低限のおこぼれがもらえるから」らしい。
  • ぐるぐるナインティナイン』のコーナーである「おもしろ荘」に出演した際には、ナインティナイン矢部浩之の噂話をするのが恒例となっている。
  • ブロードキャストの房野と「やさしいお兄さんズ」というユニットを組んでおり、イベントなども行っている。また自身のブログでは房野のことを「芸人の中の親友」と述べている。
  • イシバシハザマシチサンLIVEにて、彼女と別れるたびに引越しすることを暴露された。
  • 小鳥を2羽飼っている。しかしゆったり感の中村によると、なぜかそれを隠していたらしい。
  • 川口村という芸人仲間でのグループで村長という肩書きも持つ。村民はゆったり感江崎ら。
  • 2011年9月30日のばちーんんんLiveにて、イシバシハザマの硲に「カピバラ」と揶揄された。

すーなか(本名:中須智一[なかす ともかず]、1978年3月6日 - ) ボケ(本人曰くホッケ)担当

  • 大阪府吹田市出身。
  • 身長170cm、体重75kg。血液型B型。
  • ネタの原案を作っている。
  • 既婚者で娘が一人、息子が一人いる。恐妻家。
  • 妻の実家に居候(所謂マスオさん状態)していて、義母(妻の母)に気に入られている。それをいいことに高額な時計の代金を義母に払わせた。
  • 競艇が好き。結婚を目前に控えた頃、妻からの一喝で軍資金を元手に、結婚資金を稼いだ逸話がある。
  • 顔が広く芸人の中でも友人が多いらしく、パンサーのシチサンライブでは、菅に友達を紹介していた。
  • チーモンチョーチュウに大喜利の技術が非常に高いと言われた。(LLRのシチサンライブにて)
    • チーモンチョーチュウ菊地曰く、「面白くない答えでも(言い方などで)面白くしてしまう」らしい。同様に「スベった時も楽屋で自分で『今日スベったなー』と笑っている」とも述べている。
  • 母親が小倉久寛の元彼女である。
  • 野球部時代のポジションは遊撃手
  • 出身中学校から講演の仕事の依頼が来たことがある。しかし自分以外の講演者がUAウルフルズだったため、場違いではないかと感じ辞退したと述べている。
  • JUDY AND MARYYUKIの大ファン。昔知り合いの知り合いを辿り、YUKIのいとこにまでたどり着いたことがある。
  • 2015年2月2日のよしログで少年少女坂口とコンビを組むことを発表した。コンビ名は『怪獣[1]

略歴[編集]

  • 東海大学付属仰星高等学校の同級生で、同じ野球部所属。2つ上の学年に上原浩治巨人)や建山義紀日本ハム)が在籍、野球部では合宿などで先輩たちに漫才を披露していたという[2]。他に、高校の同期には海本幸治郎東京V)がいる。
  • その後、二人で東海大学工学部に進学。「普通に就職をしたくなかった」という理由[2]で、2000年にお笑いコンビとして正式に結成し、活動を始めた。中須は卒業したが、川口は中退した。
  • コンビ名は、NSCに入る時に中須が競艇の「モンキーターン」と付けようとしたものの、すでに先輩にいたためボツ。中須がミッシェル・ガン・エレファントが好きで「ロシアン・ハスキー」という曲がありそれにしようとしたが、シベリアンハスキー(現・アームストロング)が居て、ややこしいということで、2つ合わせて「ロシアンモンキー」にした。
  • 結成当初は現在とボケ・ツッコミが逆だった。
  • ネタは中須が基本的な部分を考え、そこから2人で作る。
  • パンクブーブー率いる芸人グループ・「華無会(はななしかい。実力はあるが容姿の点で損をしている芸人たちの集まり)」の一員であり、若頭的な存在。パンクブーブーの二人からも可愛がられており、特に佐藤哲夫のブログにしばしば登場している他、彼らがパーソナリティーを務める4roomsの第一回放送にてゲスト出演もしている。ロシアンモンキーも、M-1という芸人最大の栄誉を実力で勝ち取ったパンクブーブーの二人を尊敬している様子である。
  • ダイノジトータルテンボスLLRなどの数々の芸人が、ロシアンモンキーがM-1グランプリ2006の前説を務めた際、前説とは思えないくらいの笑いを取り「笑いの量では決勝の中でも上3つくらいには入った」「POISON GIRL BANDの4倍はウケた」「優勝したチュートリアルよりウケた」などと述べている。ダイノジの大谷曰く「ロシアンモンキーが前説であまりにウケているため、モニターを見るために楽屋のザ・プラン9が全員立ち上がった」らしい。
  • また、前説の前にファイナリストから「お前たちも打ち上げ来いよ」と誘われたが、行くべきでないと判断し参加しなかったという(2010年12月26日よしもとオンラインより)。
  • ダイノジ大谷はM-1グランプリ2009敗者復活戦の感想をブログ内で述べており、そのなかで「天狗とロシアンモンキー、あいつらの漫才を見たときに感動した。ちゃんと漫才と向き合ってきたんだなぁって」と語り、彼らを称賛している。ちなみに、もうひと組名前が挙がっている天狗も、華無会の一員である。
  • ウーマンラッシュアワーのシチサンライブより、数多くの番組の前説も行っていることから「関東の前説番長」とも言われている。
  • LLRの福田曰く「結成から6年スベり続けたが、今はどこ行ってもウケる」らしい。また本ネタ以外の部分での技術も評価されており、「ロシアンモンキーに華さえあれば売れていた」とも言われている。
  • AGE AGE LIVEが始まって以来、リニューアルするまでずっとB age所属であったためMr.B ageと言われていたことがある。
  • また同ライブにおいて、新鮮にネタをやりたいということで事前にネタあわせを行わないらしい。しかし2009年8月11日のAGE AGE LIVEでは、川口がネタあわせを何度かやりたがり、それでも本番では後半でネタを飛ばしてしまった。
  • M-1グランプリ2009にて、初の準決勝進出を果たす。
  • M-1グランプリ2010は準々決勝敗退。
  • M-1グランプリ2010終了後のよしもとオンラインで、パンクブーブーの黒瀬は「もし、来年もM-1があったら、アームストロングとロシアンモンキーは決勝にいっていたと思う。」とコメントしている。
  • 2014年、 オサレもんにて、10月のライブを最後に川口が経済的な理由で引退を決意していたが、「THE MANZAI (お笑いのコンテスト)」で認定漫才師50組に選ばれたので、引退時期を引き延ばしたことを発表。
  • 2014年12月1日、すーなか、川口清行、それぞれ自身のツイッターで2014年12月29日の解散ライブをもって解散すると発表した。

  『THE MANZAI 2014』の認定漫才師50組に選ばれていた為、解散を延期していたが『THE MANZAI』への進出が叶わなかったため、改めて解散を発表した。

芸風[編集]

  • 主に漫才。ぐるナイ出演時などでよく「ベテランの雰囲気がでている」「安定感がある」などといわれている。
  • コントも頻繁に行い、特にロシアンモンキーのネタでも「スパイダーおかん」は鉄板のネタといわれている。AGE AGE LIVEで降格の危機のときに、このネタをして何度も1位を獲得しておりロシアンモンキーを救っているネタでもある。

出演[編集]

PV出演[編集]

  • SOFFet「Answer」(2007年7月18日発売)

脚注[編集]

  1. ^ すーなかと少年少女坂口が新コンビ「怪獣」結成!2月に初単独ライブ”. お笑いナタリー (2015年2月3日). 2015年2月3日閲覧。
  2. ^ a b 2008年5月26日付『サンケイスポーツ』芸能面『次は任せなさい お笑いニューヒーロー』より