三島ゆたか

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みしま ゆたか
三島 ゆたか
本名 三島裕(みしま ゆたか)
生年月日 (1968-03-21) 1968年3月21日(49歳)
出生地 日本の旗東京都立川市
国籍 日本の旗 日本
民族 日本人
血液型 A型
ジャンル 俳優脚本家演出家
活動期間 1993年 -
活動内容 映画、舞台、ドラマ

三島 ゆたか(みしま ゆたか、1968年3月21日 - )は、東京都立川市出身の俳優劇作家演出家。東京の劇団おにぎりスキッパーズ2の主宰。株式会社ケイエムシネマ企画所属。

人物[編集]

1993年、森久保祥太郎らとラップバンド、おにぎりスキッパーズを結成。当時、ラップはまだ珍しく、対バンを組むバンドが現れなかったため、持ち歌5曲のワンマンライブ開催を余儀なくされた。そのとき、曲の合間を埋めるための長いMCがコントとして発展。コントがいつしか物語形式になり、以降、ミュージシャンの脱退を経て劇団形態に移行した。

おにぎりスキッパーズは1999年一度解散するが、2年後の2001年におにぎりスキッパーズ2として再結成。ユニット形態での8年間の活動ののち、2009年再劇団化された。三島ゆたかはおにぎりスキッパーズ2の主宰として、脚本演出を担当している。

一方1993年、おにぎりスキッパーズ活動中に受けたCFオーデションに合格したことにより俳優活動を舞台活動と並行して行うようになる。1996年行われた東映映画「平成版・嗚呼!!花の応援団」の公開オーデションでアホの前田役に抜擢されスクリーンデビューを果たした。

1997年、「とんねるずのみなさんのおかげでした」内にて放送されたSFドラマ「ギャラクシーフジヤマ」で、ダンスの振り付けをしていたパパイヤ鈴木と意気投合しおやじダンサーズを結成するが、翌1998年開催されたサザンオールスターズ20周年ライブ終了時に方向性の違いにより脱退。ウルフルズのPV「あそぼう」がおやじダンサーズ最後の仕事となった(パパイヤ鈴木とは2001年、ウルフルズのPV「明日があるさ」で再共演をしている)。

2000年、おにぎりスキッパーズ解散後、ピン芸人である鮪男らとコントユニット=ブーツ&パンティーズを結成。翌2001年、おにぎりスキッパーズ2再結成を理由に脱退。

2006年、第17回ゆうばり国際ファンタスティック映画祭・オフシアターコンペティションにて、初主演作「なま夏」(吉田恵輔監督)がグランプリを受賞。吉田恵輔とは塚本晋也監督作「バレット・バレエ」の撮影現場で知り合い、それが縁で「なま夏」の主演を引き受けることとなった。三島は「なま夏」以降吉田恵輔の監督する、すべての作品に出演している。

その特異な外見、キャラクターから映画やドラマではワンポイントとして使われることの多い俳優である。またその出演シーンの短さから、自身を「抜けの匠]。出演作を「出没作」と称している。

出演[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

ビデオ[編集]

PV[編集]

CM[編集]

  • auKDDI)「去年と違う夏。」(2009年 - ) - 金魚すくい屋
  • アフラック「もっとやさしいEVER ゴルフ編」(2013年 - ) - 熟年ゴルファー

関連項目[編集]