人情本

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索

人情本(にんじょうぼん)は、江戸地本のうち、庶民の色恋をテーマにした読み物の呼び名。江戸時代後期の文政年間から明治初年まで流通した。女性に多く読まれた。代表的作者は為永春水

解説[編集]

大衆娯楽本は江戸では寛文年間(1661–73)から出版され、草双紙洒落本読本滑稽本・人情本・咄本・狂歌本などがあり、それを地本と総称した。恋愛ものは先ず洒落本だったが、松平定信寛政の改革で弾圧され一時姿を消した。

文政2年 (1819) に出た十返舎一九編集の『清談峯初花』が、人情本に分類される最初の作品とみなされ、翌年の滝亭鯉丈・為永春水合作の『明烏後正夢』、天保2年 (1831) の曲山人の『仮名文章娘節用』、天保3年の為永春水の『春色梅児誉美』前半と続いた。翌年に出版された同作後半の序で、春水は「東都人情本の元祖」と自称している。

洒落本は遊郭を舞台にしたが、人情本は町人の話で、若旦那あるいは番頭が、女房・生娘・芸者・遊女などと色恋沙汰となり、際どい描写を織り混ぜながら、そこに悪党がからみ込むのを、女性陣の意地や機転や心意気でめでたしめでたしの大団円に漕ぎつける、といった筋書きが多かった。

その大きさは、美濃紙半裁の片面に左右2ページを木版刷りし、二つ折りした中本(ちゅうほん)と呼ばれる寸法で、それを数十枚袋綴じする合巻的な製本だった。今日のB6版の寸法に近い。しかし人情本は、各ページに絵を刷る合巻と違って絵が少なく、字は益々仮名が多く、彫師が楽で安価に仕上がり、なによりも読み易買った。女性の贔屓が多かったのもこの読みやすさによるところが大きい。

読本に挿絵を入れた中本のことを本屋仲間は中型絵入り読本(ちゅうがたえいりよみほん)と呼んだ。またその寸法から滑稽本と同様に中本、また恋に泣く場面が多いので泣本(なきほん)とも呼ばれた。

人情本は天保年間に栄えたが、水野忠邦天保の改革が進む天保12年 (1841) 暮、作品の内容が淫らであるとして為永春水が取り調べられ、春水はその翌々年に死去した。

春水亡き後の人情本は、松亭金水・二代目梅暮里谷峨・条野採菊らが書き繋いだが、明治20年頃には消えてしまった。

国文学者で人情本が専門の青山学院大学名誉教授・武藤元昭は、人情本を特徴づけるのは「いき」とは異なる「あだ」だと指摘している[1]

人情本抄[編集]

  • 『清談峯初花』初編 十返舎一九 撰、鶴屋金助ほか 板、文政2–4年(1819–21)
  • 『松操物語』 一筆庵主人 作、渓斎英泉画、丸屋文右衛門ほか 板、文政3年 (1820)
  • 『玉散袖』 鼻山人 作、渓斎英泉 画、武田伝右衛門ほか 板、文政4年 (1821)
  • 『朧月夜』 十返舎一九ほか 作、渓斎英泉ほか 画、近江屋久兵衛ほか 板、文政7–11年(1823–28)
  • 『園曙』 梅暮里谷峨 作、渓斎英泉 画、河内屋茂兵衛ほか 板、文政7年 (1824)
  • 『風俗粋好伝』前後編 鼻山人 作、渓斎英泉 画、板元不詳、文政8年 (1825)
  • 『江戸花誌』 鼻山人 作、板元不詳、文政9年 (1826)
  • 『梓物語』 玉楼花紫 作、渓斎英泉 画、川村儀右衛門ほか 板、文政9–12年(1826–29)
  • 『言葉花』 鼻山人 作、渓斎英泉 画、大島屋伝右衛門ほか 板、文政11年 (1828)
  • 『青楼色唐紙』全4巻 寛江舎蔦丸 作、春川英笑 画、板元不詳、文政11年 (1828)
  • 『恐可志』 鼻山人 作、歌川国貞 画、丁字屋平兵衛 板、文政期
  • 『画庭訓塵劫記』 華街桜山人 作、花川亭富信歌川国芳 画、柴谷文七ほか 板、文政13年–天保3年(1830–32)
  • 『仮名文章娘節用』 曲山人 作、歌川国直 画、篤尚堂中屋 板、文政14年–天保5年(1831–34)
  • 『教外俗文娘消息』全2編 曲山人 作、柳川重信 画、板元不詳、天保5年 (1834)
  • 『阿玉が池』 鼻山人 作、鼻山人・渓斎英泉 画、丁子屋平兵衛 板、天保5年–7年(1834–36)
  • 『春情美佐尾の巻』 八路駒彦 作、歌川国直 画:、板元不詳、天保6年 (1835)
  • 『春色連理の梅』 二代目梅暮里谷峨 作、歌川貞秀歌川芳鳥女 画:、板元不詳、嘉永5年 (1852)
  • 『春色江戸紫』 山々亭有人(条野採菊)作、板元不詳、元治元年 (1864)
  • 『通子遷』 五柳亭徳升 撰、板元不詳、刊年不詳
  • 『春宵風見種』 梅亭金鵞 編、落合芳幾 画、板元不詳、刊年不詳
  • 『夢見草』 福東子玉雄 編、歌川国英 画、板元不詳、刊年不詳
  • 『孝婦貞鑑実之巻』全3編 鼻山人 作、伸斎英松 画、武田伝右衛門 板、刊年不詳

脚注[編集]

  1. ^ 武藤『人情本の世界』笠間書院、2014

参考文献[編集]

  • 武藤元昭『人情本の世界 江戸の「あだ」が紡ぐ恋愛物語』 笠間書院、2014年
  • 山口剛「人情本について」『山口剛著作集』第4巻所収、中央公論社、1972年
  • 鈴木敏夫『江戸の本屋 下』 中公新書、1980年
  • 人間文化研究機構国文学研究資料館編『人情本事典』 笠間書院、2010年、ISBN 978-4-305-70496-2 (天保以降は対象外)