伊崎充則

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索
本来の表記は「伊嵜充則」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。
いさき みつのり
伊嵜 充則
生年月日 (1977-03-17) 1977年3月17日(40歳)
出生地 日本の旗東京都
血液型 AB型
職業 俳優
ジャンル テレビドラマ映画
活動期間 1987年 -
配偶者 あり(齋藤真理)
事務所 アジア・ビジネス・パートナーズ
主な作品
テレビドラ
親子ジグザグ
映画

八月の狂詩曲

伊嵜 充則伊崎 充則、いさき みつのり、1977年3月17日[1] - )は、日本俳優東京都出身[1]。身長167cm、血液型はAB型[1]習志野市立第七中学校卒業[要出典]堀越高等学校卒業[要出典]。妻は写真家の齋藤真理[2]

近年[いつ?]の活動としては、『相棒Season7最終回2時間スペシャル〜特命〜』、関電トンネル開通50周年/映画上映40周年記念の舞台『黒部の太陽』、映画『三本木農業高校、馬術部〜盲目の馬と少女の実話〜』、土曜プレミアム「千の風になって」ドラマスペシャル『なでしこ隊〜少女だけが見た“特攻隊”・封印された23日間〜』、SPドラマ『告知せず』、NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』などがある。

エピソード[編集]

ドラマ『親子ジグザグ』(1987年/TBS)でデビューし、翌年には映画『木村家の人びと』(滝田洋二郎監督)にてスクリーンデビュー。映画『』(1990年)、『八月の狂詩曲』(1991年)と黒澤明監督作品に出演した事で注目を浴びる。

『親子ジグザグ』のオーディションの時に、長渕剛に自分(伊嵜)の履歴書を見ながらじっと睨むように見られて怖かったが、オーディションが終わった直後、長渕剛自身の「この子で行こう!」の一言で決定[要出典]

『木村家の人びと』のオーディションでは一回落とされているが、オーディション後に自宅に帰った滝田監督が妻と娘に「このドラマに出ている、この子いいんだよ」と言われて見たドラマが『親子ジグザグ』に出ている伊嵜で、「こういう芝居も出来るのか」ということで木村太郎役に抜擢[要出典]

『夢』のオーディションの時に入ってきた黒澤明監督のオーラは、子どもながらに「半端じゃない!」と思ったがオーディションが始まる時にメガネと帽子を取った監督を見て、「あっサンタクロースだ!」と思った。オーディション後、監督の「この子で」の一言で決定[要出典]

出演[編集]

連続ドラマ[編集]

レギュラー出演[編集]

ゲスト出演[編集]

単発ドラマ[編集]

映画[編集]

舞台[編集]

声優[編集]

ドラマCD[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c 伊崎充則”. 日本タレント名鑑. VIPタイムズ社. 2017年1月19日閲覧。
  2. ^ ☆ご報告☆ - 伊嵜充則オフィシャルブログ 2014年11月14日
  3. ^ ハウルの動く城”. 金曜ロードSHOW!. 2016年6月6日閲覧。