伊達正三郎

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伊達 正三郎だて しょうざぶろう1935年12月7日 - )は、俳優。旧芸名:舘 正三郎

新東宝映画末期の主演級スター。

来歴・人物[編集]

第5期ニューフェースとして新東宝に入社。1957年、舘正三郎の芸名で映画デビューした後、伊達正三郎に改名する。この命名は友人である丹波哲郎の本名、丹波正三郎から。時代劇・現代劇両方に出演し、怪談映画の『怪談鏡ケ淵』(1959年)、『怪猫お玉が池』(1960年)では主演を務めるなど、新東宝の若手スターの一人となった。

しかし新東宝は1961年に活動を停止。伊達は他社の映画に出演する一方でテレビに活動の場を広げる。刑事ドラマ特別機動捜査隊』(1961年 - 1977年)に笠原刑事役で1964年より参加、最末期まで出演した。

第一次怪獣ブーム期の1967年にはテレビドラマ『ジャイアントロボ』で、金子光伸演じる草間大作(U-7)を見守る正義の組織ユニコーンの東(あずま)日本支部長を演じる。1976年には同じ東映制作の『宇宙鉄人キョーダイン』にて丸井大佐を演じている。

1974年には『スタジオ23』水曜日[1]の司会を岸ユキとともに務める。司会第一回目には特別機動捜査隊・高倉班の面々である里見浩太朗早川雄三、柴田昌宏、笠達也、日高晤郎がゲスト出演している。

1980年代以降、出演は少なくなる。それでも、80年代には『あんみつ姫』などのライトなドラマへの出演も見られたが、1990年代以降はテレビ・映画への出演はほぼ絶えている。2004年に地方広報誌のインタビュー記事に登場し、小田原在住、舞台や日本舞踊、ナレーションなどで健在とのことだった[2]。特撮関連のイベントに登場することもある。

出演歴[編集]

映画[編集]

  • 憲兵とバラバラ死美人(1957年、新東宝
  • 鋼鉄の巨人(1957年、新東宝)
  • 怪星人の魔城(1957年、新東宝)
  • 鋼鉄の巨人 地球滅亡寸前(1957年、新東宝)
  • スーパージャイアンツ 人工衛星と人類の破滅(1957年、新東宝)
  • スーパージャイアンツ 宇宙艇と人工衛星の激突(1958年、新東宝)
  • 女王蜂の怒り(1958年、新東宝)
  • 人形佐七捕物帖 腰元刺青死美人(1958年、新東宝)
  • 日本ロマンス旅行(1959年、新東宝)
  • 水戸黄門とあばれ姫(1959年、新東宝)
  • 女吸血鬼(1959年、新東宝)
  • 怪談鏡ケ淵(1959年、新東宝)
  • 女と命をかけてブッ飛ばせ(1960年、新東宝)
  • 御存知黒田ぶし 決戦黒田城(1960年、新東宝)
  • 怪猫お玉が池(1960年、新東宝)
  • 大天狗出現(1960年、新東宝)
  • 東海道非常警戒(1960年、新東宝)
  • 風雲新撰組(1961年、新東宝)
  • 恋愛ズバリ講座(1961年、新東宝)
  • 大笑い次郎長一家 三ン下二挺拳銃(1962年、東宝
  • 殴り込み侍(1965年、松竹
  • 妖艶毒婦伝 人斬りお勝(1969年、東映

 etc.

テレビドラマ[編集]

 etc.

バラエティー番組[編集]

レコード[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 水曜夜10時台に放送されていた『特別機動捜査隊』の終了直後である夜11時より放送されており、この時期の伊達は水曜夜、週によっては2番組続けての出演となった。なお1967-68年、『ジャイアントロボ』にレギュラー出演した際にも、伊達は水曜夜に(週によっては)同じチャンネルの2番組に出演していた(1968年1月24日まで。この次の回から『ジャイアントロボ』は月曜夜に移動)。
  2. ^ 広報おだわら 第864号 平成16年4月1日 発行