勲一等旭日桐花大綬章

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勲一等旭日桐花大綬章の正章[1]。意匠は現行の桐花大綬章と同じ。
勲一等旭日桐花大綬章の副章[1]。意匠は現行の桐花大綬章と同じ。

勲一等旭日桐花大綬章(くんいっとうきょくじつとうかだいじゅしょう)は、日本の勲章の一つ。1888年(明治21年)1月4日旭日章の最上位として追加制定された。日本に於ける高位勲章の一つで、2003年(平成15年)11月3日栄典制度改正まで旭日章の最上位勲章として運用されていた。ここでは旧制度に於ける「勲一等旭日桐花大綬章」について解説する。新制度の勲章については桐花章を参照。


概要[編集]

1875年(明治8年)4月10日に、日本で最初の勲章として、旭日章八等級が制定。それに遅れること約13年の1888年(明治21年)に、勲一等旭日大綬章のさらに上位として勲一等旭日桐花大綬章が追加制定された。

一説によれば、金鵄勲章の制定を画策した山縣有朋に、栄典の差をつけられることを嫌った伊藤博文が対抗して制定を促したとも言われる。実際当時の宮中席次に於いて、金鵄勲章の功級は同じ数字を持つ勲等より上位位置づけられており、これに従い功一級金鵄勲章勲一等旭日大綬章よりも上位にあったが、勲一等旭日桐花大綬章だけは例外的に功級より上位に位置づけられていた。

制定経緯はともかく、勲一等旭日大綬章を上回る勲功がありながら、最高勲章に属する大勲位菊花大綬章に及ばない場合に授与される、最上位の普通勲章であった。類例として、(日本に倣った面もあるが)大韓帝国の「大勲位梨花大綬章」、満州国の「龍光大綬章」がある。また生存者叙勲停止中、新たな勲章制度を制定すべく1952年第15回国会に提出された栄典法案の審議では、位階を併用することで「表彰の方途に潤いを持たせたく考える」(緒方竹虎内閣官房長官[1])とし、その運用例として「旭日大綬勲章」(勲一等旭日大綬章相当)に加えて正三位あるいは従二位に叙することで、菊花勲章と旭日勲章の中間(勲一等旭日桐花大綬章相当)の位置づけを想定した政府答弁もあった[2]

これまでは旭日章の一種であったため、勲一等旭日大綬章やその他の位の旭日章と併佩することは不可能である。

意匠[編集]

赤色の七宝を用いた八条の旭光をベースに、四方に白色七宝が施された旭光が伸びている。この外方へ伸びた旭光の間を紫の七宝で彩られたの花が輪をつなぐように配され、非常に繊細かつ美しいデザインの勲章である。紐(章と綬をつなぐ金具)は五七の桐紋をかたどり、裏面には「勲功旌章」の文字が刻まれる。中央部の七宝は厚く盛り上がっており、旭光の赤色七宝は0.5mmほどの非常に薄い物で、同じ赤でも大きな色味の差をつけて立体感を得ている。また純銀では難しい比較的青みのある紫色を発色する釉薬を使用しており高度な七宝技術が用いられている。大綬は106mm幅で、赤の織地の両縁を白の双線が縁取るデザインとなっている。ただし外側にはほんの僅かに細く赤の織り地が残されている。勲章は大綬を持って右肩から左脇に垂れ、左胸に副章を佩用する。

運用[編集]

勲一等旭日桐花大綬章の大綬と副章(向かって右、下から二番目)を佩用した昭和天皇

「桐花大綬章ハ旭日大綬章又ハ瑞宝大綬章ヲ賜フベキ者ノ中其勲績又ハ功労特ニ優レタルモノニ之ヲ賜フ」(勲章制定ノ件4条1項)の条文に則り、瑞宝章旭日章の一等を授与するより優れた功労のある者に授与された。

外国人に対する儀礼的叙勲での運用[編集]

国賓皇族の公式訪問の際に交わされる儀礼叙勲には、通常では用いられない。特段功績のあった主要国の駐日大使の離任の際には贈られることもあり、これも儀礼叙勲の一つと考えることも出来るが、外交官への叙勲は駐在時の功績により勲章の種類が変わることがあるので、相手の身位のみで無条件に勲章を贈る通常の儀礼叙勲[3]とは、区別して捉える必要がある。

功労評価によらない純粋な儀礼叙勲での運用は現在まで記録に残っておらず、確認することができない[4]2016年シンガポールリー・クアンユー元首相への授与が決まった。初代シンガポール首相として、長きにわたり日本との間の関係強化、および友好親善に寄与した功績が称えた。

皇族に対する叙勲[編集]

下記の皇族身位令(明治43年皇室令第2号)の制定により、男性皇族への初叙が勲一等旭日桐花大綬章へと引き上げられたため、以降の皇族叙勲は下記の表の通りである。

  • 第九条 皇太子皇太孫ハ満七年ニ達シタル後大勲位ニ叙シ菊花大綬章ヲ賜フ
  • 第十一条 親王ハ満十五年ニ達シタル後大勲位ニ叙シ菊花大綬章ヲ賜フ
  • 第十四条 王ハ満十五年ニ達シタル後勲一等ニ叙シ旭日桐花大綬章ヲ賜フ

従って、戦前ではが成年を迎えた日に授与されていた。ちなみに、日本国憲法施行以後は旧来の皇族身位令をおおよそ踏襲した叙勲が成されているが、現在「王」の身位を持つ皇族がいないため、王に対する叙勲の例はないが、慣例からすれば王が成年式を終えた日に授与されることになる。

受章者[編集]

大日本帝国憲法下の受章者[編集]

大日本帝国憲法下においては、次の219人が受章した。(大勲位菊花大綬章授章により併受したものは含まない。)

皇族[編集]

受章者名 主な官職・役職 受章日 備考
賀陽宮邦憲王 神宮祭主 1893年(明治26年)11月3日 後に大勲位に昇叙
久邇宮邦彦王 元帥陸軍大将、近衛師団長 1893年(明治26年)11月3日 同上
山階宮菊麿王 海軍大佐 1893年(明治26年)11月3日 同上
伏見宮博恭王 元帥海軍大将、軍令部総長 1895年(明治28年)11月3日 同上
梨本宮守正王 元帥陸軍大将、神宮祭主 1895年(明治28年)11月10日 同上
(北白川宮)恒久王 陸軍少将 1903年(明治36年)2月10日 同上
多嘉王 神宮祭主 1907年(明治40年)3月6日 同上
朝香宮鳩彦王 陸軍大将、近衛師団長 1907年(明治40年)11月3日 同上
(有栖川宮)栽仁王 海軍少尉 1907年(明治40年)11月3日 同上
北白川宮成久王 陸軍砲兵大佐 1907年(明治40年)11月3日 同上
東久邇宮稔彦王 陸軍大将、内閣総理大臣 1908年(明治41年)4月24日 同上
(北白川宮)輝久王 侯爵、海軍中将 1908年(明治41年)11月13日
博義王 海軍大佐 1918年(大正7年)8月31日 後に大勲位に昇叙
山階宮武彦王 海軍大佐 1919年(大正8年)8月6日
(山階宮)芳麿王 侯爵、陸軍砲兵中尉 1920年(大正9年)7月5日
賀陽宮恒憲王 海軍中将、軍事参議官 1920年(大正9年)12月25日 後に大勲位に昇叙
華頂宮博忠王 海軍中尉 1922年(大正11年)5月25日 同上
(久邇宮)朝融王 海軍中将 1922年(大正11年)5月25日 同上
(久邇宮)邦久王 侯爵、陸軍歩兵大尉 1923年(大正12年)7月12日
(閑院宮)春仁王 陸軍少将 1924年(大正13年)10月25日 後に大勲位に昇叙
(山階宮)藤麿王 侯爵 1925年(大正14年)3月23日
(伏見宮)博信王 侯爵、海軍大佐 1926年(大正15年)10月19日
(山階宮)萩麿王 伯爵、海軍大尉 1927年(昭和2年)10月1日
(山階宮)茂麿王 伯爵、陸軍中佐 1929年(昭和4年)10月25日
(久邇宮)邦英王 伯爵 1930年(昭和5年)5月14日
竹田宮恒徳王 陸軍中佐 1930年(昭和5年)10月25日 後に大勲位に昇叙
北白川宮永久王 陸軍砲兵少佐 1931年(昭和6年)10月26日 同上
(伏見宮)邦芳王 貴族院議員 1933年(昭和8年)6月1日 没後叙勲
(朝香宮)孚彦王 陸軍中佐 1933年(昭和8年)10月20日 後に大勲位に昇叙
(朝香宮)正彦王 侯爵、海軍少佐 1936年(昭和11年)3月2日
(伏見宮)博英王 伯爵、海軍少佐 1936年(昭和11年)3月2日
(東久邇宮)盛厚王 陸軍少佐 1937年(昭和12年)8月21日
(東久邇宮)彰常王 侯爵、陸軍大尉 1940年(昭和15年)10月10日
(久邇宮)家彦王 伯爵 1940年(昭和15年)10月19日
(賀陽宮)邦寿王 陸軍大尉 1941年(昭和16年)10月1日
(久邇宮)徳彦王 伯爵、海軍大尉 1943年(昭和18年)4月2日

明治時代[編集]

受章者名 主な官職・役職 受章日 備考
伊藤博文 公爵内閣総理大臣 1889年(明治22年)2月11日
山田顕義 伯爵、陸軍中将、司法大臣 1892年(明治25年)11月14日 没後叙勲
大山巌 公爵、元帥陸軍大将、陸軍大臣 1895年(明治28年)8月5日
西郷従道 侯爵、元帥海軍大将海軍大臣 1895年(明治28年)8月5日
山縣有朋 公爵、元帥陸軍大将、内閣総理大臣 1895年(明治28年)8月5日
黒田清隆 伯爵、陸軍中将、内閣総理大臣 1895年(明治28年)8月20日
近衛忠煕 左大臣 1895年(明治28年)9月26日
井上馨 侯爵、外務大臣 1895年(明治28年)10月7日
徳大寺実則 公爵、内大臣 1895年(明治28年)10月7日
毛利元徳 公爵、参議、旧長州藩 1896年(明治29年)12月24日 没後叙勲
島津忠義 公爵、参議、旧薩摩藩 1897年(明治30年)12月26日 没後叙勲
川上操六 陸軍大将、参謀総長 1899年(明治32年)5月11日 没後叙勲
大木喬任 伯爵、枢密院議長 1899年(明治32年)9月11日 没後叙勲
松方正義 公爵、内閣総理大臣 1899年(明治32年)10月31日
佐野常民 伯爵、農商務大臣 1902年(明治35年)12月7日 没後叙勲
土方久元 伯爵、宮内大臣 1903年(明治36年)7月16日
川村純義 伯爵、海軍大将、海軍卿 1903年(明治36年)12月26日
副島種臣 伯爵、内務大臣 1905年(明治38年)1月31日 没後叙勲
伊東祐亨 伯爵、元帥海軍大将、連合艦隊司令長官 1906年(明治39年)4月1日
奥保鞏 伯爵、元帥陸軍大将、参謀総長 1906年(明治39年)4月1日
川村景明 子爵、元帥陸軍大将、東京衛戍総督 1906年(明治39年)4月1日
黒木為楨 伯爵、陸軍大将、第一軍司令官 1906年(明治39年)4月1日
児玉源太郎 伯爵、陸軍大将、陸軍大臣 1906年(明治39年)4月1日
小村寿太郎 侯爵、外務大臣 1906年(明治39年)4月1日
佐久間左馬太 伯爵、陸軍大将、台湾総督 1906年(明治39年)4月1日
佐々木高行 侯爵、参議 1906年(明治39年)4月1日
田中不二麿 子爵、司法大臣 1906年(明治39年)4月1日
田中光顕 伯爵、陸軍少将、宮内大臣 1906年(明治39年)4月1日
寺内正毅 伯爵、元帥陸軍大将、内閣総理大臣 1906年(明治39年)4月1日
乃木希典 伯爵、陸軍大将、第三軍司令官 1906年(明治39年)4月1日
野津道貫 侯爵、元帥陸軍大将、第四軍司令官 1906年(明治39年)4月1日
長谷川好道 伯爵、元帥陸軍大将、参謀総長 1906年(明治39年)4月1日
林董 伯爵、外務大臣 1906年(明治39年)4月1日
東久世通禧 伯爵、枢密院副議長 1906年(明治39年)4月1日
福岡孝弟 子爵、文部卿 1906年(明治39年)4月1日
西園寺公望 公爵、内閣総理大臣 1907年(明治40年)9月14日
林友幸 伯爵、枢密顧問官 1907年(明治40年)11月5日
榎本武揚 子爵、海軍中将、外務大臣 1908年(明治41年)10月26日 没後叙勲
小松輝久 侯爵、海軍中将 1908年(明治41年)11月3日
岡沢精 子爵、陸軍大将、侍従武官長 1908年(明治41年)12月12日 没後叙勲
井上光 男爵、陸軍大将、第四師団長 1908年(明治41年)12月27日 没後叙勲
嵯峨実愛 大納言 1909年(明治42年)1月4日
野村靖 子爵、内務大臣 1909年(明治42年)1月24日 没後叙勲
大給恒 伯爵、賞勲局総裁 1910年(明治43年)1月6日
岩倉具定 公爵、宮内大臣 1910年(明治43年)4月1日 没後叙勲
大隈重信 侯爵、内閣総理大臣 1910年(明治43年)4月29日
曾禰荒助 子爵、大蔵大臣 1910年(明治43年)8月29日
谷干城 子爵、陸軍中将、農商務大臣 1911年(明治44年)2月9日
高崎正風 男爵、枢密顧問官 1912年(明治45年)2月28日 没後叙勲
西寛二郎 子爵、陸軍大将、教育総監 1912年(明治45年)2月28日 没後叙勲
大島義昌 子爵、陸軍大将、関東都督 1912年(明治45年)6月17日

大正時代[編集]

受章者名 主な官職・役職 受章日 備考
徳川慶喜 公爵、征夷大将軍 1913年(大正2年)11月22日 没後叙勲
青木周蔵 子爵、外務大臣 1914年(大正3年)2月16日 没後叙勲
松田正久 男爵、衆議院議長 1914年(大正3年)3月5日 没後叙勲
香川敬三 伯爵、皇太后宮大夫 1914年(大正3年)8月5日
大久保春野 男爵、陸軍大将、韓国駐剳軍司令官 1915年(大正4年)1月26日 没後叙勲
高島鞆之助 子爵、陸軍中将、陸軍大臣 1916年(大正5年)1月11日 没後叙勲
加藤弘之 男爵、枢密顧問官 1916年(大正5年)2月9日 没後叙勲
中牟田倉之助 子爵、海軍中将、海軍軍令部長 1916年(大正5年)3月30日 没後叙勲
加藤高明 伯爵、内閣総理大臣 1916年(大正5年)7月14日
上村彦之丞 男爵、海軍大将、連合艦隊司令長官 1916年(大正5年)8月8日 没後叙勲
芳川顕正 伯爵、内務大臣 1917年(大正6年)3月20日
黒田清綱 子爵、枢密顧問官 1917年(大正6年)3月23日 没後叙勲
樺山資紀 伯爵、海軍大将、海軍大臣 1917年(大正6年)5月12日
花房義質 子爵、枢密顧問官 1917年(大正6年)7月9日 没後叙勲
山尾庸三 子爵、法制局長官 1917年(大正6年)12月12日
蜂須賀茂韶 侯爵、貴族院議長、旧徳島藩 1918年(大正7年)2月10日 没後叙勲
本野一郎 子爵、外務大臣 1918年(大正7年)9月16日
平田東助 伯爵、内大臣 1919年(大正8年)5月24日
板垣退助 伯爵、内務大臣 1919年(大正8年)7月16日 没後叙勲
河瀬真孝 子爵、侍従長 1919年(大正8年)9月29日 没後叙勲
中山孝麿 侯爵、東宮大夫 1919年(大正8年)11月25日 没後叙勲
片岡七郎 男爵、海軍大将、連合艦隊司令長官 1920年(大正9年)1月7日
杉孫七郎 子爵、枢密顧問官 1920年(大正9年)5月3日 没後叙勲
清浦奎吾 伯爵、内閣総理大臣 1920年(大正9年)9月4日
伊東巳代治 伯爵、農商務大臣 1920年(大正9年)9月7日
内田康哉 伯爵、外務大臣 1920年(大正9年)9月7日
加藤友三郎 子爵、元帥海軍大将、内閣総理大臣 1920年(大正9年)9月7日
後藤新平 伯爵、内務大臣 1920年(大正9年)9月7日
珍田捨巳 伯爵、侍従長 1920年(大正9年)9月7日
原敬 内閣総理大臣 1920年(大正9年)9月7日
牧野伸顕 伯爵、内大臣 1920年(大正9年)9月7日
末松謙澄 子爵、内務大臣 1920年(大正9年)10月6日 没後叙勲
井上良馨 子爵、元帥海軍大将、連合艦隊司令長官 1920年(大正9年)11月1日
上原勇作 子爵、元帥陸軍大将、陸軍大臣 1920年(大正9年)11月1日
宇都宮太郎 陸軍大将、朝鮮軍司令官 1920年(大正9年)11月1日
大島健一 陸軍中将、陸軍大臣 1920年(大正9年)11月1日
大谷喜久蔵 男爵、陸軍大将、教育総監 1920年(大正9年)11月1日
島村速雄 男爵、元帥海軍大将、軍令部長 1920年(大正9年)11月1日
中村雄次郎 男爵、陸軍中将、宮内大臣 1920年(大正9年)11月1日
伊集院五郎 男爵、元帥海軍大将、軍令部長 1921年(大正10年)1月13日 没後叙勲
鍋島直大 侯爵、式部長官、旧佐賀藩 1921年(大正10年)6月19日 没後叙勲
戸田氏共 伯爵、式部長官、旧大垣藩 1921年(大正10年)10月1日
濱尾新 子爵、枢密院議長 1921年(大正10年)11月25日
波多野敬直 子爵、宮内大臣 1922年(大正11年)8月29日 没後叙勲
細川潤次郎 男爵、枢密顧問官 1923年(大正12年)7月20日 没後叙勲
田尻稲次郎 子爵、会計検査院長 1923年(大正12年)8月15日 没後叙勲
南部甕男 男爵、大審院長 1923年(大正12年)9月19日 没後叙勲
曾我祐準 子爵、陸軍中将、参謀次長 1923年(大正12年)12月28日
岡野敬次郎 男爵、司法大臣 1924年(大正13年)2月11日
斎藤実 子爵、海軍大将、内閣総理大臣 1924年(大正13年)2月11日
徳川家達 公爵、貴族院議長 1924年(大正13年)2月11日
伊集院彦吉 男爵、外務大臣 1924年(大正13年)4月26日
中村覚 男爵、陸軍大将、侍従武官長 1925年(大正14年)1月29日 没後叙勲
三浦梧楼 子爵、陸軍中将、朝鮮公使 1926年(大正15年)1月28日 没後叙勲
穂積陳重 男爵、枢密院議長 1926年(大正15年)4月8日 没後叙勲
藤井較一 海軍大将、連合艦隊司令長官 1926年(大正15年)7月9日 没後叙勲

昭和時代[編集]

受章者名 主な官職・役職 受章日 備考
大森鍾一 男爵、皇后宮大夫 1927年(昭和2年)3月3日 没後叙勲
浅田信興 男爵、陸軍大将、教育総監 1927年(昭和2年)4月27日 没後叙勲
高橋是清 内閣総理大臣 1927年(昭和2年)6月3日
加藤定吉 男爵、海軍大将、呉鎮守府司令長官 1927年(昭和2年)9月5日 没後叙勲
大迫尚敏 子爵、陸軍大将、学習院長 1927年(昭和2年)9月20日 没後叙勲
山県伊三郎 公爵、関東長官 1927年(昭和2年)9月24日 没後叙勲
村上格一 海軍大将、海軍大臣 1927年(昭和2年)11月15日 没後叙勲
松川敏胤 陸軍大将、朝鮮駐剳軍司令官 1928年(昭和3年)3月7日 没後叙勲
平沼騏一郎 男爵、内閣総理大臣 1928年(昭和3年)4月21日
山下源太郎 男爵、海軍大将、連合艦隊司令長官 1928年(昭和3年)5月10日
大島久直 子爵、陸軍大将、教育総監 1928年(昭和3年)9月27日 没後叙勲
浅野長勲 侯爵、議定、旧広島藩 1928年(昭和3年)11月10日
金子堅太郎 伯爵、司法大臣 1928年(昭和3年)11月10日
渋沢栄一 子爵、貴族院議員 1928年(昭和3年)11月10日
林権助 男爵、式部長官 1928年(昭和3年)11月10日
若槻礼次郎 男爵、内閣総理大臣 1928年(昭和3年)11月10日
一木喜徳郎 男爵、枢密院議長 1928年(昭和3年)12月28日
倉富勇三郎 男爵、枢密院議長 1928年(昭和3年)12月28日
服部一三 貴族院議員 1929年(昭和4年)1月25日 没後叙勲
平山成信 男爵、枢密顧問官 1929年(昭和4年)9月25日 没後叙勲
田中義一 男爵、陸軍大将、内閣総理大臣 1929年(昭和4年)9月29日 没後叙勲
井上勝之助 侯爵、宗秩寮総裁 1929年(昭和4年)11月3日 没後叙勲
出羽重遠 男爵、海軍大将、連合艦隊司令長官 1930年(昭和5年)1月27日 没後叙勲
鈴木荘六 陸軍大将、参謀総長 1930年(昭和5年)6月16日
八代六郎 男爵、陸軍大将、海軍大臣 1930年(昭和5年)6月30日 没後叙勲
秋山好古 陸軍大将、教育総監 1930年(昭和5年)11月4日 没後叙勲
田健治郎 男爵、台湾総督 1930年(昭和5年)11月16日 没後叙勲
松室致 司法大臣 1931年(昭和6年)2月16日 没後叙勲
財部彪 海軍大将、海軍大臣 1931年(昭和6年)4月11日
濱口雄幸 内閣総理大臣 1931年(昭和6年)4月29日
山川健次郎 男爵、東京帝国大学総長 1931年(昭和6年)6月26日 没後叙勲
九鬼隆一 男爵、枢密顧問官 1931年(昭和6年)8月18日 没後叙勲
一戸兵衛 陸軍大将、教育総監 1931年(昭和6年)9月12日 没後叙勲
幣原喜重郎 男爵、内閣総理大臣 1931年(昭和6年)12月12日
犬養毅 内閣総理大臣 1932年(昭和7年)5月6日
白川義則 男爵、陸軍大将、陸軍大臣 1932年(昭和7年)5月26日 没後叙勲
日高壮之丞 男爵、海軍大将、連合艦隊司令長官 1932年(昭和7年)7月24日 没後叙勲
江木千之 文部大臣 1932年(昭和7年)8月23日 没後叙勲
安東貞美 男爵、陸軍大将、台湾総督 1932年(昭和7年)8月29日 没後叙勲
岡田啓介 海軍大将、内閣総理大臣 1933年(昭和8年)1月21日
武藤信義 男爵、元帥陸軍大将、関東軍司令官 1933年(昭和3年)7月27日 没後叙勲
古市公威 男爵、枢密顧問官 1934年(昭和9年)1月28日 没後叙勲
岡田良平 文部大臣 1934年(昭和9年)3月23日 没後叙勲
中橋徳五郎 文部大臣 1934年(昭和9年)3月25日 没後叙勲
鈴木貫太郎 男爵、海軍大将、内閣総理大臣 1934年(昭和9年)4月29日
奈良武次 男爵、陸軍大将、侍従武官長 1934年(昭和9年)4月29日
安達峰一郎 常設国際司法裁判所所長 1934年(昭和9年)12月29日 没後叙勲
床次竹二郎 内務大臣 1935年(昭和10年)9月8日 没後叙勲
富井政章 男爵、枢密顧問官 1935年(昭和10年)9月14日 没後叙勲
菱刈隆 陸軍大将、関東軍司令官 1935年(昭和10年)12月23日
南次郎 陸軍大将、陸軍大臣 1935年(昭和10年)12月23日
渡辺錠太郎 陸軍大将、教育総監 1936年(昭和11年)2月26日 没後叙勲
久保田譲 男爵、文部大臣 1936年(昭和11年)4月14日 没後叙勲
宇垣一成 陸軍大将、陸軍大臣 1936年(昭和11年)8月5日
山本達雄 男爵、内務大臣 1936年(昭和11年)8月5日
石黒忠悳 子爵、陸軍軍医総監、枢密顧問官 1936年(昭和11年)12月24日
瓜生外吉 男爵、海軍大将、横須賀鎮守府司令長官 1937年(昭和12年)11月11日 没後叙勲
栗野慎一郎 子爵、枢密顧問官 1937年(昭和12年)11月15日 没後叙勲
荒井賢太郎 枢密院副議長 1938年(昭和13年)1月29日 没後叙勲
水野錬太郎 内務大臣 1938年(昭和13年)4月17日
櫻井錠二 男爵、枢密顧問官 1939年(昭和14年)1月28日 没後叙勲
黒田長成 侯爵、枢密顧問官 1939年(昭和14年)6月14日 没後叙勲
湯浅倉平 男爵、宮内大臣 1940年(昭和15年)6月7日
鈴木喜三郎 内務大臣 1940年(昭和15年)6月24日 没後叙勲
大角岑生 男爵、海軍大将、海軍大臣 1941年(昭和16年)10月19日 没後叙勲
阪谷芳郎 子爵、大蔵大臣 1941年(昭和16年)4月28日
河合操 陸軍大将、参謀総長 1941年(昭和16年)10月11日 没後叙勲
石塚英蔵 台湾総督 1942年(昭和17年)7月28日 没後叙勲
林銑十郎 陸軍大将、内閣総理大臣 1943年(昭和18年)2月4日 没後叙勲
古賀峯一 元帥海軍大将、連合艦隊司令長官 1944年(昭和19年)5月5日 没後叙勲
有馬良橘 海軍大将、枢密顧問官 1944年(昭和19年)5月11日 没後叙勲
原嘉道 男爵、枢密院議長 1944年(昭和19年)8月7日 没後叙勲
野間口兼雄 海軍大将 1944年(昭和19年)12月12日 没後叙勲
内山小二郎 男爵、陸軍大将、侍従武官長 1945年(昭和20年)2月14日 没後叙勲
石井菊次郎 子爵、外務大臣 1945年(昭和20年)5月26日 没後叙勲
南弘 逓信大臣 1946年(昭和21年)2月8日 没後叙勲
松井慶四郎 男爵、外務大臣 1946年(昭和21年)6月4日 没後叙勲
窪田静太郎 行政裁判所長官、枢密顧問官 1946年(昭和21年)10月6日 没後叙勲

日本国憲法施行後の受章者[編集]

日本国憲法施行後は、戦没者叙勲と外国人受章者[5]を除き、次の62人が受章した。

昭和時代[編集]

受章者名 主な官職・役職 受章日 備考
重光葵 外務大臣 1957年(昭和32年)1月26日 従二位、没後叙勲
芦田均 内閣総理大臣 1959年(昭和34年)6月20日 従二位、没後叙勲
林讓治 衆議院議長 1960年(昭和35年)4月5日 従二位、没後叙勲
河井彌八 参議院議長 1960年(昭和35年)7月21日 従二位、没後叙勲
豊田貞次郎 外務大臣、日本製鐵社長 1961年(昭和36年)11月21日 従二位、没後叙勲
松野鶴平 参議院議長 1962年(昭和37年)10月18日 従二位、没後叙勲
野村吉三郎 外務大臣、枢密顧問官 1964年(昭和39年)5月8日 従二位、没後叙勲
大野伴睦 衆議院議長 1964年(昭和39年)5月29日 従二位、没後叙勲
芳澤謙吉 外務大臣、枢密顧問官 1965年(昭和40年)1月5日 従二位、没後叙勲
河野一郎 農林大臣 1965年(昭和40年)7月8日 従二位、没後叙勲
岡崎勝男 外務大臣、国連大使 1965年(昭和40年)10月10日 正三位、没後叙勲
岸信介 内閣総理大臣 1967年(昭和42年)4月29日 正二位
1987年(昭和62年)8月7日、大勲位菊花大綬章を没後叙勲。
清瀬一郎 衆議院議長 1967年(昭和42年)6月27日 従二位、没後叙勲
正力松太郎 科学技術庁長官読売新聞社社長・会長 1969年(昭和44年)10月9日 従二位、没後叙勲
田中耕太郎 最高裁判所長官 1970年(昭和45年)4月29日 1960年(昭和35年)11月3日、文化勲章を受章。
正二位
1974年(昭和49年)3月1日 大勲位菊花大綬章を没後叙勲。
川島正次郎 行政管理庁長官 1970年(昭和45年)11月9日 従二位、没後叙勲
松村謙三 農林大臣 1971年(昭和46年)8月21日 従二位、没後叙勲
佐藤尚武 参議院議長 1971年(昭和46年)12月18日 従二位、没後叙勲
石橋湛山 内閣総理大臣 1973年(昭和48年)4月25日 従二位、没後叙勲
船田中 衆議院議長 1973年(昭和48年)4月29日 従二位
重宗雄三 参議院議長 1973年(昭和48年)4月29日 従二位
益谷秀次 衆議院議長 1973年(昭和48年)8月18日 従二位、没後叙勲
愛知揆一 大蔵大臣 1973年(昭和48年)11月23日 従二位、没後叙勲
佐藤達夫 人事院総裁 1974年(昭和49年)9月12日 従二位、没後叙勲
石坂泰三 経済団体連合会会長 1975年(昭和50年)3月6日 正三位、没後叙勲
大濱信泉 早稲田大学総長 1976年(昭和51年)2月13日 正三位、没後叙勲
横田喜三郎 最高裁判所長官 1977年(昭和52年)4月29日 1981年(昭和56年)11月3日、文化勲章を受章。
従二位
河野謙三 参議院議長 1977年(昭和52年)11月3日 従二位
片山哲 内閣総理大臣 1978年(昭和53年)5月30日 従二位、没後叙勲
植村甲午郎 経済団体連合会会長 1978年(昭和53年)8月1日 正三位、没後叙勲
保利茂 衆議院議長 1979年(昭和54年)3月4日 従二位、没後叙勲
椎名悦三郎 外務大臣 1979年(昭和54年)9月30日 従二位、没後叙勲
星島二郎 衆議院議長 1980年(昭和55年)1月3日 従二位、没後叙勲
中山伊知郎 中央労働委員会会長一橋大学 1980年(昭和55年)4月9日 従二位、没後叙勲
前尾繁三郎 衆議院議長 1981年(昭和56年)7月23日 従二位、没後叙勲
石井光次郎 衆議院議長 1981年(昭和56年)9月20日 従二位、没後叙勲
安井謙 参議院議長 1981年(昭和56年)11月3日 従二位
灘尾弘吉 衆議院議長 1982年(昭和57年)11月3日 従二位
東龍太郎 東京都知事、日本赤十字社社長 1983年(昭和58年)5月26日 正三位、没後叙勲
中村梅吉 衆議院議長 1983年(昭和58年)11月3日 従二位
永野重雄 日本商工会議所会頭 1984年(昭和59年)5月4日 正三位、没後叙勲
福田一 衆議院議長 1984年(昭和59年)11月3日 従二位
牛場信彦 国務大臣、駐米大使 1984年(昭和59年)12月31日 従二位、没後叙勲
藤山愛一郎 外務大臣 1985年(昭和60年)2月22日 従二位、没後叙勲
福永健司 衆議院議長 1986年(昭和61年)4月29日 従二位
坂田道太 衆議院議長 1986年(昭和61年)11月3日 従二位
土光敏夫 経済団体連合会会長 1986年(昭和61年)11月3日 従二位
松下幸之助 松下電器産業株式会社会長 1987年(昭和62年)4月29日 正三位
西村英一 建設大臣 1987年(昭和62年)9月15日 従二位、没後叙勲
稲山嘉寛 経済団体連合会会長 1987年(昭和62年)10月9日 正三位、没後叙勲

平成時代(栄典制度改正による名称変更前まで)[編集]

受章者名 主な官職・役職 受章日 備考
徳永正利 参議院議長 1989年(平成元年)11月3日 従二位
安倍晋太郎 外務大臣 1991年(平成3年)5月15日 従二位、没後叙勲
櫻内義雄 衆議院議長 1993年(平成5年)11月3日 従二位
矢口洪一 最高裁判所長官 1993年(平成5年)11月3日 従二位
宇野宗佑 内閣総理大臣 1994年(平成6年)4月29日 従二位
田村元 衆議院議長 1994年(平成6年)11月3日 従二位
渡邉美智雄 外務大臣 1995年(平成7年)9月15日 従二位、没後叙勲
原健三郎 衆議院議長 1996年(平成8年)4月29日 従二位
原文兵衛 参議院議長 1996年(平成8年)11月3日 従二位
井深大 ソニー株式会社ファウンダー最高相談役 1997年(平成9年)12月19日 1992年(平成4年)11月3日、文化勲章を受章。
正三位、没後叙勲
草場良八 最高裁判所長官 1998年(平成10年)4月29日  
土屋義彦 参議院議長 1999年(平成11年)4月29日 従二位
二階堂進 内閣官房長官 2000年(平成12年)2月3日 従二位、没後叙勲
伊藤宗一郎 衆議院議長 2001年(平成13年)4月29日 従二位
斎藤英四郎 経済団体連合会会長 2002年(平成14年)4月22日 正三位、没後叙勲

補注[編集]

  • 勲記(叙勲内容を記載した賞状)とともに授与されその内容は官報の叙勲の項に掲載されるが、外国元首等へ儀礼的に贈る場合は必ずしも官報への掲載は行われない。
  • 皇族は受章当時の名・身位を官報掲載どおりに記載(括弧内に現在の宮号等を参考付記)
  • 通例、皇太子である親王を官報掲載する場合は必ず「皇太子○○親王」と記載されるが、叙勲(勲記)には「皇太子」が冠されない。
  • 官報で皇族を掲載する場合は、皇太子と皇太子妃を除き、宮号(秋篠宮など)・称号(浩宮など)は一切冠されない。叙勲でも同様
  • 位階は今日、大半が没後追贈される。健在の人物は空欄である

参考文献[編集]

  • 総理府賞勲局監修 『勲章』 毎日新聞社 昭和51年
  • 佐藤正紀 『勲章と褒賞』 社団法人時事画報社 2007年12月 ISBN 978-4-915208-22-5
  • 川村晧章 『勲章みちしるべ~栄典のすべて~』 青雲書院 昭和60年3月 ISBN 4-88078-009-X C0031
  • 藤樫準二 『勲章』 保育社 昭和53年5月
  • 藤樫準二 『皇室辞典』 毎日新聞社 昭和40年5月
  • 三省堂企画監修 『勲章・褒章辞典』 日本叙勲者顕彰協会 2001年8月
  • 三省堂企画監修 『勲章・褒章 新栄典制度辞典 -受章者の心得-』 日本叙勲者顕彰協会 2004年3月
  • 伊達宗克 『日本の勲章 -逸話でつづる百年史-』 りくえつ 昭和54年11月
  • James W. Pererson 『ORDERS AND MEDALS OF JAPAN AND ASSOCIATED STATES -Thied Edition-』 An Order and Medals Society of America monograph 2000年
  • 婦人画報増刊 『皇族画報』 東京社 大正4年5月
  • 婦人画報増刊 『御大典記念 皇族画報』 東京社 昭和3年10月
  • 中堀加津雄 監修 『世界の勲章展』 読売新聞社 昭和39年
  • 『皇族・華族 古写真帖』 新人物往来社 平成15年8月 ISBN 4-404-03150-5 C0021
  • 『明治・大正・昭和天皇の生涯』 新人物往来社 平成15年8月 ISBN 978-4-404-03285-0
  • 鹿島茂 解説 『宮家の時代 セピア色の皇族アルバム』 、2006年10月 ISBN 4-02-250226-6
  • 大久保利謙 監修 『旧皇族・華族秘蔵アルバム 日本の肖像 第十二巻』 毎日新聞社 1991年2月 ISBN 4-620-60322-8
  • 『歴史読本 特集 天皇家と宮家』 新人物往来社 平成18年11月号

脚注[編集]

  1. ^ a b 1907年(明治40年)、西園寺公望に授与された物。国立公文書館所蔵(請求番号:寄贈02114100)。
  2. ^ 栗原俊雄『勲章 知られざる素顔』(岩波新書、2011年)68頁。この法案では大勲位菊花大綬章に相当する「菊花勲章」と、普通勲章としての「旭日勲章」(5等級)が盛り込まれた。それまで旭日章・宝冠章・瑞宝章あわせて28等級あった普通勲章は大幅に簡素化され、勲一等旭日桐花大綬章に相当するものもなかった。
  3. ^ 戦前・戦中の著名人では、当時の同盟国だったドイツ国会議長、ドイツ空軍総司令官ドイツ元帥ヘルマン・ゲーリング(1943年(昭和18年)9月29日)等、軍人への授与が多い。
  4. ^ 1961年にネパールでの宮中晩餐会にてヒマラヤ王弟殿下が佩用している写真や、1964年に来日したサウジアラビア国王ファイサル陛下の皇居での宮中晩餐会でファイサル国王の右側の席に、勲一等旭日桐花大綬章を佩用した随行の王族と思われる人間が写真に残されているなどの、写真での記録は確認されている
  5. ^ マイケル・マンスフィールド駐日アメリカ合衆国大使、1988年(昭和63年))、他にはダグラス・マッカーサーなど没後も含め大統領・元首級に準じた数十名である。

関連項目[編集]