北村優子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索
北村優子
出生名 熊谷優子
別名 西川優子(本名)
生誕 (1959-12-27) 1959年12月27日(57歳)
出身地 日本の旗 日本北海道札幌市
学歴 堀越高校
職業 歌手、女優、タレント
活動期間 1974年 - 1980年
レーベル ビクター
事務所 新栄プロダクション

北村 優子(きたむら ゆうこ、本名西川 優子(旧姓熊谷[1])、1959年12月27日 - )は、日本の元女性アイドル歌手女優タレント

北海道札幌市豊平区(現在の清田区)真栄出身[1][2]堀越高等学校卒業。現役時代の所属事務所は新栄プロダクション。血液型はAB型。デビュー時は身長158cm、体重47kg(B81・W60・H86)。

プロフィール[編集]

一人っ子[1]。幼少時代は内気な性格だったが、家の中ではマットレスをステージにして、歌を歌ったりお芝居をしたりしてよく遊んでいたという[1]。札幌市立曙小学校、札幌市立中島中学校を経て、1975年3月札幌市立清田中学校卒業(27期生)[1]

清田中学校に転校した中学2年の二学期(1973年)、テレビで日本テレビスター誕生!』の札幌大会の応募者を募集していたのを見て、親を説得して応募、同年9月の同大会で優勝[1]。同年12月の第12回決戦大会(全国大会)でもグランドチャンピオンに輝く[1]。中学卒業後上京、堀越高等学校に通う傍ら1年間本格的な歌のレッスンを積み、1976年3月、ビクターからシングル「若草のデート」で歌手デビュー[1]。以降「ハロー・サンシャイン」「ジェラシー」などをリリース。

またアイドルタレントとしてテレビドラマ・CM・雑誌グラビアなどに数多く登場し、キュートな顔立ちで人気があった。

1980年に所属事務所の役員(当時)の息子と結婚し、芸能界を引退[3]。なお、歌手の山田太郎プロゴルファー西川哲は夫の従兄弟にあたる。

ディスコグラフィー[編集]

シングル[編集]

  1. 若草のデート (作詞:阿久悠、作曲:森田公一、編曲:柳田ヒロ萩田光雄 (1976年2月25日)
    (c/w) 学園祭  SV-1281
  2. ハロー・サンシャイン (作詞:松本隆、作曲・編曲:穂口雄右) (1976年7月5日)
    (c/w) 口笛ふいて  SV-6028
  3. ジェラシー (作詞:松本隆、作曲・編曲:穂口雄右) (1976年10月25日)
    (c/w) ハッスルしないで男の子  SV-6118
  4. 999粒の涙 (作詞:牧亜矢、作曲・編曲:高田弘) (1977年3月25日)
    (c/w) ツイスト・レディ  SV-6188

アルバム[編集]

ゴールデン☆ベスト 北村優子・目黒ひとみしのづかまゆみ (2009年9月16日)

シングルA面B面全8曲収録   VICL-63460

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

テレビアニメ[編集]

  • 海底大戦争 愛の20000マイル(1981年、日本テレビ) - ソフィア

CM[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d e f g h 近代映画』1976年4月号、124-127ページ。
  2. ^ 「若草のデート」ジャケット裏面
  3. ^ 「週刊平凡」1980年7月12日号、30頁。

参考文献[編集]

  • 「歌謡曲名曲名盤ガイド 1970's」 シンコーミュージック、2005年11月