原知佐子

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はら ちさこ
原 知佐子
本名 実相寺 知佐子(旧姓;田原)
別名義 田原 知佐子
生年月日 (1936-01-06) 1936年1月6日(81歳)
出生地 日本の旗 日本 高知県高岡郡高岡町(現在の同県土佐市
ジャンル 女優
活動期間 1959年 -
配偶者 実相寺昭雄(死別)
主な作品
テレビドラマ
赤い疑惑
赤い衝撃
岸辺のアルバム
花嫁衣裳は誰が着る
ダブル・キッチン

原 知佐子(はら ちさこ、本名:実相寺 知佐子、旧芸名:田原 知佐子1936年1月6日 - )は、日本女優。 夫は実相寺昭雄。現代制作舎所属。 高知県高岡郡高岡町(現在の同県土佐市)出身。高知県立高知追手前高等学校卒業、同志社大学文学部美学美術学科中退。

来歴・人物[編集]

高岡第一小学校に在学中、教師から「この子は宝塚に入ったらいい」と薦められ芸能界に憧れる。

高岡中学校を経て、1954年に高等学校を卒業。宝塚歌劇団松竹歌劇団を受験するが落ちてしまい、「芸能人の多い京都ならばコネで潜り込めるかも」と思い立ち、大学に入学。1955年新東宝の「第4期スターレット」(同期は北沢典子三ツ矢歌子万里昌代、朝倉彩子ら)に合格、大学を中退。

1959年には東宝に移籍。

特に1970年代の山口百恵主演・『赤いシリーズ』での強烈なイビリ役で有名。[1]一連の大映ドラマに欠かせない名脇役として活躍した。

夫の実相寺が亡くなるまで作品の常連出演者でもあった。

主な出演[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

  • 夫婦百景 第29話「にたもの夫婦」(1958年、NTV
  • サンヨーテレビ劇場「東京の風」(1959年、KR
  • 木曜ワイドアワー「からみ合い」(1960年、NTV)
  • ヤシカ ゴールデン劇場(NTV)
    • 「才女とカンガルー」(1960年)
    • 「戦国非情」(1960年)
  • ドラマシリーズ「青春の群像」(1963年、NTV・松竹テレビ室)
  • 近鉄金曜劇場TBS
    • 「倒産」(1963年)
    • 「ある女優志願」(1963年)
    • 岡田茉莉子シリーズ・ある女の影」(1965年)
  • おかあさん第2シリーズ(TBS)
第173話「さらばルイジアナ」(1963年)/実相寺昭雄演出
第242話「タニシ・タニシ・タニシ」(1964年)
第395話「北の河」(1967年)
  • 東芝日曜劇場(TBS)
    • 「ふりむけばひとり」(1963年)
    • 「裸っ子タケちゃん」(1964年)
    • 「ダンプかあちゃん」(1969年)
  • 火曜劇場「まごころ」(1963年、CX
  • 日本映画名作ドラマNET
    • 「子供の眼」(1963年)
    • 「西陣の姉妹」(1964年)
    • 通り雨」(1964年)
  • 次郎長三国志(1964年、CX・東宝
  • テレビ劇場「「弓村」の報告書」(1964年、NHK
  • 「女医」(1964年、東京12ch
  • 三匹の侍(CX)
    • 第1シリーズ 第24話「北辺乱刃」(1964年)
    • 第4シリーズ 第1話「吠えろ剣」(1966年) - お新
    • 第6シリーズ 第24話「白刃有情」(1969年) - おたき
  • ゴールデン劇場「今ひとたびの」(1964年、東京12ch)
  • 暖流(1964年、THK
  • この世の憩い(1965年、THK)
  • ザ・ガードマン(TBS・大映テレビ室
第5話「赤い妄執」(1965年)
第144話「夜と昼の顔を持つ男」(1968年)
第147話「交通殺人」(1968年)
第172話「怪談殺人鬼ホテル」(1968年)
第206話「新婚旅行は地獄へどうぞ」(1969年)
第217話「教育ママ殺人事件」(1969年)
第247話「殺人せり市」(1969年)
第270話「妻は夫の秘密をさぐるな」(1970年)
第303話「父親の子守歌で復讐が始まる」(1971年)
第329話「怪談・氷の中のヌード美人」(1971年) - ミチコ役

その他のテレビ番組[編集]

  • 暮らしのワイド「リビングポート」月曜司会1978年、テレビ神奈川)

ほか多数

声の出演[編集]

舞台[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 蘇る!山口百恵「赤いシリーズ」の“衝撃”(3)原知佐子が語る山口百恵の魅力
  2. ^ “キャスト”. 映画「シン・ゴジラ」公式サイト. http://shin-godzilla.jp/cast/ 2016年4月16日閲覧。 

関連項目[編集]