員弁郡

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三重県員弁郡の範囲(緑:東員町)

員弁郡(いなべぐん)は、三重県伊勢国)の旧字体では「員辨郡」と書く[1]

人口25,297人、面積22.68km²、人口密度1,120人/km²。(2016年10月1日、推計人口

以下の1町を含む。

郡域[編集]

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町のほか、下記の区域にあたる。

  • いなべ市の全域
  • 桑名市の一部(概ね芳ヶ崎・森忠・星川・巌新田・嘉例川・五反田・大仲新田・筑紫・中山町・里町・坂井・友村・赤尾・赤尾台・島田・志知)

歴史[編集]

近世以降の沿革[編集]

知行 村数 村名
藩領 伊勢桑名藩 83村 【石榑下村、石榑東村、石榑南村、石榑北村、片樋村、厳新田[2]、星川村、森忠村、芳ヶ崎村、五反田村、嘉例川村、大仲新田、穴太村、筑紫村、瀬古泉村、山田村、六把野新田、北山田村、八幡新田、東一色村、西方村、金井村、楚原村、御薗村、下笠田村、笠田新田、宇野村、坂東新田、市之原村、畑新田、上笠田村、大泉新田、酉之新田、松名新田、平野新田、大辻新田、南中津原村、麻生田村、其原村、京ヶ野新田[3]】、丹生川久保村、丹生川中村、丹生川上村、丹生川下村、阿下喜村、瀬木村、下相場村、川合村、日内村、長尾村、上相場村、上之山田村、清司原村下組、清司原村上組、深尾村、川原村、千司久連新田、二之瀬村、小原一色村、田辺村、塩崎村、畑毛村、向平村、下平村、飯倉村、西貝野村、東貝野村、皷村、北中津原村、東禅寺村、新町新田、石川村、下野尻村、西野尻村、市場村、志礼石新田、本郷村、大貝戸村、坂本村、山口村、篠立村、古田村
武蔵忍藩 20村 赤尾村、坂井村、友村、島田村、志知村、中上村、長深村、一色新田、南大社村、梅戸村、金井村、門前村[4]、大井田村、高柳村、平塚村、宇賀村、宇賀新田、北大社村、大木村、大泉村
上総一宮藩 8村 新町村、奥村、麓村、中山村、東村、別名村、新貝村、垣内村
  • 慶応4年1月22日1868年2月15日) - 戊辰戦争により桑名城が開城し、桑名藩領が名古屋藩取締地となる。
  • 明治2年8月10日1869年9月15日) - 桑名藩が減封のうえ再興。石榑北村の一部を除く【 】内の40村が安堵。
  • 明治3年(1870年)(112村)
    • 3月 - 名古屋藩取締地が度会県の管轄となる。
    • 10月 - 一宮藩領が度会県の管轄となる。
    • 石榑北村のうち名古屋藩取締地が分立して石榑北山村となる。
    • 本年から明治5年にかけて平古村が起立。
  • 明治4年
  • 明治5年3月17日(1872年4月24日) - 安濃津県が改称して三重県となる。
  • 明治初年 - 新町新田が東禅寺村に、一色新田が長深村にそれぞれ合併。(110村)
  • 明治8年(1875年)(108村)
    • 北山田村・酉之新田が合併して鳥取村となる。
    • 新貝村が別名村に合併。
  • 明治12年(1879年2月5日 - 郡区町村編制法の三重県での施行により、行政区画としての員弁郡が発足。郡役所が南大社村に設置。
  • 明治18年(1886年) - 清司原村下組・清司原村上組・深尾村が合併して鼎村となる。(106村)
  • 明治22年(1889年) - 丹生川久保村・丹生川下村が合併して丹生川久下となる。(105村)

町村制以降の沿革[編集]

1.久米村 2.大長村 3.梅戸井村 4.三里村 5.南石加村 6.北石加村 7.丹生川村 8.治田村 9.東藤原村 10.西藤原村 11.白瀬村 12.立田村 13.中里村 14.十社村 15.阿下喜村 16.山郷村 17.笠田村 18.大泉原村 19.大泉村 20.稲部村 21.神田村 22.七和村(紫:桑名市 桃:いなべ市 赤:東員町)
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により、以下の各村が発足。特記以外は全域が現・いなべ市。(22村)
    • 久米村 ← 坂井村、友村、赤尾村、島田村、志知村(現・桑名市)、中上村(現・東員町)
    • 大長村 ← 長深村、南大社村(現・東員町)
    • 梅戸井村 ← 梅戸村、南金井村、門前村、大井田村
    • 三里村 ← 高柳村、平塚村、石榑下村
    • 南石加村 ← 石榑南村、宇賀村、宇賀新田
    • 北石加村 ← 石榑東村、石榑北村、石榑北山村
    • 丹生川村 ← 片樋村、丹生川久下、丹生川中村、丹生川上村
    • 治田村 ← 中山村、東村、垣内村、別名村、麓村、奥村、新町村
    • 東藤原村 ← 東禅寺村、石川村、下野尻村、西野尻村
    • 西藤原村 ← 大貝戸村、坂本村
    • 白瀬村 ← 志礼石新田、市場村、本郷村、山口村
    • 立田村 ← 篠立村、古田村
    • 中里村 ← 鼎村、上之山田村、上相場村、日内村、下相場村、長尾村、川合村
    • 十社村 ← 川原村、千司久連新田、二之瀬村、田辺村、塩崎村、京ヶ野新田、下平村、向平村、畑毛村、西貝野村、東貝野村、小原一色村
    • 阿下喜村 ← 阿下喜村、瀬木村、飯倉村
    • 山郷村 ← 皷村、大辻新田、北中津原村、南中津原村、平野新田、其原村、麻生田村
    • 笠田村 ← 上笠田村、宇野村、市之原村、坂東新田、笠田新田、下笠田村
    • 大泉原村 ← 御薗村、楚原村、畑新田、平古村、松名新田、大泉新田、北金井村
    • 大泉村 ← 西方村、大泉村、東一色村
    • 稲部村 ← 北大社村、大木村、八幡新田(現・東員町)
    • 神田村 ← 鳥取村、六把野新田、山田村、瀬古泉村、穴太村、筑紫村(現・東員町)
    • 七和村 ← 芳ヶ崎村、森忠村、星川村、巌新田、嘉例川村、五反田村、大仲新田(現・桑名市)
  • 明治30年(1897年9月1日 - 改正された郡制により、郡役所が大泉原村に設置。
  • 明治40年(1907年)4月1日 - 南石加村・北石加村が合併して石榑村が発足。(21村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和4年(1929年3月10日 - 阿下喜村が町制施行して阿下喜町となる。(1町20村)
  • 昭和16年(1941年2月11日 - 大泉原村・笠田村・大泉村が合併して員弁町が発足。(2町17村)
  • 昭和26年(1951年3月2日 - 七和村が桑名市に編入。(2町16村)
  • 昭和29年(1954年
  • 昭和30年(1955年
    • 2月1日 - 久米村が分割し、一部(坂井・赤尾・友村・島田・志知)が桑名市に、残部(中上)が東員村にそれぞれ編入。(3町12村)
    • 4月1日 - 阿下喜町・十社村・山郷村が合併して北勢町が発足。(3町10村)
    • 4月3日 - 東藤原村・西藤原村・白瀬村・立田村・中里村が合併して藤原村が発足。(3町6村)
    • 8月1日 - 治田村が北勢町に編入。(3町5村)
  • 昭和31年(1956年9月30日 - 石榑村・丹生川村が合併して石加村が発足。(3町4村)
  • 昭和34年(1959年4月20日 - 梅戸井町・三里村が合併して大安町が発足。(3町3村)
  • 昭和38年(1963年)4月1日 - 大安町・石加村が合併し、改めて大安町が発足。(3町2村)
  • 昭和42年(1967年)4月1日(5町)
    • 東員村が町制施行して東員町となる。
    • 藤原村が町制施行して藤原町となる。
  • 平成15年(2003年12月1日 - 北勢町・員弁町・大安町・藤原町が合併していなべ市が発足。(1町)

変遷表[編集]

脚注[編集]

  1. ^ いなべ市郷土資料館
  2. ^ 星川村に含めて記載。
  3. ^ 「旧高旧領取調帳」では名古屋藩取締地となっていないものの、後の管轄は度会県となっている。
  4. ^ 記載は「門前村/笠間村」。

参考文献[編集]

関連項目[編集]