団しん也

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だん しんや
団しん也
本名 五十貝 勝(いそがい まさる)
生年月日 (1944-04-16) 1944年4月16日(73歳)
出生地 日本の旗日本群馬県富岡市
職業 芸能人
活動期間 1963年 -

団 しん也(だん しんや、1944年4月16日 - )は群馬県富岡市出身の芸能人。本名:五十貝 勝(いそがい まさる)[1]

歌手ジャズシンガー芸人コメディアン声帯模写司会者俳優声優などの多彩な顔を持つ。日本屈指のエンターテイナー且つ、本格的なボードビリアンとしてテレビ・舞台・ライブなどで多岐に活躍している。 富岡市ふるさと大使。

略歴[編集]

群馬県立富岡高等学校卒業。
  • 1963年古賀政男の内弟子となる。のち水時富士夫門下生に。
  • 1966年ポリドール・レコードより『あいつにゃあいつの夢がある』でレコードデビュー。
  • 1974年、『日本演芸大賞』の漫談部門て優秀賞。
  • 1981年、六本木ジャズライブ「バレンタイン」のジャズボーカリストとして定着。
  • 2007年より、銀座ジャズライブ「Swing」に毎月1回出演中。

人物[編集]

  • 古賀の内弟子となったものの、歌手としてすぐにデビューできなかったため、演芸場やキャバレーで漫談サミー・デイビス・ジュニアがやるようなものまねを披露する。すると当時としては珍しい洋楽のものまねが受けて、ものまね好きで有名な立川談志毒蝮三太夫が務める日本テレビの『やじうま寄席』に出演し優勝した。
  • ステージでは常にタキシードを着ることにしている。素晴らしいエンターテイナーたちに対する敬意と憧れに基づくものであり、売れない時期にスナック回りなどをしていた際も、それで通したという。
  • 高平哲郎滝大作赤塚不二夫などが作った「面白グループ」の中心的メンバー。
  • 本格的な芸を見抜くMCからの評価が高く、タモリが司会する日本テレビ『今夜は最高!』には頻繁にゲスト出演し、番組終了までの最多出演者となる。またテレビ朝日『徹子の部屋』にも6回出演している。
  • 1980年より、フジテレビ『新春オールスターかくし芸大会』には毎年のように出演していた。

ものまねのレパートリー[編集]

他、あまり人のやらない外国人のもの真似など、無数にある。

団はその強烈な個性と、確かなモノマネの技術によって第一次ものまねブームを牽引した。他に佐々木つとむ神奈月の師匠)、はたけんじ、堺すすむとともに元祖ものまね四天王とも呼ばれる。

主な音楽作品[編集]

石原裕次郎の1959年8月のシングル『俺らにゃ俺らの夢がある』を受けて。
  • 『Dancin' Yah』(1983年、ビクター音楽産業)ファーストアルバム
    滝大作プロデュース作品。
  • 『リーセントメモリーズ』(1985年、CBSソニー)芸能生活20周年記念ジャズアルバム
    その本格的な歌唱にジャズ評論家野口久光より絶賛の評価を受ける。
    スイングジャーナル誌の年間人気投票・男性ジャズボーカル部門で第2位を獲得。
  • 『ロック・トンデレラ〜買ってから聴くか!聴いてから買うか!〜』(キャニオンレコード)(「団しん也とパロディシスターズ」名義のCMパロディ曲)、B面『酔いどれ数え唄』1978年2月10日発売
  • 『飛べ!!宇宙のレッドバロン』(日本テレビ『スーパーロボット レッドバロン』第27 - 39話OP)
  • 『斗え!レッドバロン』 (同番組第27 - 39話ED)「団しん也、グリーンピース」
  • 『ホンダラ・スーダラ行進曲』(1990年、ソニー・ミュージックレコーズ
    「団しん也&ザ・マイクハナサーズ」名義でクレージーキャッツのヒット曲10曲を植木等風に歌った。しかし3ヵ月後に発売された植木等復活となる『スーダラ伝説』に話題を奪われ、出来は良かったものの影が薄くなってしまった。
  • いいもんだな故郷は』(1999年 - 2001年)(明治製菓カール」CMソング)
  • 『Dan Shinya 40th Anniversary Live』(2007年、団プロモーション)2枚組DVD

演劇[編集]

映画[編集]

主なテレビ出演[編集]

ドラマ[編集]

CM[編集]

バラエティ番組[編集]

その他[編集]

ラジオ[編集]

出典[編集]

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  1. ^ 団しん也のホームページ。”. 2012年3月5日閲覧。
  2. ^ TV-CM PILOT