国谷裕子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動: 案内検索
国谷裕子

国谷 裕子(くにや ひろこ、1957年2月3日 - )は、日本ニュースキャスター

略歴・人物[編集]

大阪府出身。幼少期は日本アメリカニューヨークサンフランシスコ)、香港で過ごす。帝塚山学院小学校聖心インターナショナルスクールを経て、アメリカのブラウン大学卒業(専攻:国際関係学、副専攻:国際経済学)。同大学を卒業後、日本国内の外資系メーカーに就職。商品の販売戦略を担当したが、「結局、なぜ一つでも多くせっけんを売らなくてはいけないのかと、納得がいかなくなり、一年足らずで辞めてしまった」[1]

夫は弁護士で弁護士法人大江橋法律事務所の代表社員である国谷史朗。祖父は二代目田附政次郎、父は三代目田附政次郎(1923- )で、三和銀行専務をへて、三和キャピタル相談役、大阪化成品取締役、いすゞ自動車監査役、帝塚山学院・北野病院理事。母方の祖父は茶道家・和中金助[2]

知人の紹介で1981年、『NHKニュース』の英語の同時通訳を務めたのを機に、報道の世界に。NHK衛星放送のニューヨーク契約駐在キャスター、帰国後に、総合テレビの『NHKニュースTODAY』『NHKニュース21』、衛星放送の『ワールドニュース』に契約出演。1993年から総合テレビ『クローズアップ現代』のレギュラーキャスター。

1993年6月3日(木)放送の 「天安門事件・空白の3時間に迫る」および2008年1月24日の放送の「天安門事件では大きな虐殺はなかった」などでの発言が政治的に偏向しているとして批判が多い[3]

2010年8月1日、前方不注意によるものと見られる追突事故を起こした[4]

趣味はランニング。都内で夫と暮らす。

受賞歴[編集]

著書[編集]

  • 『ここだけは聞いておきたい裁判員裁判 31の疑問に答える』片山善博,四宮啓共著 日本評論社 2009
翻訳
  • ジェイソン・ゲイズ『ぼくはガンを克服した ある少年の生への闘い イラスト手記』日本放送出版協会 1989

脚注[編集]

  1. ^ 「一人前でありたい」国谷裕子が語る仕事-1”. 2009年7月5日閲覧。
  2. ^ 『人事興信録』1995、田附政次郎の項。
  3. ^ [1]
  4. ^ NHKの国谷裕子さん追突事故 双方にけがなし 47NEWS 2010年8月12日