国鉄14系客車

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第15回(1972年

国鉄14系客車(こくてつ14けいきゃくしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が1971年昭和46年)より設計・製造した客車の形式。

目次

概要[編集]

富士」で使用された14系15形
14系・24系の多くの車両に使用されているTR217C形台車

客車の冷暖房用などのサービス電源を、床下のディーゼル発電機でまかなう「分散電源方式」を初めて採用した12系客車をベースとし、同じく分散電源方式を踏襲しつつ、特急列車での使用を前提とした車内設備に変更した客車が本系列である。昼行特急列車や座席夜行列車に使用する座席車と寝台特急列車に使用する寝台車があり、さらに寝台車は製造時期や仕様の違いにより14形と15形に分かれているが、いずれもサービス電源等の仕様は基本的に同一で、混用可能である[注 1][1]

第15回(1972年鉄道友の会ブルーリボン賞受賞[2]

寝台車[編集]

(東海道本線大阪-京都間、1985年3月3日)

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20系客車寝台列車として大成功を収めたが、列車内でのサービス電源を電源車から供給する「集中電源方式」を採用していたことから、多層建て列車として運行する際には、分割された編成に給電するための別の電源車を必要とし、これが運用上の制約となった[3]

この運用上の制約を排除するため、客車のサービス電源を床下のディーゼル発電機でまかなう「分散電源方式」を採用して増備していた、12系客車を基本とした寝台車として設計・製作された形式が14系寝台車である[注 2]。製造年度によりB寝台車室の違いなどから、14形・15形と2種類に分類[注 3]される。

また、個室寝台に改造されたケース[注 4]もある。

一部の車両については、座席車同様、北海道で使用していた旧形客車を廃車にする際の代替車両用として、耐寒耐雪改造が実施された。この車両は、折戸を引戸に改修するなどの措置が取られており、500番台の車両番号が与えられている。これらは14系500番台座席車同様、急行列車に使用されたが、急行が特急格上げ・気動車化された後、一部は気動車連結のために改造され、また「北斗星」の個室車両用に改造(同時に24系に編入)された車両もある。

製造の状況(寝台車)[編集]

1970年(昭和45年)-1977年(昭和52年)の製造予算は以下の通りである[5]

予算区分 形式 製造所 両数
新潟鐵工所 富士重工業 日本車輌製造
昭和45年度
第3次債務負担
オハネ14形 1 2 3 - 7 10両
スハネフ14形 1 2 3
昭和46年度
本予算
オロネ14形     1 - 7 84両
オハネ14形 8 - 11
37 - 41
12 - 16
42 - 46
16 - 36
47 - 53
スハネフ14形 4 - 7
20 - 22
8・9
23・24
10 - 19
25 - 27
オシ14形 1 - 7    
昭和46年度
第3次債務負担
オロネ14形     8 - 12 63両
オハネ14形 54 - 69 70 - 85 86 - 88
スハネフ14形 28 - 35 36 - 43 44・45
オシ14形 8 - 12    
昭和46年度
民有車両
オロネ14形     13・14 31両
オハネ14形 89 - 96 97 - 104 105・106
スハネフ14形 46 - 49 50 - 53 54
オシ14形 13・14    
昭和52年度
第1次債務負担
オハネ15形 1 - 22 23 - 42   63両
スハネフ15形 1 - 12 13 - 21  
製造所別両数 92両 81両 78両 251両


14形寝台車[編集]

銀河」で使用された14系14形(1985年ごろ 大阪駅)
出雲3・2号」 オシ14 7 (1982年 鳥取駅)

車両の概要としては、上記にあるとおりであるが、特徴としては、B寝台車の内装が、それ以前の標準寝台幅52cmを踏襲した20系客車と異なり、B寝台車のベッド幅を581・583系電車で採用したのと同様の70cmと大型化し、またユニット方式で内装を製造して車内に取り付ける形を初めて採用した。また、寝台車のベッドの収納などを省力化するため、中段寝台の自動昇降装置を初めて取り付けた[注 5]

形式はB寝台車のオハネ14形・スハネフ14形、A寝台車のオロネ14形、食堂車のオシ14形が用意された。A寝台車については、「プルマンタイプ」の開放式寝台車のみが製造された。食堂車については、電車・気動車の食堂車とほぼ共通の仕様となってコストダウンが図られた。合計188両が1971年から翌年にかけて製造されている。

まず、1971年に急行「瀬戸(下り)2号・(上り)1号」に試作車のオハネ14 1 - 7とスハネフ14 1 - 3が連結され、試験的に運行を開始した。同列車では他の従来型客車と連結する必要があったため、試作車は蒸気暖房(SG)管と電気暖房用引通し線を新製時より搭載している[6]

1972年3月ダイヤ改正で寝台特急「さくら」・「みずほ」・「あさかぜ(下り)2号・(上り)3号」の3往復で運用が開始された。その際の編成はこちらを参照されたい。

しかし1972年(昭和47年)に発生した北陸トンネル火災事故を機に、火元となる可能性のある電源エンジンを客室の直下に置く分散電源方式は防火安全対策上問題があるとされ、本形式の製造は一旦中止され、以後の増備は集中電源方式の24系客車に移行した。

1980年代から1990年代にかけてB寝台車の2段寝台化が行われたが、需給関係との兼ね合いもあり、全車には及ばなかった。2段化されなかった車両は急行列車や波動輸送用に使われたほか、JR西日本管轄であった「出雲3・2号」に廉価サービスの一環として、1989年平成元年)から3段B寝台車を1両連結する措置がとられ、同列車が1998年(平成10年)に電車化されるまで続けられた。

15形寝台車[編集]

オハネ15 7(1986年ごろ)

14系14形の製造が中止された後に、防火安全対策を強化して1978年(昭和53年)に製造されたグループである。B寝台車のみ63両が製造された。

床下発電機にはハロン式自動消火装置が付き[7]A-A基準に準拠して製作された。

電源システムなどは14形と同じで混結が可能だが、24系25形寝台車に準じた車体形状を持ち、B寝台も2段化されオハネ15形・スハネフ15形のみが製造された。なお、登場時編成図はこちらを参照されたい。

新製当初、15形は寝台特急「あかつき」2往復に投入されたが、後に「明星」との併結運転を実施。

国鉄の分割民営化を控えた1986年(昭和61年)に「あかつき」の減車および1往復削減に伴い、一部の15形が熊本運転所へ転属し、14形に混じって「さくら」・「みずほ」にも投入された。

JR化以降、12系と併結の急行「だいせん」・「ちくま」などにも使用された。

「あかつき」の運転終了後は、熊本に転属したスハネフ15形4両・オハネ15形5両が、スハネフ14形6両[8]、オロネ25形改造のオロネ15形3000番台5両、オハネ25形1000番台改造のオハネ15形2000番台5両、オハネ25形100番台改造のオハネ15形1100番台6両とともに、「富士」・「はやぶさ」で列車廃止まで運用された。

国鉄時代の改造車[編集]

車体構造が共通である24系客車への転出、あるいは同系からの改造編入は、登場直後から行なわれている。系列内改造では、北海道への転用改造が質および量ともに大規模なものとしてあげられる。

オシ14形のオシ24形100番台への改造[編集]

オシ24 103(旧オシ14 10)

1975年3月のダイヤ改正により、24系24形が品川客車区に転属して「はやぶさ」・「富士」・「出雲[注 6]」を受け持つこととなった際に不足する食堂車5両を補うため、オシ14形に難燃化・電気系統の改造によりオシ24形100番台に編入したものである。

国鉄分割民営化に際しては、全車がJR九州に引き継がれたが、1999年(平成11年)をもって運用から外され全車廃車となった。

オシ14 5・6・10・11・14 → オシ24 101 - 105

オハネフ24形のスハネフ14形100番台への改造[編集]

スハネフ14 101

1977年(昭和52年)に系列間の需給調整のため、24系客車のB寝台緩急車オハネフ24形に電源用ディーゼル発電機を取り付け14系化した車両で3両が改造された。もともと、24系客車自体が当系列を基本にした系列のため、外観上の差異はほとんどなく、屋上エンジン排気筒ならびに後位クーラー廻りの寸法、前位車端部の手すりの取付け方が異なる程度である。改造当初は101と102が品川運転所(当時は品川客車区)、103が早岐客貨車区に配置された。

102は、1982年(昭和57年)3月15日に名古屋駅構内で発生したDD51形ディーゼル機関車との衝突事故(名古屋駅寝台特急「紀伊」機関車衝突事故)により廃車となり、101がJR九州、103がJR東日本に引き継がれた。103は尾久客車区(現・尾久車両センター)に所属し、3段寝台のまま急行「能登」や「カートレイン九州」で使用されたが1998年に廃車となり、その後は101のみがJR九州熊本鉄道事業部熊本車両センターに配置、2009年廃止の「富士」「はやぶさ」に充当されたが、2013年度に廃車され区分番台消滅となった。

オハネフ24 16 - 18 → スハネフ14 101 - 103

オロネ14形のオロネ24形100番台への改造[編集]

1982年11月のダイヤ改正で24系24形寝台車が秋田運転所に転属となり、「あけぼの」・「ゆうづる」・「出羽」に運用する際に不足するA寝台車を補うため、オロネ14形1両の電気系統を変更して、オロネ24形100番台に編入したものである。1986年には、急行「銀河」24系置き換えの際に不足する2両が追加改造されている。

国鉄分割民営化で、101がJR東日本、102・103がJR西日本に引き継がれた。1991年(平成3年)に101はスロネ24形に改造されたため、残った102・103の2両がJR西日本宮原総合運転所に配置されていたが、2008年(平成20年)に廃車となり形式消滅。

オロネ14 11・9・10 → オロネ24 101 - 103

北海道向け改造(オハネ14形・スハネフ14形500番台)[編集]

スハネフ14 508
(1986年 札幌駅
オハネ14 503
(1986年 札幌駅)

1983年、北海道内の急行列車「まりも」・「大雪」・「利尻」で使われていた10系寝台車の置き換えのため、後述の座席車に引き続き、本系列に暖房強化と冬季の着雪・凍結対策として折戸であった客用扉の引戸化など道内向け改造を施したものである[9]。在来客車との併結のため、蒸気暖房管が引き通された。台車はブレーキシリンダを台車装備とし、鋳鉄製制輪子を使用したTR217FとTR217Gに変更され、最高速度が95km/hに抑えられたため、区別のため車体側面の形式番号標記の前に「○ホ(○の中にホ)」マークが加えられた。

オハネ14形が17両、スハネフ14形が8両が改造された。

オハネ14 66・84・85・68・69・73・74・79・65・72・75・78・81・83・55・70・71 → オハネ14 501 - 517
スハネフ14 42・43・53・41・46・51・52・54 → スハネフ14 501 - 508

これらは、主に寝台車を連結した夜行急行列車に用いられたが、車両設備の更新のため一時期宗谷本線の昼行急行列車である「宗谷」・「天北」にも座席車代用としても用いられた[9]。後に使用列車の気動車化に伴い、塗色変更の上気動車との併結改造[注 7]をされた車両のほかは、座席車も含め「北斗星」増発に伴い24系に改造編入された。

グリーンシート改装車[編集]

1985年3月に、五稜郭車両所でオハネ14 501 - 503の寝台1区画をソファシート(後述のオハネ14形700番台と同じ仕様)に改装し、昼行運用時のみグリーン席としたもの。夜行運用時は2段式B寝台4席のみとして発売された。

14系客車置き換え前の気動車時代に連結されていたグリーン車のサービスを受け継ぐもので、急行「宗谷」(上りのみ)「天北」(下りのみ)で運用されたが、現地でしか購入できないなど発売方法に問題があり利用が振わず、1986年10月までに原型に戻された[9]

オハネ14形の4人用個室化改造(オハネ14形700番台)[編集]

オハネ14 702「カルテット」(1987年)

1984年、高速バス航空機の台頭に伴う夜行列車の利用率低下を打開するため、B寝台車では初めて登場した4人用個室「カルテット」を配置した寝台車である。種車の寝台レイアウトはそのままに通路との仕切りを設け、昼間利用時の居住性向上のため下段寝台を折りたたみ式のソファーベット化するなどシンプルな改造内容で、原状への復元が容易に行える構造であったが、登場当初はグループ利用者を中心に人気を集め、「さくら」・「みずほ」に使用された。

オハネ14 32・22・29・51・36・88 → オハネ14 701 - 706

国鉄分割民営化で全車がJR九州に引き継がれたが、夜行需要自体の減少のみならず、上段が3段式時代のままであったことや個室の少人数志向が進んだことで利用率が低下したことから、1997年に定期運用を離脱。その後個室のドアを撤去し、通常の2段式B寝台として「シュプール大山」に充当されたが、翌1998年までに全車廃車されている。

「ホリデーパル」サロンカーへの改造(オハ14形700番台)[編集]

オハ14 701「ホリデーパル」サロンカー(画像はSLやまぐち号連結時、1990年 津和野駅)

広島鉄道管理局で、1984年に20系寝台車改造の簡易個室式ジョイフルトレインホリデーパル」のサロンカーとして、オシ14 1を幡生車両所で改造したもので、改造後はオハ14 701に改番された。車内は、食堂設備をすべて撤去してカーペット敷きとされたが、外観上は厨房部の窓を固定化したのが目立つ程度で、大きな変更はない。

電気系統は20系の三相交流60Hz/600Vに適合するように改造されたが、回路の切替えにより従来どおり14系や12系に組み込んで使用することも可能であった。国鉄分割民営化でJR西日本に引き継がれ、1990年には白を基調とした新塗装に塗り替えられたが、1997年に20系側の老朽化により廃車された。

「はやぶさ」・「富士」用ロビーカーへの改造(オハ24形700番台)[編集]

オハ24 702「ロビーカー」
(1986年3月25日)
オハ24 704「ロビーカー」

1985年3月、東京対九州ブルートレインの設備改善のため、ホテルのロビーのような機能を持つフリースペースとして「ロビーカー」を「はやぶさ」に連結することとなり、登場。本グループの種車は、当時余剰となっていたオシ14形およびオハネ14形が充てられた。両車の外観は大きく異なるが、種車の設備は完全に撤去され、中央部にソファと1人用の回転椅子を設けたロビーコーナー、前位寄りに飲料自動販売機を備えたサービスコーナー、後位寄りにPRコーナーが設けられた。また、ロビーコーナーの前位寄りには、サービスカウンターも設けられていた。外観は、銀色のメタリックテープで翼を広げたようなデザインが行なわれ、ロビーカーであることをアピールした。その後カード式公衆電話が設置された。

「はやぶさ」用には、オシ14形改造車2両、オハネ14形改造車1両が用意されたが、1986年11月から連結が開始された「富士」用には、オハネ14形改造車2両が増備された。両グループは区別されることなく連番が付番されている。オシ14から改造された701・702は客用扉は設置されていない。

オシ14 9・4 オハネ14 67・2・4 → オハ24 701 - 705

改造は全車が大宮工場(現・大宮総合車両センター)で当初は品川運転所に配置されたが、国鉄分割民営化に伴い全車が熊本運転所へと転属しJR九州に引き継がれた。2005年(平成17年)の「富士」「はやぶさ」併結運転化に伴って編成から外され、同年に全車が廃車となった。

JRへの継承(寝台車)[編集]

1987年に実施された国鉄分割民営化に際しては、240両がJR4社に継承された。その状況は、次のとおりである。国鉄時代の廃車は、1982年度に事故廃車となった1両(スハネフ14 102)のみであった。その他に改造による減が13両、増が3両で、廃車と合わせて11両の減である。

形式 北海道 東日本 西日本 九州 両数
オロネ14形 3 3 5 11
オハネ14形 17 42 27 17 103
オハネ15形 35 7 42
スハネフ14形 8 24 14 10 56
スハネフ15形 17 4 21
オハ14形 1 1
オシ14形 6 6
寝台車合計 25 69 97 49 240


国鉄分割民営化後の状況[編集]

JR北海道[編集]

北海道旅客鉄道(JR北海道)へは、オハネ14形500番台17両とスハネフ14形500番台8両の計25両が承継された。「北斗星」3・4号の定期列車化に伴い、オハネ14形の一部は24系客車へ改造編入され、残存車は引き続き「まりも」「大雪」「利尻」など夜行急行列車を主に運用された。これら夜行列車群が気動車に置換えられる際に、寝台車組込のため気動車との併結改造が行なわれた。道内発着の夜行列車は2008年(平成20年)8月31日出発の特急「まりも」の臨時運転をもってすべて廃止され、オリジナルの14系寝台車の運用は消滅した。札幌運転所に配置されていた残存車は同年10月17日をもってすべて廃車となった。2016年3月、急行「はまなす」用の24系改造編入車2両[9]も廃車され、北海道から14系寝台車は消滅した。

「北斗星」3・4号定期列車化用改造車[編集]

1988年(昭和63年)3月、青函トンネルの開通に伴って上野駅 - 札幌駅間で運転が開始された寝台特急「北斗星」は1・2号をJR北海道、5・6号をJR東日本が担当し、3・4号はモノクラスの季節列車として設定されたが、豪華編成の1・2・5・6号に続いて、3・4号にもハイグレード客車を連結して1989年3月から定期列車化することとなった。その際、JR北海道とJR東日本で1本ずつ編成を受け持つこととなったが、JR北海道では種車となる24系が払底していたため、宗谷本線急行「宗谷」「天北」のキハ400系気動車へ置き換えによって捻出したオハネ14形11両が種車とされた。改造詳細は国鉄24系客車#JR北海道を参照。

オハネ14 514 → オロネ25 551(ニューツインDX/1・2号用)
オハネ14 513 → オロハネ25 554(ロイヤル・デュエット)
オハネ14 512 → オロハネ25 555(ロイヤル・ソロ)
オハネ14 505・509・511・516 → オハネ24 501 - 504
オハネ14 508・507 → オハネフ24 501・502
オハネ14 515 → スハネ25 503(ソロ・ロビー/1・2号用の予備車増備)
オハネ14 517 → オハ25 551(ロビーカー)
北斗星「ロイヤル」増結用改造車[編集]

「北斗星」のA個室「ロイヤル」が寝台券がプラチナチケットとなっていたことから、「ロイヤル」の室数を増やすため、1990年(平成2年)から全列車に「ロイヤル・ソロ」を1両増結することとなった。JR北海道では前節と同じ事情でオハネ14形3両が種車となった。

オハネ14 503・506・510 → オロハネ25 556 - 558
「はまなす」用寝台車への改造(スハネフ14形550番台)[編集]
スハネフ14 552

1991年の急行「はまなす」への寝台車連結に伴い、当時14系寝台車が不足していたことから、「北斗星」1・2号の個室化推進に伴い余剰になったオハネフ25形の床下に廃車となったスハフ14形500番台から捻出した電源装置を取り付け、14系化したものである。種車はオハネフ25形200番台だが、改造時に帯を白帯に変更した以外は上述のスハネフ15形に準じている。

オハネフ25 218・220 → スハネフ14 551・552
気動車併結化改造[編集]
スハネフ14 502

1991年3月、宗谷本線の夜行急行「利尻」をキハ400系気動車に置き換えることとなったが、寝台車の連結を続行するため、スハネフ14 501・505・508を気動車編成に組み込んで運転することとした。併結のための給電や放送、戸閉回路など引通し関係、ブレーキ管の改造が行なわれ、車内設備についても寝台モケットの張り替えや、トイレ・洗面所のグレードアップが行なわれた。外板塗色は、併結する気動車に準じた灰白色ベースに変更[10]され、受け座が気動車タイプのものに交換された。前位側には、従来からの電気連結栓も存置されたため、客車列車に組み込んで使用することも可能であるが、気動車用引通しの関係から後位車掌室側を稚内向きに固定している。

その後、1992年(平成4年)の石北本線夜行急行「大雪」の特急「オホーツク」への格上げ、1993年(平成5年)の根室本線夜行急行「まりも」の特急「おおぞら」への格上げによるキハ183系気動車化により、残存していたオハネ14 501・502・504、スハネフ14 502 - 504・506・507が、キハ183系気動車との併結対応に改造された。こちらの改造内容も「利尻」用とほぼ同様であるが、外板塗色は併結するキハ183系に合わせたものとなっている。また、オハネ14の車掌室跡には飲料水の自動販売機も設置されている。

JR東日本[編集]

東日本旅客鉄道(JR東日本)へは、「さくら・みずほ」「北陸」「能登」用の計69両が引き継がれた。「みずほ」の廃止と「さくら」の移管、「能登」の電車化により余剰車が廃止され、「北陸」用のみが運用されていたが、2010年3月の列車廃止に伴い、運用が消滅した。

北陸」用改造車[編集]

2010年3月14日のダイヤ改正で「北陸」が廃止されたため、使用されているものは無い。

  • オロネ14形701 - 703
1989年に、比較的少人数のビジネス利用の多い「北陸」を個室化することになり、後述のスハネ14形とともにオロネ14形を1人用A個室寝台(シングルDX)化し登場した車両である。1人用個室をまくらぎ方向に11室備えた。個室には収納式の洗面台やAV装置をそなえるが、シャワー室はない。
オロネ14 12 - 14 → オロネ14 701 - 703
スハネ14 756
  • スハネ14形701 - 703・751 - 759
上述のオロネ14形700番台と同じく「北陸」の個室化に伴い登場した、1人用B個室寝台(ソロ)車両。
1人用個室14室とシャワー室を備えた701 - 703と、1人用個室20室を備える751 - 759の計12両が登場した。
750番台は1999年(平成11年)に「北陸」の編成両数が見直された際に751・753・754・757の4両が余剰となり、2000年から2003年にかけて廃車された[11]
オハネ14 93・97・106 → スハネ14 701 - 703
オハネ14 1・96・98・6・92・94・95・99・100 → スハネ14 751 - 759

JR西日本[編集]

西日本旅客鉄道(JR西日本)へは、97両が引き継がれた。民営化時点の運用は、「ちくま」「だいせん」「あかつき」「彗星」「出雲2・3号」があり、特急列車用へはアコモデーション改良もなされたが、2005年の「彗星」の廃止、2008年の「あかつき」の廃止により定期運用が消滅した。2016年3月21日に「特別なトワイライトエクスプレス」が運用を終了したため、2017年4月時点で、本系列出自の車両としては、「あすか」に1両残るのみである。

和風客車「あすか」用改造車[編集]
  • オロ14 851
1987年、ジョイフルトレインあすか」用のサロンカーとしてオハネ14形からの改造により登場した。2016年10月18 - 19日にかけて吹田総合車両所に廃車を前提とした回送がなされた。
オハネ14 3 → オロ14 851
オハネ15形をオハネ25形に改造[編集]
  • オハネ25 251・252
1990年、「銀河」「日本海1・2号」用のB寝台車が不足したため、オハネ15形2両をオハネ25形に改造し、250番台とした。電源引き通し関係の改造のみで、外観の変化はない。
オハネ15 38・39 → オハネ25 251・252
「トワイライトエクスプレス」第3編成用改造車[編集]
  • オハ25 553
寝台特急「トワイライトエクスプレス」は、運転日を増やすため、1991年に第3編成を増備することとなった。そのうちのサロンカーについて、本系列から種車が選定され、幡生車両所で改造された。
オロネ14 8 → オハ25 553
「出雲3・2号」用グレードアップ改造車[編集]
オロネ14 300番台
オハネ14 300番台

1991年、「出雲」3・2号用に登場したグレードアップ個室寝台車で、1人用A寝台車(シングルDX)3両と1人用B個室寝台(シングル)・2人用B個室寝台(ツイン)合造車3両の計6両が登場した。

  • オロネ14 301 - 303
1人用A個室寝台(シングルDX)車両。
車両構造は1989年に登場した「あさかぜ」・「瀬戸」用のオロネ25形300番台に準じる。
オハネ14 16・35 オロネ14 6 → オロネ14 301 - 303
「あかつき」に転用後は、「日本海」1・4号のオロネ25形300番台の予備を兼ねるため、24系にも併結可能な様に改造が実施された。
  • オハネ14 301 - 303
上記のオロネ14形300番台と同じく「出雲」3・2号用に登場した、1人用B個室寝台(シングルツイン)、2人用B個室寝台(ツイン)合造車。
トワイライトエクスプレス」用に改造されたオハネ25形520番台に準じたエキストラベットを備えた1人用個室6室と、同じくオハネ25形510番台に準じた4人利用も可能な2人用個室7室を備える。
1998年に「出雲」3・2号が285系電車による「サンライズ出雲」化されたことに伴い、上述のオロネ14形300番台とともに「あかつき」に転用されたが、2008年に「あかつき」も廃止されたため、定期運用がなくなった。
オハネ14 15・17 オロネ14 7 → オハネ14 301 - 303
「あかつき」用B個室寝台車[編集]
  • オハネ15 351 - 353
1992年、「あかつき」用にオハネ15形の改造により登場した、1人用B個室寝台(ソロ)車。
定員確保のため通路を車両中央に設け、その両側に1人用個室を合計28室設けている。
2000年、「あかつき」の「彗星」との併結化に伴い同車は一旦「彗星」の編成に移され、2005年には「彗星」の廃止に伴い再び「あかつき」で使用されていたが、2008年に「あかつき」も廃止されたため、定期運用が無くなった。
オハネ15 8・24・29 → オハネ15 351 - 353

JR九州[編集]

九州旅客鉄道(JR九州)へは、「さくら」「みずほ」用に49両が継承された。両列車の廃止後は、「富士」「はやぶさ」用となったが、初期の14形が多かったため、随時24系25形から改造補充された。2009年の「富士・はやぶさ」廃止により定期運用を失ったが、九州島内での臨時列車に使用されている。

  • オハネ15形1100番台
1997年(平成9年)「さくら」に使用されていたオハネ14の老朽化に伴い、「はやぶさ」の運転区間短縮によって余剰になった24系のオハネ25形100番台車を14系に編入した番台区分である。車両番号は種車の番号+1000になっている。改造内容は、引通し線を変更した程度で外観については種車と変わっておらず、オハネ15形はもともとオハネ25形100番台を基本に製造された車両であるため、オハネ15形新製車との差もほとんどない。「さくら」減車時に2両が廃車されたが、その後1両が追加改造され、現在も、JR九州熊本運輸センターに配置の上、2009年3月14日まで、「富士」「はやぶさ」に使用されていた。
オハネ25 102・112・185・201・202・204・222・246 → オハネ15 1102・1112・1185・1201・1202・1204・1222・1246
オハネ15 2003
オハネ15 2003
オロネ15 3006
オロネ15 3006
  • オハネ15形2000番台
「はやぶさ」「富士」用に改造された全室1人用B個室寝台車(ソロ)オハネ25形1000番台を、1999年に「さくら」転用のため、サービス電源の変更を行って14系に編入したもの。詳細は国鉄24系客車 オハネ25形1000番台の項を参照。
オハネ 25 1001 - 1005 → オハネ15 2001 - 2005
  • オロネ15形3000番台
2005年に「はやぶさ」「富士」で使用されていた1人用A個室寝台車(シングルDX)オロネ25形を14系仕様に改造したもの。詳細は国鉄24系客車 オロネ25形の項を参照。
オロネ25 1・2・4・5・6 → オロネ15 3001・3002・3004・3005・3006

運用[編集]

1971年に開発され、その年に急行「瀬戸」で試験的に運用された後、1972年3月15日国鉄ダイヤ改正から本格的に営業運転に投入された。このダイヤ改正では、途中駅で分かれて別々の目的地を目指す運行形態を採っていた「さくら」などの列車に、当初の開発計画のとおり投入された。その後も「いなば」・「紀伊」など多層建ての寝台列車にも投入され、24系の開発・運用開始後も同系とともに寝台列車の主力として使用された。

しかしその後、寝台列車は次第に需要が低迷するようになり、列車の廃止に伴って余剰となり始めた本系列も次第に活躍の場を狭めていった。また、北海道にみられた気動車併結列車も2007年10月のJR北海道ダイヤ改正での「まりも」の臨時列車化に伴い定期運用がなくなった。2010年3月13日のダイヤ改正で、寝台特急「北陸」が廃止されたことにより、特急列車での定期運用は無くなった。そして2012年4月現在、定期列車では急行「はまなす」に使用されるだけとなり、2016年3月21日の青森発をもって運行終了へと到った。

2009年(平成21年)3月まで多層建て列車として運転されていた、東京駅 - 門司駅間併結の「富士」・「はやぶさ」では、それぞれの編成内容を共通化することで、1つの編成について、熊本-「はやぶさ」-東京-「富士」-大分-「富士」-東京-「はやぶさ」-熊本という、14系の長所を最大限に活かした車両運用が行われていた点が注目された。

2005年3月15日以降の「はやぶさ」・「富士」編成図
号車 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
喫煙・禁煙 喫煙席 禁煙席 喫煙席 禁煙席
座席種類 B A1 B1 B B B B A1 B1 B B B
形式 スハネフ14形
または
スハネフ15形
オロネ15形
3000番台
オハネ15形
2000番台
オハネ15形 オハネ15形 スハネフ14形
または
スハネフ15形
スハネフ14形
または
スハネフ15形
オロネ15形
3000番台
オハネ15形
2000番台
オハネ15形 オハネ15形 スハネフ14形
または
スハネフ15形
下り列車 ← 熊本 「はやぶさ」 東京 → ← 大分 「富士」 東京 →
上り列車 ← 大分 「富士」 ← 熊本 「はやぶさ」
 
座席種別凡例
  • A1=A寝台1人用個室寝台「シングルデラックス」
  • B1=B寝台1人用個室寝台「ソロ」
  • B=開放式B寝台

詳細としては「スハネフ14 (15) 形 - オロネ15形3000番台 - オハネ15形2000番台 - オハネ15形 - オハネ15形 - スハネフ14 (15) 形」1編成を、上り「はやぶさ」→下り「富士」→上り「富士」→下り「はやぶさ」とする運用を組み合わせる形で使用されていた。

車両の面から見ると「富士」「はやぶさ」に使用されている14系の製造時の形式は、14系14形が5両(スハネフ14形0番台)、14系15形が9両(スハネフ15形・オハネ15形0番台)、24系24形が1両(オハネフ24形改造のスハネフ14 101)、24系25形が16両(オロネ15形3000番台・オハネ15形2000番台・オハネ15形1100番台)とすでに廃車となっている20系客車を除く寝台特急用客車の全形式にわたっていた。

趣味的な観点であるが、銀帯の車両が多数派となっているが、もともと白帯であるスハネフ14形に加え、更新改造時に銀帯(ステンレス)を白帯(塗装)に変更した15形車両も存在するため、帯の色が統一された編成となることはほとんどない。2008年3月現在、スハネフ14形、スハネフ15形の一部、オハネ15形1100番台が白帯、スハネフ15形の一部、オハネ15形0番台、オハネ15形2000番台、オロネ15形3000番台が銀帯となっていた。

廃車の状況(寝台車)[編集]

  • 1982年(昭和57年)度
    • スハネフ14形 : 102(南シナ)
  • 1992年(平成4年)度
    • スハネフ14形 : 2(熊クマ)
  • 1994年(平成6年)度
    • オシ14形 : 13(熊クマ)
  • 1996年(平成8年)度
    • オハネ14形 : 18・39・40・43・45・47・48・49・52・53(東オク)、706(熊クマ)
    • スハネフ14形 : 16・18・19(東オク)
    • オハ14形 : 701(広セキ)
  • 1997年(平成9年)度
    • オハネ14形 : 7・8・10・11・12・13・19・20・23・24・701・702・703・704・705(崎サキ)、9(熊クマ)、21(東オク)、57・61・86・87(大ミハ)
    • スハネフ14形 : 21・22(東オク)、48・49(大ミハ)
  • 1998(平成10年)年度
    • オハネ14形 : 5・26・27・28・30・31・34・37・38・56・58(米イモ)、60・62・64・76・77(大ミハ)、25・41・42・44・46・50・54・59・101・105(東オク)
    • オハネ15形 : 12(大ミハ)
    • スハネフ14形 : 7・8・9・10・17・38・103(東オク)、14・15・23・26(米イモ)、34・36・45・47(大ミハ)
  • 1999年(平成11年)度
    • オロネ14形 : 1・2・3・4・5(崎サキ)
    • オハネ15形 : 27(京キト)
    • スハネフ14形 : 4・13(崎サキ)、39・40(東オク)、44(京キト)
    • オシ14形 : 2・3・7・8・12(崎サキ)
  • 2000年(平成12年)度
    • オハネ14形 : 14(大ミハ)、80・90・102・103・104(東オク)
    • スハネ14形 : 751・753(東オク)
    • スハネフ14形 : 1(崎サキ)、33(東オク)
  • 2001年(平成13年)度
    • オハネ15形 : 5・7・1112・1185(崎サキ)、13・17・18・19・21・22・34・35・36(大ミハ)
    • スハネ14形 : 754(東オク)
  • 2002年(平成14年)度
    • オハネ15形 : 9(大ミハ)
  • 2003年(平成15年)度
    • オハネ14形 : 33(大ミハ)
    • スハネ14形 : 757(東オク)
    • オハネ15形 : 10・11(大ミハ)、25(京キト)
    • スハネフ14形 : 25・50(大ミハ)、37(東オク)
    • スハネフ15形 : 5・6・9・10・11・13(大ミハ)
  • 2004年(平成16年)度
    • オハネ15形 : 26(京キト)
    • スハネフ14形 : 24(京キト)
  • 2005年(平成17年)度
    • オハネ15形 : 14・16・23・28・30・31・32・33・37・40・41・42(京キト)
  • 2006年(平成18年)度
    • スハネフ14形 : 503(札サウ)
    • スハネフ15形 : 19(京キト)
  • 2007年(平成19年)度
    • オハネ14形 : 501・502・504(札サウ)
    • スハネフ15形 : 8・15・17・18(京キト)
  • 2008年(平成20年)度
    • オロネ14形 : 301・302・303(京キト)
    • オハネ15形 : 351・352・353(京キト)
    • スハネフ14形 : 501・502・504・505・506・507・508(札サウ)
    • スハネフ15形 : 3・4・7・12・14・16(京キト)
  • 2009年(平成21年)度
    • オロネ15形 : 3002・3004・3005(熊クマ)
    • オハネ15形 : 1・2・6・1201・1202・2001・2003・2005(熊クマ)
    • スハネフ14形 : 3・5・12(熊クマ)
    • スハネフ15形 : 1・21(熊クマ)
  • 2010年(平成22年)度
    • オロネ14形 : 703(東オク)
    • オハネ14形 : 63・82・89・91(東オク)
    • スハネ14形 : 701・703・752・755(東オク)
    • スハネフ14形 : 20・28・29・30・31・32・35(東オク)
  • 2013年(平成25年)度
    • オロネ14形 : 701・702(東オク)
    • オロネ15形 : 3006(熊クマ)
    • オハネ15形 : 3・4・1122・1204・2002(熊クマ)
    • スハネ14形 : 702・756・758・759(東オク)
    • スハネフ14形 : 27(東オク)、101(熊クマ)
    • スハネフ15形 : 20(熊クマ)
  • 2015年(平成27年)度
    • スハネフ14形 : 551(札サウ)、552(札サウ)

現状(寝台車)[編集]

2017年4月1日時点で、2社に8両が在籍する[12]。JR九州の7両は長期保留車である。

  • 西日本旅客鉄道
    • 網干総合車両所宮原支所(1両)
      • オロ14形 : 851
  • 九州旅客鉄道
    • 熊本鉄道事業部熊本車両センター(7両)
      • オロネ15形 : 3001
      • オハネ15形 : 1102・1246・2004
      • スハネフ14形 : 6・11
      • スハネフ15形 : 2

座席車[編集]

14系座席車の車内

1969年(昭和44年)から、国鉄は波動輸送用として12系客車を製造していた。12系は急行用としたことから座席は向かい合わせの固定式クロスシートであるものの、110km/h運転が可能で冷房装置を完備した唯一の昼行用客車ということもあり、当初は臨時特急列車にも12系を使用していたが、特急料金の割引を行っても利用者の評判は芳しくなかった。そこで12系客車の設計を基本とし、183系電車と共通の車内設備をもつ特急形車両として1972年から1974年にかけて新潟鉄工所・富士重工業・日本車輌製造で合計325両が製造されたのが14系座席車である。波動輸送用として増備されたことから、グリーン車・食堂車の製造は計画されず、普通車のみが製造された。簡易リクライニングシート・AU13A形分散式冷房装置(製造途中から難燃化構造としたAU13AN形に変更)を搭載し台車はTR217D形を採用した。車体の屋根高さは12系客車よりも10cm低い3,520mmである[注 8]。また、窓框の高さなど183系電車の普通車とほぼ同一であるが、窓部の側構は同じ特急形でも電車・気動車と異なり内傾しておらず垂直である。また、波動用という事でレジャー客のスキー板ゴルフバッグなどの大型荷物の携行が予想されたため、客室の一端に大型荷物置場を設置した[13]。12系・14系寝台車以外の系列との併結は考慮されず、蒸気暖房管と電気暖房用引通し線は未装備である[14]

形式[編集]

オハ14 165
オハ14形(オハ14 1 - 209)
定員72名の普通車である。
スハフ14 32
スハフ14形(スハフ14 1 - 63)
定員64名の普通緩急車である。サービス用電源としてDMF15HZ-G形ディーゼルエンジン駆動(出力270PS)によるDM93発電機(容量210kVA)を搭載し、スハフ14形1両当たり自車を含む6両に給電可能とした[15]。後位側妻面(車掌室)の貫通扉には手動式の表示幕が取り付けられ、他の特急形客車と同様にテールマークの表示が可能となっている。
オハフ15 23
オハフ15形(オハフ15 1 - 53)
定員64名の普通緩急車である。車体の基本構造はスハフ14形と同じであるが、サービス電源用の発電セットを搭載しない。また12系のオハフ13形では搭載準備工事が施工されていたが本形式では未施工である[14]

製造の状況(座席車)[編集]

下表に記すように4回に亘って発注された。 増備の都度、細部の改良が行われているが、特に昭和48年度第3次民有車両では北陸トンネル火災事故の教訓から難燃性の向上が図られ、車体構造を含む多数の変更が行われた。

  • 床構造の金属化(木材→アルミ材)
  • 貫通路扉のガラスを網入り磨きガラスに変更して、ガラス押さえはステンレス材とした
  • 冷房装置の難燃化
  • カーテン・シート詰め物の難燃化

また、ジャンパ連結器を24系客車に合わせた。ジャンパ栓収めを2箇所(KE8・KE85)妻板の1・4位に設置した。

1972年(昭和47年)-1974年(昭和49年)度の製造予算は以下の通りである[要出典]

予算区分 形式 製造所 両数
新潟鐵工所 富士重工業 日本車輌製造
昭和47年度
第1次民有車両
オハ14形 1 - 8
17 - 25
9 - 16 26 - 49 76両
スハフ14形 1・2
6 - 8
3 - 5 9 - 14
オハフ15形 1・2
5 - 7
3・4 8 - 13
昭和47年度
第2次民有車両
オハ14形 66 - 77 50 - 57 58 - 65
78 - 81
49両
スハフ14形 19 - 21 15・16 17・18
22・23
オハフ15形 18 - 20 14・15 16・17
21
昭和48年度
第3次民有車両
オハ14形 82 - 105 106 - 121 122 - 145 100両
スハフ14形 24 - 29 30 - 35 36 - 43
オハフ15形 22 - 27 28 - 31 32 - 37
昭和49年度
第2次民有車両
オハ14形 146 - 185 186 - 209   100両
スハフ14形 44 - 53 54 - 63  
オハフ15形 38 - 47 48 - 53  
製造所別両数 141両 91両 93両 325両


※ジョイフルトレインへの改造車については、その項を参照のこと。

日本国外向けの派生車[編集]

日本の車両メーカーによるこの時点までの輸出用客車製造には、43系ベースのブラジル国鉄向け客車と、10系ベースのタイ国鉄向け軽量客車があったが、この14系でも近畿車輛1976年(昭和51年)に座席車をベースとしてメキシコチワワ太平洋鉄道向けに冷房付で製造している。冷房装置はAU13AN形が搭載されていたが、老朽化対策としてメキシコ三菱電機製セゾンエアコンに換装された。冷房電源用ディーゼル発電機も2両毎に付けられているのも共通している。

国鉄時代の改造車[編集]

  • 北海道向け500番台改造
500番台座席車
蒸気管と旧形客車併結用のKE85-KE54特殊両栓ジャンパ線装備
急行「ニセコ」
(1986年 札幌駅)
1981年(昭和56年)、北海道の急行列車で使われていた旧形客車の置き換えのため、本州内の急行列車廃止で余剰になっていた本系列に暖房強化や空気圧縮機の大型化、これに伴いスハフ14形1両当たり自車を含めた6両から4両給電に変更、冬季の着雪・凍結対策として折戸であった客用扉の引戸化など道内向け改造を施した番台区分。当初から、荷物車郵便車、寝台車(当初は10系寝台車と混結されていた)などの旧形客車との併結が前提であったため、12系客車と同じく機関車からの暖房用蒸気を旧形客車に送るための、暖房用蒸気の引通管が新たに設けられた。オハ14 501 - 539・スハフ14 501 - 509が改造された
4両給電化によってスハフ14形の所要両数が増えて種車となるスハフ14形が不足するため、オハフ15形をスハフ14形に改造の上充当している。上記の道内向け改造に加え、電源用ディーゼル発電セットの取付が行なわれた。この改造によりスハフ14形に編入された車両の番台区分は550番台の551 - 561となった。
当初は座席車のみの落成となったが、後に寝台車も改造され投入された。500番台寝台車と同様の台車のため、最高速度が95 km/hに抑えられていたが、青函トンネル内に限り再度110 km/h走行が可能となった。
500番台はさらなる改造の種車となったものが多く、残存しているのはオハ14形が11両、スハフ14形500番台が5両、スハフ14形550番台が4両となっている。
青函トンネル内での防火対策として、床下にディーゼル発電機を搭載するスハフ14 501 - 509・551・555 - 557に自動消火装置が搭載されており、急行「はまなす」の編成に限定使用されている[16]
1997年3月のダイヤ改正では、快速「海峡」が110 km/h運転を開始したため、その対応として43両にA急ブレーキ弁取付け工事が行われた、これにより、最高速度が95 km/hから110 km/hに向上した[16]
  • スハフ14形400番台
1983年に、座席車のジョイフルトレインへの改造に伴い不足していた電源車を補う目的で、オハフ15形に電源用ディーゼル発電機を取付けスハフ14形化した車両。スハフ14 401・402の2両が存在。
同車は長らく尾久客車区(現・尾久車両センター)において、急行列車や団体専用列車などに用いられたが、急行列車の廃止や団体専用列車の電車化に伴い、2003年(平成15年)までに2両とも廃車され区分消滅している。

JRへの継承(座席車)[編集]

国鉄分割民営化に際しては、JR四国を除く5旅客鉄道会社へ318両が継承された。国鉄時代の廃車は、事故廃車となった「みやび」の7両のみである。

形式 北海道 東日本 東海 西日本 九州 両数
オロ14形   9   5   14
スロフ14形   4   2   6
オハ14形 39 84 24 35 8 190
スハフ14形 20 30 7 9 2 68
オハフ15形   22 6 10 2 40
座席車合計 59 149 37 61 12 318


分割民営化後の改造車[編集]

JR北海道[編集]

  • ドリームカー
オハ14 500番台ドリームカー
急行「まりも」の座席指定席車のグレードアップを目的として改造された車両。オハ14 503・505・507・508・510の5両が改造されたが、改造後の番号変更はない。座席は、キロ182形のグレードアップにより発生したグリーン車用リクライニングシートに交換された。2016年3月まで急行「はまなす」の指定席車として使用されていた。
  • カーペットカー
オハ14 515
1997年に急行「はまなす」・快速「海峡」用に改造された車両。車内は2段式のカーペット敷きとなり、上段は線路方向、下段は枕木方向に横になるレイアウトである。オハ14 512・515の2両が改造され、2016年3月まで急行「はまなす」に連結されていた。
また1998年には東青森駅 - 白石駅間で運転された「カートレインさっぽろ」用にオハ14 513がカーペット車に改造された。こちらは「はまなす」用と異なり上段が無く、仕様も「海峡」用50系の「ゆったりカーペット車」に近いものであったが、既に廃車されている。
  • 「北斗星」用寝台車
「北斗星」増発に伴い所要となる車両について、一部はオハ14形が種車となった。寝台車仕様の車体を新規に製造し、外観は種車から大きく変化した。
詳細は国鉄24系客車の該当節を参照されたい。
  • オハ14 502・538→オハネ25 551・552
  • オハ14 527・537→オハネ25 561・562
スハフ14 505
  • SL列車用
1999年に「SLすずらん号」用に用意された。ぶどう色の地に赤帯に塗色変更されたオハ14 519・526とスハフ14 505の3両で、竣工直後は青20号一色という出で立ちであったが、出場後3日でぶどう色に赤帯に変更されるというハプニング的事例が発生している。青20号での運転は本線試運転の一回のみである。改装当初は室内にドラフト音を流す客室へのBGMスピーカーワイヤレスマイク用回路の設置のみであったが、1季節終えた後、座席を4人がけボックスシートに改造したほか、ダルマストーブの設置などが行なわれている。2003年にスハフ14 507を追加で改造した。2016年現在、「SL冬の湿原号」専用車両となっている。


JR東日本[編集]

  • 旅のプレゼント号用
身体障害者にも旅を楽しんでもらおうという趣旨の元に企画・運転されている「旅のプレゼント号」用として、当時の尾久客車区に配置されていたオハ14 95にイベントスペースやテレビモニターなどを設置した。2003年廃車。

JR東海[編集]

オハフ15 701 オハ14 704
オハフ15 701
オハ14 704
  • 700番台
1990年東海旅客鉄道(JR東海)において、12系客車改造の「ユーロライナー」の増結用として、座席車の車内を改装した車両。「ユーロピア」とも呼ばれる。
「ユーロライナー」にあわせ、外板塗色を変更したほか、車内は簡易リクライニングシートから、シートピッチを拡大した背面テーブル付回転リクライニングシートに変更されている。そのため窓割と座席の位置が合わない席がある。
オハ14 701[17] - 704・スハフ14 701・オハフ15 701の6両が美濃太田車両区に配置されたが、2004年度までに全車廃車されている。

JR西日本[編集]

スハフ14 202
オハフ15 201
  • 200番台
1988年、JR西日本が主にスキー客向けの臨時列車「シュプール号」に用いることを目的に改造。その後「リゾート白馬号」などに用いられたため「リゾート&シュプール」車とも呼ばれる。冬場以外の時期には臨時快速列車「ムーンライト九州」にも用いられた。
車体塗装が変更されたほか、座席は従来の簡易リクライニングシートから、リクライニング角度の大きい背面テーブル付のフリーストップリクライニングシートに取り替えられた。ただし、「ユーロピア」と異なり、シートピッチはそのままである。車端部の1窓(8席)をつぶし、スキー用の大型荷物置場を備える。2000年代に入り「シュプール号」運用が減少した後は冬場にも「ムーンライト九州」などに使用されていたが、2009年7月10日に全車廃車された[18]
登場した車両はオハ14 201 - 208・251 - 258・スハフ14 201 - 204・オハフ15 201 - 203・251の24両で、2009年4月時点ではオハ14 201・202・204・206 - 208[19]・251 - 253・256 - 258・スハフ14 201 - 204の16両が在籍していた[18]
オハ14 251 - 258は更衣室付のための番号区分。
スハフ14 201 - 204には簡易な車販準備室が設けられ、「シュプール号」最盛期には車内販売員が乗務した。
オハフ15形はその後、車端部に「あすか」に準じた展望室を取付ける改造が施されていた。ただし、251は便所・洗面台の位置にラウンジが設けられたのみで、展望構造は不採用だった。
  • オハ14 301 - 303
オハ14 303
1990年、夜行高速バスとの競争力強化のため「あかつき」佐世保編成に組み込まれていた座席車オハ14形を、長崎編成に組換えのうえ夜行高速バス並みの独立3列シート化改造した車両である。愛称は「レガートシート」。車両後部に女性専用席を設け、車内の通り抜けを少なくするため編成端部に連結することになった。そのため、最後部には女性専用の化粧室、更衣室が設けられている。編成端部側の貫通扉は埋められ、列車愛称表示器が取り付けられている。「あかつき」の廃止により、全車廃車となった[20]
オハ14 19・29・32→オハ14 301 - 303

JR九州[編集]

EF65 1121牽引 超魅力くまもと日本一周号 スハフ14 27 超魅力くまもと日本一周号 スハフ14 27
EF65 1121牽引 超魅力くまもと日本一周号 スハフ14 27
超魅力くまもと日本一周号 スハフ14 27
  • 超魅力くまもと日本一周号
1988年、JR九州と熊本県がタイアップした「熊本デステネーションキャンペーン」の一環として14系座席車5両とオシ14を改装し、9 - 12月の期間中全国12駅[21]においてイベントを行った。車内は熊本をアピールする展示物やJR九州の鉄道関係の展示物が陳列されたほか、オシ14では軽食や酒類を含む飲料が提供された。イベント終了後は原型に復元。
スハフ14 27(本部車) - オハ14 102(レセプション車) - オシ14 12(ショート・バー車) - オハ14 104(観光展示車) - オハ14 105(観光展示車) - オハフ15 27(シアター車)


運用[編集]

製造当初より定期列車での特急列車運用はなく、臨時特急「しおじ」・「つばさ」・「踊り子」など、臨時列車用として使用された。

1975年3月のダイヤ改正より、大阪始発の九州方面への夜行急行列車である「雲仙」「西海」「阿蘇」「くにさき」の4列車に使用される事になり、同系列としては初めて定期列車運用となった[22]。その後も臨時特急・急行列車中心に使用され、1980年10月改正では前述の急行列車が廃止となって一時的に定期列車の運用が消滅したが、廃止による余剰車を北海道向けに改造して急行「ニセコ」の旧形客車を置き換えてから、次第に定期列車への使用が増えていった[9]

14系各寝台車とは車体断面は大きく違うが、そもそも寝台車のほうが先に製造された後に座席車へシステムが応用されたため完全な互換性がある。そのため北陸トンネル火災事故後のスハネフ14形防火対策工事や名古屋駅「紀伊」機関車衝突事故での車両代替としてスハフ14形を連結したほか、1983年から1984年にかけてB寝台車の2段寝台化改造の際には、再びスハフ14形とオハ14形が編成に組み込まれた。

こうした座席車と寝台車の混結は1980年代以降の夜行急行列車のうち、寝台車を連結していた列車を10系客車やそれ以前の旧形客車から置き換える際にも多く見られるようになった。さらに進化した形として夜行高速バスとの競争力を要求されていた新大阪発着の九州方面寝台特急のうち、1986年より「あかつき」の佐世保編成中にオハ14形1両を連結していた。1990年にはグリーン車並みの座席を、3列独立配置とした「レガートシート」が登場。長崎編成に組換えのうえ編成位置も端に寄せられた[20]。しかし、1980年代以降は急行列車の特急格上げや廃止が進み、12系客車とともにジョイフルトレインなどに改造される車両が出始めた。

SL急行「土佐二十四万石博一豊&千代号」
(2006年 斗賀野駅付近)

1987年のJR分社後は、それ以前に配置がされなかったJR四国を除く各社に承継された。配置がなかったJR四国には2005年5月にJR東海が所有していたスハフ14 1・5[23]・オハ14 1・オハフ15 1の合計4両の譲渡を受けて高松運転所に配属された。これにより14系座席車はJR旅客6社すべてに配置されたことになる[24]。しかし、1994年にJR九州の車両はすべて廃車となり、2002年にJR東日本では保有していたジョイフルトレイン以外の14系座席車をすべて廃車している。 また、1994年には第三セクター鉄道樽見鉄道にもJR東海が所有していた車両の譲渡を受けて5両が移籍、通学花見輸送などに用いられた[25]が、2006年3月末日に廃車された。2015年12月14日に高松運転所の14系が先に廃車され同所構内に放置されていた元ムーンライト高知用の12系(2010年廃車)・キロハ186-1(2013年廃車)ともども多度津工場に回送されている[26]。 また前述通りに2016年3月21日始発基準で運行終了した「はまなす」用車両の内、同年4月11日に座席車10両が陣屋町に回送され[27]、さらに同年4月12日にも座席車5両が苗穂工場へ回送され[28]、15両とも同年4月30日付で廃車された[29]

なお、JR北海道所属車4両(スハフ 14 502・スハフ 14 557・オハ 14 511・オハ 14 535)については、大井川鐵道への譲渡が決定し[30]、2016年6月8日にフェリーでの航送準備がされた。スハフ14形2両は翌日の6月9日に、オハ14形2両は3日後の6月11日に搬入され、載線作業が行われた[31][32]

また、JR北海道所属車10両についてもタイ国鉄に譲渡されて、来年末より運行予定である[要出典]

2017年2月20日-22日に掛けて、JR北海道札幌運転所に所属していた4両が、東武鉄道への譲渡のために甲種輸送がなされた[33]

廃車の状況(座席車)[編集]

  • 1993年(平成5年)度
    • オハ14形 : 2・6・11・14・17(海ミオ)、98・99・100・101・102・103・104・105(熊クマ)
    • スハフ14形 : 28・29(熊クマ)
    • オハフ15形 : 2・3(海ミオ)、26・27(熊クマ)
  • 1994年(平成6年)度
    • オハ14形 : 5・8・13(海ナコ)
    • スハフ14形 : 2・4(海ナコ)
  • 1995年(平成7年)度
    • オハ14形 : 9・18・20・37・42・43・44・50・51(盛アオ)
    • オハフ15形 : 5・6・10・14・15・24(盛アオ)
  • 1996年(平成8年)度
    • オハ14形 : 54・58・63(東オク)、516・522・523・524・525(札サウ)
    • スハフ14形 : 552・553・558・559・560・561(札サウ)
  • 1997年(平成9年)度
    • オハフ15形 : 9(盛アオ)
  • 1998年(平成10年)度
    • オハ14形 : 55・56・59・60・62(長ナノ)、122・123・124・127・128・129(東オク)
    • スハフ14形 : 16(長ナノ)、554(札サウ)
    • オハフ15形 : 16・17・48・50(東オク)
  • 1999年(平成11年)度
    • オハ14形 : 7・10・12・15・16(海ミオ)、52・53・204(盛アオ)
    • スハフ14形 : 3(海ミオ)、48・49(盛アオ)
    • オハフ15形 : 4(海ミオ)、32・33・34・41(東オク)
  • 2000年(平成12年)度
    • オハ14形 : 21・23・24・25・39・49・202・203(盛アオ)、66・67・68・69・70・71・72・73(新カヌ)、92・93・94・95・96・97(東オク)、139・140・144・145(海ミオ)
    • スハフ14形 : 6・7・12・63(盛アオ)、14・401(東オク)、15(長ナノ)、19(新カヌ)、701(海ミオ)
    • オハフ15形 : 18・19(新カヌ)、25・43・49(東オク)、36(海ミオ)、52・53(盛アオ)
  • 2001年(平成13年)度
    • オロ14形 : 711・712・713・714(東オク)
    • スロフ14形 : 705・706(東オク)
    • オハ14形 : 22・26・38・40・41・90・91・205・206・207・208・209(盛アオ)、89・173(広セキ)、254(大ミハ)
    • スハフ14形 : 13・46・47・54・58・62(盛アオ)、20・22(新カヌ)
  • 2002年(平成14年)度
    • オハ14形 : 134・136・168・169・187・188・200(東オク)、176(広セキ)、501・506・509・514・517・518・520・521・528・529・530・532・533・534・536・539(函ハコ)、1702(新カヌ)
    • スハフ14形 : 61(東オク)、503・504(函ハコ)
    • オハフ15形 : 20(岡オカ)
  • 2003年(平成15年)度
    • オハ14形 : 74・75・76・78・79・80・81(岡オカ)、125・166・167・189・190・195・196・197・198・199・201(東オク)、203・205・255(大ミハ)、513(函ハコ)
    • スハフ14形 : 26・27・36・39・40・41・45・59・402(東オク)
    • オハフ15形 : 21(岡オカ)
  • 2004年(平成16年)度
    • オハ14形 : 114・117・701・702・703・704(海ミオ)
    • スハフ14形 : 33(海ミオ)
    • オハフ15形 : 701(海ミオ)
  • 2006年(平成18年)度
    • オロ14形 : 801・802・803・804・805(長ナノ)
    • スロフ14形 : 801・802(長ナノ)
  • 2007年(平成19年)度
    • オハ14形 : 28・48・88(広セキ)、77(大ミハ)
    • スハフ14形 : 23(大ミハ)
    • オハフ15形 : 7・11(広セキ)、201・203(京キト)、202・251(大ミハ)
  • 2008年(平成20年)度
    • オロ14形 : 701・703・704・705(東オク)
    • オハ14形 : 301・302・303(京キト)
  • 2009年(平成21年)度
    • オハ14形 : 165・207・208・258(大ミハ)、201・202・204・206・251・252・253・256(京キト)
    • スハフ14形 : 10・32(大ミハ)、201・203(京キト)
  • 2010年(平成22年)度
    • オハ14形 : 185・227(大ミハ)
    • スハフ14形 : 11・202・204(大ミハ)
    • オハフ15形 : 23・42(大ミハ)
  • 2015年(平成27年)度[34]
    • スロフ14形 : 701・702(東オク)
    • オハ14形 : 504・505・511(札サウ)、1(四カマ)
    • スハフ14形 : 501・508(札サウ)、1・5(四カマ)
    • オハフ15形 : 1(四カマ)
    • 高松運転所所属であった4両は東武鉄道へ2016年10月4,5日付で譲渡された[35][36]
  • 2016年(平成28年)度[37]
    • オハ14形 : 503・507・508・510・512・515・531・535(札サウ)
    • スハフ14形 : 502・506・509・551・555・556・557(札サウ)
    • 札幌運転所所属であった4両は大井川鐵道に譲渡され、2017年6月より運行予定である。
    • 札幌運転所所属であった4両は、東武鉄道への譲渡のために甲種輸送されている[33]

現状(座席車)[編集]

2017年4月1日時点で、2社に11両が在籍する[38]

  • 西日本旅客鉄道
    • 網干総合車両所宮原支所(7両)
      • オロ14形 : 706・707・708・709・710
      • スロフ14形 : 703・704

日本国内の保存車[編集]

スハネ14 757(大洗キャンプ場)
スハネフ14 11(九州鉄道記念館)

解体[編集]

譲渡[編集]

日本国内[編集]

  • 1994年に樽見鉄道へJR東海が所有していた5両(オハ14 5・8・13・スハフ14 2・4)が譲渡され、通学や花見輸送などの輸送力列車に用いられたが、2006年3月末日に廃車された。
  • 2005年5月にJR四国へJR東海が所有していた4両(スハフ14 1・5・オハ14 1・オハフ15 1)が譲渡され、高松運転所に配置されたが、2016年3月31日付で除籍(廃車扱い)された[46]。これらは、東武鉄道蒸気機関車復活運転を行うために、譲渡された[35]。また、東武への譲渡前に該当4両の試運転が行われている[47]2017年8月10日に運行開始が予定される東武でのSL名称は「大樹」(たいじゅ)に決定し、形式名も変更しない予定[36][48][49]。2017年2月にJR北海道札幌運転所所属だった4両(オハ14 504・505、スハフ14 501・508)も東武鉄道への譲渡のために甲種輸送され[33]、同年3月26日にSL「大樹」の運行を前にして南栗橋車両管区にてC11 207けん引で元JR北海道車14系2両(オハ14 504・505)+車掌車(ヨ8709)の組成でSL撮影会・試乗会が実施され、他のSL使用客車も留置されていた[50][51]
  • 大井川鐵道がJR北海道より元「はまなす」用の座席車4両(スハフ14 502・557・オハ14 511・535)を購入した。2016年6月11日に搬入・載線作業が行われ[32]、運用開始は2017年6月としている[30]

日本国外[編集]

JR西日本からタイ国鉄に対し、2004年(14系20両)と2008年(24系寝台車28両、14系寝台車4両)とJR北海道から2016年(14系500番台仕様座席車10両)の3回にわたり、廃車となった寝台車および座席車計52両が譲渡された。タイの鉄道は1m軌間であるため導入に当たって台車の改造を行っている他、低床ホームに対応するためのステップ増設・トイレ改造(タイ式文化に合わせ、汚物タンクを撤去した)・塗色変更(妻面を警戒色に変更。側面は日本時代と同じ塗色)などを行って使用されている。全長や全幅などが従来のタイ国鉄車両の規格を超えるため、運用区間は限定されている。また現地にて12系などと発電セットを交換することも頻繁で、一部には25形寝台車にも発電セットを積み14系15形然とした改造をしたものも発生した。

タイ国鉄新塗色(フワランポーン駅にて)
  • 2004年譲渡車
    • オハ14形 : 74・75・76・78・79・80・81(オハ14 80 : 2009年事故廃車)
    • オハフ15形 : 21
    • オハネ14形 : 33
    • オハネ15形 : 10・11・25
    • スハネフ14形 : 25・50
    • スハネフ15形 : 5・6・9・10・11・13
  • 2008年譲渡車
    • スハネフ15形 : 8・15・17・18
  • 2016年譲渡車
    • オハ14形 : 503・507・508・510・531
    • スハフ14形 : 506・509・551・555・556

また、JR東日本からも座席車5両がフィリピン国鉄に譲渡されたが、すでに全車廃車解体となっている。

  • 2000年譲渡車
    • オハ14形:52・53・204
    • スハフ14形:48・49

2010年11月にJR西日本は「ムーンライト九州」「リゾート&シュプール」などに使用されていた座席車7両をマレーシア鉄道公社に譲渡する予定であることを発表した[52]

  • 2010年譲渡車
    • オハ14形:185・257
    • スハフ14形:11・202・204
    • オハフ15形:23・42



参考文献[編集]

  • イカロスMOOK(イカロス出版販売部), ed (2011年12月19日) (日本語). ブルトレ新系列客車のすべて. イカロス出版. pp. 6,10-13,17-69,202-221,238-242,251-279. ISBN 978-4-86320-541-3. http://secure.ikaros.jp/sales/list.php?tidx=17&ID=2576. 
    • イカロスMOOK(イカロス出版販売部), ed (2007) (日本語). 国鉄型車輌の系譜シリーズ07 形式14系. イカロス出版. ISBN 978-4-87149-990-3. 
  • 電気車研究会『鉄道ピクトリアル
    • 2005年2月号 No.757 特集 12・14系座席客車
    • 2007年7・8月号 No.791・792 特集 14・24系寝台客車 I・II
  • 交友社『鉄道ファン
    • 2005年10月号 No.534 特集 ブルートレイン・ノート p.16 - 41
  • 岡田誠一「14系・24系寝台客車カタログ」
  • j train (ジェイ・トレイン) Vol.42 (イカロス出版、2011年7月1日)
    • 岡田誠一・J-train(山本和彦)・JR四国、2011、「14系座席車の軌跡」、『J-train』Vol.42、イカロス出版 pp. 72-78「元JR四国車(東武鉄道・SL「大樹」使用車両詳細)」
    • 寺本光照、2011、「14系座席車 運転史」、『J-train』Vol.42、イカロス出版 pp. 79-98
  • 樽見鉄道社史編集委員会 『樽見鉄道10年史』 樽見鉄道、1994年10月[53]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 北陸トンネル火災事故の火災対策において、国鉄24系客車との製造および電源方式において併結問題での兼ね合いもある。
  2. ^ 12系をベースに設計されたため、試作車のB寝台車2形式は、当初「12系寝台車オハネ14形・スハネフ14形」として製造された。後にA寝台車・食堂車を含む量産車が登場した段階では「14系寝台車」と規定されている。[要出典]
  3. ^ 14形と15形では定員や消火装置の有無などが異なるが、元々12系客車をベースとした共通の給電方式であり、その後24系25形寝台車の編入車が増えてきたこと、14形・15形自体の両数が減少しているなどの理由から、現在では14形・15形を区分することに意味がなくなりつつある。[4]
  4. ^ 最初の事例は1984年(昭和59年)に登場した「さくら」・「みずほ」に連結されたオハネ14形700番台4人個室寝台「カルテット」である。
  5. ^ 1971年 大井工場で「旅客車のサービス業務省力化」研究の一環としていくつか試作研究された中から採用に至ったもの。この中では新幹線・特急用座席の自動転換や、581系上段・中段寝台を自動で回転設置・収納するというものも試作されていた。
  6. ^ 1978年10月より、JR化以降の1998年7月まで「出雲1・4号」
  7. ^ 現存するオハネ14 501・502・504とスハネフ14 501・502・504 - 508は、すべて気動車併結改造されている。
  8. ^ 本形式のAU13形冷房装置には、冬季でも運転可能なように送風ファンの上にカバーが付けられていることから12系のAU13形よりも高さが10cmほど高い。そのため、車両限界内に収めるために屋根高さを10cm低くして対応した。

出典[編集]

  1. ^ ブルトレ新系列客車のすべて、pp.11-15。
  2. ^ 1972年ブルーリボン・ローレル賞選定車両”. 鉄道友の会. 2015年3月12日閲覧。
  3. ^ ブルトレ新系列客車のすべて、pp.11-13。
  4. ^ 14系寝台客車の系譜図、 p.17。
  5. ^ 14系製造予算、p.12。
  6. ^ 量産車は新製時より非搭載。試作車についても、後年になり両方とも撤去されている。(『鉄道ピクトリアル』1991年8月号、2007年8月号)
  7. ^ 後に14形も改造され同様の装置が取付られた。
  8. ^ うち1両はオハネフ24形改造の100番台。
  9. ^ a b c d e 14系座席車 運転史、pp.79-98。
  10. ^ 当初はキハ400系気動車に準じたものだったが、特急化されてからはキハ183系に合わせた塗色に変更。
  11. ^ 廃車された車両のうち、スハネ14 757は茨城県大洗町の大洗キャンプ場にて静態保存されており、年に数回一般公開もされている(大洗キャンプ場 概要)。
  12. ^ 鉄道ファン編集部、2017、「JR旅客会社の車両配置表」、『鉄道ファン』57巻(通巻675号(2017年7月号))、交友社 pp. 27,32(別冊付録)
  13. ^ 『鉄道ジャーナル』1978年8月号
  14. ^ a b 『鉄道ピクトリアル』2005年2月号[要ページ番号]
  15. ^ 食堂車オシ14形連結の場合は5両まで
  16. ^ a b 『鉄道ファン』2016年2月号 p.46
  17. ^ オハ14 701という車両番号は、ジョイフルトレイン「ホリデーパル」のロビーカーにも存在し、ホリデーパルの廃車まで重複車号となっていた。
  18. ^ a b “ムーンライト九州、事前発表もなく姿消す”. 読売新聞 (YOMIURI ONLINE). (2009年7月12日). オリジナル2009年7月15日時点によるアーカイブ。. http://archive.is/2009.07.15-175805/http://www.yomiuri.co.jp/feature/20090128-945707/news/20090711-OYT1T00648.htm 2015年3月12日閲覧。 
  19. ^ なお、オハ14は合計202両が製造されていたため、末期に製造された201・202は本番台区分との重複車号となっていたが、オリジナル車(最終所属は尾久客車区)の廃車により、重複は解消されていた。
  20. ^ a b 14系座席車 運転史、p.98
  21. ^ 熊本・広島・高松・大阪・名古屋・品川・仙台・盛岡・札幌・秋田・富山・松江・博多。
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  23. ^ スハフ14 5は「ユーロライナー」塗装のままであり使用されずにいたが、塗装変更を受け、2006年(平成18年)11月に土讃線で運転された、「SL急行土佐二十四万石博一豊&千代号」(C56 160牽引)において初めて使用された。
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  53. ^ 『樽見鉄道10年史』は岐阜県図書館所蔵≪資料コード:8140140611、8140140596、請求記号:G /686 /タ /B 資料コード:8140140602、請求記号:G /686 /タ /A≫および東京都立中央図書館所蔵≪請求記号686.2/5022/1994、資料番号5000415882≫ 国立国会図書館サーチによる。

関連項目[編集]