国鉄EF67形電気機関車

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国鉄EF67形電気機関車
EF67 1(デッキがある東京方)2011年7月撮影
EF67 1(デッキがある東京方)2011年7月撮影
基本情報
運用者 日本国有鉄道
日本貨物鉄道
種車 EF60形EF65形
改造年 1982年 - 1990年
改造数 8両
主要諸元
軸配置 Bo - Bo - Bo
軌間 1,067 mm
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
全長 基本番台 17,050 mm
100番台 16,875 mm
全幅 基本番台 2,800 mm
100番台 2,949 mm
全高 基本番台 3,974 mm
100番台 4,210 mm
運転整備重量 99.6t
台車 基本番台
DT115A形(両端) DT116B形(中間)
100番台
DT115B形(両端) DT116C形(中間)
動力伝達方式 1段歯車減速吊り掛け式
主電動機 MT52形直流直巻電動機×6基
歯車比 16:71 (4.44)
制御方式 電機子チョッパ制御
制動装置 EL14AS形自動空気ブレーキ
回生ブレーキ
保安装置 ATS-S(改造時)
最高速度 100 km/h
定格速度 49.1 km/h
定格出力 2,850 kW
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EF67形は、日本国有鉄道(国鉄)が1982年から使用を開始した直流電気機関車である。

概要[編集]

山陽本線瀬野駅 - 八本松駅間に連続する勾配(通称瀬野八)を走行する貨物列車の後部に連結する補助機関車(補機)として使用することを目的として開発された機関車である。

同区間の補機としてはこれまでEF59形が使用されていたが、戦前の製造であり老朽化が問題視されていた。当初、置き換えのためEF60形の初期型およびEF61形を改造したEF61形100番台・200番台が計画され、1977年から200番台が投入された。しかし、同機は走行特性上重連使用ができないことが判明したため投入は200番台の8両のみで中止、1,000t以下の列車のみに限定運用とされたため、EF59形を全面的に置き換える計画は実現しなかった。

このため、1,200t級列車の補機用として、1982年に本形式が開発された。機関車需給の事情から新製とはならず、すべてEF60形EF65形からの改造となっている。全機とも広島車両所で改造された。


構造[編集]

EF67 2(デッキがある東京方、西条駅) 1984年撮影

電源・制御機器[編集]

EF59形2両重連によって行われていた1,200t列車の補機仕業を1両で行えるよう、粘着力確保の観点から制御方式は電機子チョッパ制御とされた。主電動機1基に対して1基の制御装置を搭載する1C1M制御としている。また、連続した空気ブレーキの使用によるタイヤ弛緩などの悪影響を排除するため、回生ブレーキを持つ[1]。ただし、回生ブレーキを使用するのは復路である機関車単機回送のみであることから、2エンド運転台で運転する場合に限り、両端台車の4個の主電動機を走行に使い、中間台車の2個は回生ブレーキ専用とする回路構成とすることができる[1][2]

台車主電動機はそのまま利用されているが、チョッパ制御化とあわせて主電動機は6個永久並列接続となったため、端子電圧が上げられ、電動機1基あたりの出力が50kW増加して475kWとなった。

主幹制御器は種車のものをベースに改造された。主電動機つなぎが永久並列接続となったため、ノッチ刻みは1 - 15ノッチ(その内、1 - 4ノッチは捨てノッチ)に改められた[3]

車両外観[編集]

車体は広島県の県花であるモミジにちなみ、「もみじ色」と呼ばれる塗装が施されている。当時の国鉄では、一般に直流機関車には青色、交流機関車は赤色、交直流機関車はピンク色の塗装を施す規定になっていたが、本形式にはキハ58系などの急行形気動車に使われる赤11号が採用された。赤色とは異なるが赤色に近い色であり、直流機関車としては異色の塗装である。

基本番台と100番台で異なる部分は、それぞれの番台別の解説で記す。

番台別解説[編集]

基本番台
基本番台(下関方)2005年10月撮影 基本番台(東京方) 2005年10月撮影
基本番台(下関方)
2005年10月撮影
基本番台(東京方) 2005年10月撮影
老朽化したEF59形の置き換え用で1982年から使用開始された。EF60形の3次グループから3両 (1 - 3) が改造された。
車体台枠を400mm延長したうえで1エンド側(東京方)には貫通扉・デッキが付けられている[4]。走行中に連結器のロックを自動解除し、列車から切り離すため、連結器は自動解放装置を備えた密着自動連結器を装備する。100番台には自動解放機能は取り付けられなかったため、走行中に自動解放する列車は本区分が限定で運用されていた。2002年に走行中の自動解放が廃止されたことにともない、同装備は外されている。
主幹制御器はMC30(種車のもの)をベースに改造され、補機運用で使用される1エンド側には空転防止用の「均衡ハンドル」が追加されたMC30A、回送時に使用される2エンド側は逆転ハンドルに「前進回生ブレーキ」位置が追加されたMC30Bを搭載する[3][5]。機関車単機回送となる下り方面(西条駅基準で広島方面、2エンド側先頭)では4基の主電動機で走行し、中間台車は回生ブレーキ専用となる回路とした[3]
制御器および補機の動作用電源として、103系の発生品(定格容量20kVA)を搭載している[6]
本区分の更新工事は施行されていない。改造元の種車は以下のとおりである。
EF67 1 2 3
EF60 104 129 88
100番台
100番台 更新前(下関方)2002年10月撮影 100番台 更新前(東京方)2009年8月撮影
100番台 更新前(下関方)2002年10月撮影
100番台 更新前(東京方)2009年8月撮影
100番台 更新後(下関方)2009年11月撮影 100番台 更新後(東京方)2009年8月撮影
100番台 更新後(下関方)2009年11月撮影
100番台 更新後(東京方)2009年8月撮影
貨物列車増発・EF61形200番台置き換えのため、1990年からEF65形の一般型最終生産グループを改造して5両 (101 - 105) が製作された。
上り方のデッキは手摺が省略された、連結器の緩衝器を収めた基本番台より小型のものを設置する。基本番台のデッキからの乗降機能は廃された。貫通路・走行中の自動解放機能は省略され、並形自動連結器とされた。緩衝器を上り方の連結器に装備したため、種車であるEF65と比べ車体長が片エンド側のみ延長されている。
101・102号機は0番台と同様のサイリスタチョッパ装置を搭載するが、サイリスタ素子が生産中止になったために103 - 105号機はGTO素子を用いたチョッパ装置を搭載する[6]
0番台と同様に、補機運用で使用される1エンド側主幹制御器には空転防止用の「均衡ハンドル」が、回送時に使用される2エンド側は逆転ハンドルに「前進回生ブレーキ」位置が追加されている。
通常の列車牽引運用も考慮に入れ、0番台と異なり2エンド側が先頭となる場合でも主電動機6基での運転を可能としている[7]
2003年より更新工事を受け、パンタグラフがシングルアーム式に、尾灯が外ハメ式の丸型タイプから外ハメ式の角型タイプのLED灯にそれぞれ変更され、窓回りが黒く、車体裾部がグレーに塗られるなど、外観が変化している。このうちシングルアーム式パンタグラフに関しては不具合が多く、再びPS22Bに順次交換されている。改造元の種車は以下のとおりである。
EF67 101 102 103 104 105
EF65 134 131 133 132 135

運用[編集]

八本松駅駅 - 瀬野駅間 2009年3月31日撮影

本形式の投入時点で既に115系電車などで運転される旅客列車については全面的に補機を要しなくなっており、旅客列車に使用されることはない[要出典]1・2号機は瀬野機関区に配置されたが、3号機以降は広島機関区に配置された[要出典]これは、瀬野機関区が広島機関区に統合されたためである[要出典]

全機が日本貨物鉄道(JR貨物)広島車両所に配置され、瀬野 - 八本松間の急勾配を越える貨物列車に使用されている。かつては登坂後に列車を停止せず、走行状態で補助機関車を切り離す「走行解放」を八本松駅で行っていたが、2002年3月で全面的に廃止された。2013年3月16日改正よりEF210形300番台3両が順次投入され、置き換え対象とされていた0番台のうち、2・3号機が運用から離脱した[8]。2号機は同年3月27日付で廃車され、本形式の廃車第1号となった。3号機も2014年3月10日付で廃車されている[9]。1号機は2014年5月に運用を離脱して保留機となっている[10]

2014年4月現在、全列車とも広島貨物ターミナル駅で本形式もしくはEF210形300番台を後部に連結し、西条駅に停車して解放する[要出典]番台区分による運用の区別はなく、所属の6両すべてが共通で運用されていた[要出典]

なお、EF210形300番台については当初は本形式と共通運用だったが、2015年3月改正以降は専用の運用として区別される。この改正で本形式の運用は4仕業に減少した。100番台についても状態が悪い103・104号機は2015年の検査期限切れをもって運用を離脱しており、2016年3月に105号機が全般検査を受けたのを最後に本形式の全般検査は受けないことが明らかになっている[11]

脚注[編集]

  1. ^ a b 『J-train』Vol.55、イカロス出版、2014年、p.99。
  2. ^ 回生ブレーキ使用可能な条件としては、65km/h以上で走行中なこと、八本松 → 瀬野間を走行中の場合のみである。また、回生ブレーキ使用時には力行できないようになっている。
  3. ^ a b c 『J-train』Vol.55、イカロス出版、2014年、p.95
  4. ^ 『J-train』vol.14、イカロス出版、2004年、p.59
  5. ^ 『鉄道ジャーナル』1998年9月号、鉄道ジャーナル社、1998年、p.78
  6. ^ a b 『J-train』Vol.55、イカロス出版、2014年、p.97
  7. ^ 鉄道ピクトリアル』2002年1月号、電気車研究会、2001年、p.43
  8. ^ 「鉄道ジャーナル」第563号23頁
  9. ^ 「鉄道ファン」2016年12月号p.103。
  10. ^ 「鉄道ファン」2016年12月号p.106。
  11. ^ 「鉄道ファン」2016年12月号p.107。
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参考文献[編集]

鉄道ジャーナル社『鉄道ジャーナル

  • 2005年5月号 No.463 特集:鉄道貨物輸送の現状 
  • 別冊 No.4 『国鉄現役車両1983』 1982年

交友社『鉄道ファン』

  • 2011年10月号 No.606 『JR貨物 技術開発と新車開発の話題』
  • 2016年12月号 No.668 『EF67形ものがたり』

イカロス出版『Jtrain』

  • 2014年秋号 Vol.55 『東洋電機製造技術者に聞く EF67開発秘話』

関連項目[編集]