埼玉高速鉄道

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埼玉高速鉄道株式会社
Saitama Railway Corporation
Saitama Railway Logo.svg
浦和美園駅東口2015.JPG
本社が併設されている浦和美園駅。
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 SR、埼玉高速
本社所在地 日本の旗 日本
336-0967
埼玉県さいたま市緑区美園4丁目12番地
設立 1992年平成4年)3月25日
業種 陸運業
法人番号 3030001003005
事業内容 旅客鉄道事業 他
代表者 代表取締役社長 荻野 洋
資本金 1億円(2015年4月1日現在)
売上高 83億78百万円(2013年3月期)
営業利益 △16億49百万円(2013年3月期)
純利益 △36億6百万円(2013年3月期)
純資産 292億86百万円(2013年3月31日現在)
総資産 1,547億31百万円(2013年3月31日現在)
従業員数 243人(2009年4月1日現在)
決算期 3月31日
主要株主 埼玉県
東京地下鉄
川口市
さいたま市
埼玉りそな銀行
日本政策投資銀行
東武鉄道
西武鉄道
国際興業
関係する人物 杉野正(前代表取締役社長)
土屋義彦(元埼玉県知事
外部リンク http://www.s-rail.co.jp/
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埼玉高速鉄道株式会社(さいたまこうそくてつどう、: Saitama Railway Corporation)は、埼玉高速鉄道線(埼玉スタジアム線)を運営する第三セクター方式の鉄道会社。本社は浦和美園駅構内に設置。

「高速鉄道」とあるが、新幹線のような高速鉄道ではなく「都市高速鉄道」を意味する[1]

概要[編集]

埼玉県と帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄)、および沿線の路線バスを運行する国際興業東武鉄道、そして西武鉄道協和埼玉銀行(現・りそなHDグループ埼玉りそな銀行)、沿線自治体川口市浦和市(現在は合併によりさいたま市)・鳩ヶ谷市(現在は川口市に編入)が出資して1992年3月に設立された。第三セクターの会社であるが、東京地下鉄が出資していることや、軌道・駅舎の大部分が地下にあることから、地下鉄運営会社の一つと考えられている。

当初は2006年の開業を予定していたが、当時浦和美園駅付近に建設されていた埼玉スタジアム20022002 FIFAワールドカップの開催会場の一つに決定したことを受けて工期が短縮された。

開業当初より、東京メトロ南北線を経て、東京急行電鉄目黒線と相互直通運転を行っている。また、臨時列車では日吉駅から先の東急東横線を介し、横浜高速鉄道みなとみらい線元町・中華街駅まで直通運転を行うことがある(みなとみらい号を参照)。2006年9月25日より直通相手先の東急目黒線で急行列車の運行が開始されたが、その後も埼玉高速鉄道線内では全列車が各駅停車での運転となっている。ただし埼玉高速鉄道線の活性化の一環として、優等列車の運転が埼玉高速鉄道延伸検討委員会などで検討されている[2]

東急東横線複々線化事業に伴い、2008年6月22日に東急目黒線が延伸され、直通運転区間も日吉駅まで延長された。2019年度には新線を介した相模鉄道との乗り入れも予定されている。また、かつての武州鉄道をなぞるように東武野田線岩槻駅を経由し東日本旅客鉄道(JR東日本)宇都宮線東北本線)の蓮田駅までの延伸も予定しており、この区間については2000年運輸政策審議会答申第18号において「2015年までに開業することが適当な路線」として示されているが、採算性の問題が解消されず、2016年現在でも延伸区間は未着工である。2012年10月1日、さいたま市の清水勇人市長は「(2012年から見て)おおむね5年後の事業着手」を発表し、これを報じた日本経済新聞の記事は延伸区間の開業が2025年頃になるという見通しを伝えた[3]

開業後は当初の見込みを大きく下回る輸送人員に留まった[注釈 1]。このため建設費の償還にも支障が出る恐れが生じ、埼玉県庁や沿線各市による協議が続けられていたが、沿線での宅地開発進行による乗客の増加[4]上田清司埼玉県知事が立ち上げた埼玉高速鉄道延伸検討委員会の成果により、2003年度には借入金への支払利息と減価償却費を除く基礎的収支が開業後初の黒字となった。

さらに経営再建を進めるため、2004年しなの鉄道の経営で辣腕を振るった杉野正を知事自ら社長に招聘し、旅行業への進出やギフト販売(2007年1月末日をもって終了)など副業にも乗り出した。しかし、杉野は自民党神奈川県連の推薦を受け、2007年の神奈川県知事選挙に立候補するため2006年11月16日の臨時取締役会を最後に退任した[注釈 2]。その後加藤吉泰副社長が代表取締役も兼ねてとしてつなぎを務めてきたが、2007年1月17日の株主総会で近藤彰男[注釈 3] が代表取締役社長に就任した。

2009年度以降は償却前純損益が黒字で推移している。償却後の営業損益は2014年度まで15年連続赤字であったが、2015年度に初めて償却後純損益が黒字となった[5]

経営状況
営業収益 営業利益 経常利益 純利益 繰越利益剰余金 有利子負債残高 純資産
2000年度 1億1000万円
2001年度 51億4000万円 △51億8000万円 △88億2000万円
2002年度 58億1000万円 △53億3000万円 △90億4000万円
2003年度 62億4000万円 △42億3000万円 △70億円
2004年度 66億7000万円 △35億7000万円 △62億8000万円
2005年度 69億円 △29億8000万円 △52億8000万円
2006年度 74億9000万円 △21億4000万円 △45億円
2007年度 79億3000万円 △18億5000万円 △39億8000万円
2008年度 81億5000万円 △18億8000万円 △38億8000万円 1455億円 313億9032万5000円
2009年度 80億6000万円 △18億8359万1000円 △44億4801万3000円 △36億6812万1000円 1374億円 288億3710万4000円
2010年度 81億3000万円 △18億3588万7000円 △41億1677万7000円 △41億3465万7000円 1275億円 287億8140万2000円
2011年度 80億5400万円 △18億7000万円 △39億3600万円 △39億4300万円 △631億1457万7000円 1248億7100万円 288億4607万4000円
2012年度 83億7823万2000円 △16億4930万9000円 △35億9531万7000円 △36億0616万4000円 △667億2074万2000円 1210億7300万円 292億8692万8000円
2013年度 87億0800万円 △10億6000万円 △28億6769万7000円 △29億1499万5000円 △696億3573万8000円 1161億8500万円 303億1390万4000円
2014年度 89億3931万3000円 △5億0459万2000円 △21億6455万4000円 △443億1935万8000円 0円 584億6000万円 56億7352万3000円
2015年度 94億3806万2000円 22億4382万2000円 15億1603万1000円 20億5636万2000円 20億5636万2000円 572億2400万円

歴史[編集]

路線[編集]

詳細は以下の項目を参照のこと。

ワンマン運転実施のために各駅にはホームドア(扶桑電機工業製)が設けられている。中間駅には待避線がないが、利用者の増加を図るために、埼玉高速鉄道延伸検討委員会において優等列車の運転の検討も行われており、鳩ヶ谷駅に待避線を設置する計画がある[2]

車両[編集]

2000系電車

自社車両[編集]

直通先所有車両[編集]

東京地下鉄[編集]

東京急行電鉄[編集]

運賃・乗車券[編集]

大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り上げ)。2014年4月1日改定。

開業時から初乗り運賃は210円であった。これは日本の地下鉄として京都市営地下鉄と並ぶ最高額であり、全体的にも日本の普通鉄道としては高額の部類に入る。開業時では5年毎の運賃値上げも計画されていたが、2003年度に借入金への支払利息と減価償却費を除く基礎的収支が黒字となったことから、5周年にあたる2006年3月や、10周年にあたる2011年3月も値上げは実施されていなかった。

初めて運賃を値上げしたのは消費税率が5%から8%へ引き上げられた2014年4月であるが、1円単位の運賃は導入されず、初乗り運賃も据え置かれた[7]

キロ程 運賃(円)
初乗り3km 210
4 - 5 270
6 - 7 310
8 - 9 350
10 - 11 390
12 - 13 430
14 - 15 470

なお、東急全線、東京都交通局、横浜高速、京王、小田急等、東京メトロ以外の連絡普通乗車券や往復乗車券は発売されていないため、PASMOSuicaといったICカードでの乗車でない場合は下車駅で精算が必要である。

2007年からPASMOおよびSuicaが利用可能になっているが、2013年3月23日より、交通系ICカード全国相互利用サービス開始で、TOICAICOCAなども利用可能になった。

IC定期券[編集]

埼玉高速鉄道では、2002年3月28日よりIC定期券を発売していた。そのため、各駅の自動改札機にはIC定期券をかざすためのカードリーダ/ライタ (R/W) が取り付けられていた。システムはJR東日本のSuicaと同様、FeliCaを採用した交通サイバネ規格に準じたものであり、改札機のR/WもSuicaと同仕様のものが設置されていた。カード裏面のID番号の頭2文字のアルファベットはSR。これは同社の利用活性化運動の一環として、また2002年には浦和美園駅が最寄りの埼玉スタジアム2002が開催会場の一つとなったFIFAワールドカップの観客輸送のため、東川口駅でのJR武蔵野線との乗り換えの利便を図る目的でSuicaとの相互乗り入れを目論んで導入された。しかしJR東日本側は料金処理システム準備中を理由に時期尚早と判断した。そのため、PASMOとSuicaの相互利用開始までの5年間はまったく互換性のない鉄道IC定期券として運用されていた。またその間のIC定期券は東京メトロ南北線など他の鉄道事業者との連絡定期券としての利用もできないため、連絡定期券を利用する場合は磁気定期券を利用せざるを得ないという制限を強いられていた。このほか、ストアードフェア(チャージ)の機能も有していなかったため、乗り越しの際の自動精算や、定期券以外のプリペイド式ICカードの発売も行われなかった。

このIC定期券は、2007年3月18日に運用が開始されたPASMO導入準備のため、2006年9月10日で新規の定期券の発売を終了した。さらに、2006年11月20日以降は自動改札機での使用、自動発売機での継続定期券の発売が停止されたが、有人通路での使用は引き続き可能としていたほか、窓口で申し込みをすれば継続定期券の発行も可能であった。しかし、PASMO導入後は、PASMO用に新たに設置し直された自動改札機のR/Wでの使用はできず、利用者は一旦IC定期券を返却(または磁気定期券に交換)したうえ、新たにPASMO定期券を購入する必要が生じた。

割引乗車券[編集]

SR東京メトロパス[編集]

2008年4月1日から発売を開始。発売額は埼玉高速鉄道の各駅から赤羽岩淵駅までの片道普通運賃を2割引きして2倍した額に、東京地下鉄の一日乗車券発売額(大人710円、小児360円)を合算した額とされている。

私鉄+東京メトロの組み合わせでのメトロパスの発売は小田急電鉄東武鉄道、東京急行電鉄に続き4社目(東葉高速鉄道も同日に東葉東京メトロパスを発売開始)。

SRシネマきっぷ[編集]

2014年5月1日から発売を開始。埼玉高速鉄道の各駅から浦和美園駅までの片道普通運賃を3割引き(学生、シニアは5割引き)して2倍した額に、イオンシネマ浦和美園の映画鑑賞券を合算した額とされており、特典としてミニポップコーン券も付与されている。

当初は9月30日までの期間限定発売とされたが、10月1日よりイオンモール浦和美園の指定店舗で利用できるソフトドリンクサービス券を特典に付与された上で、通年販売とされた。

東京メトロ管轄の赤羽岩淵駅では販売されていないが、浦和美園駅の改札口で本乗車券に交換することができる。

SR一日乗車券[編集]

土曜・日曜および祝日に発売される。浦和美園 - 赤羽岩淵間の全線が乗り降り自由で、販売額は680円(小児340円)。

SR往復割引乗車券[編集]

特定日に販売される。

  • 南鳩ヶ谷駅川口オートレース場の開催日に発売される往復運賃券。当社線各駅からの運賃が3割引。以前は、隣駅である川口元郷駅および鳩ヶ谷駅間の乗車が対象で、販売額は100円であった。
  • 戸塚安行駅:川口緑化センターのイベント時に発売される往復乗車券。当社線各駅からの運賃が3割引。2014年現在は発売されてない。

埼玉県民の日一日乗車券[編集]

11月14日埼玉県民の日に発売される。2011年度以降はSR一日乗車券と同一の割引乗車券として販売されている。

2010年度以前のフリー区間は埼玉県内の浦和美園 - 川口元郷間であり、発売額は450円(学生350円、小児230円)であった。

その他[編集]

2001年の開業時から2008年までパスネットを導入していた。カードに印字される符丁はSRだった。

臨時列車「みなとみらい号」運転時に限り埼玉みなとみらい往復フリー切符を発売している。

パーク&ライド社会実験[編集]

2006年9月19日から11月30日にかけての平日に、国土交通省関東地方整備局などが埼玉高速鉄道の4駅(浦和美園駅・戸塚安行駅鳩ヶ谷駅川口元郷駅)周辺の商業施設の駐車場を活用したパーク&ライド社会実験が実施された。インターネットを使って携帯電話カーナビゲーションなどに駐車場の空車情報や都心への道路の混雑状況などの情報を送り、実験参加者に駐車場に車を停めて電車を利用するかどうかを判断してもらい、自家用車と電車の利用状況の関係を検証する目的のものであった。

杉野正の経営改革[編集]

埼玉県の上田清司知事が自ら招聘し、2004年7月1日に代表取締役社長に就任した杉野正は、「信濃のカルロス・ゴーン」とも呼ばれたほどコスト削減の手腕に評価が高く、その実力に期待が集まった。杉野はさっそく、契約関係の見直しなどによって3割のコスト削減を目指し、実現した場合にはそのうち1割分を社員に還元するなどの独特の案を発表した。

収入増にも力を入れ、それまで在籍していた旅行代理店エイチ・アイ・エス (HIS) とのパイプを活かして旅行業に進出したり、ギフト販売を行うなど副業に乗り出した。また、浦和美園駅から埼玉スタジアム2002へ向かう同社所有の歩行者専用道路で飲食物を販売したり、駅構内の空きスペースに喫茶店や健康施設などをテナントとして誘致するなど、資産の有効活用などで成果をあげた。車内および駅構内への液晶テレビ(一部はプロジェクター)設置による動画広告も、しなの鉄道時代に杉野が発案し成功したものの流用である。

一方で、自社線内の減便を中心とするダイヤ改正を、就任わずか3か月後の2004年10月1日に行うと発表(その後撤回)したり、東京地下鉄からの出向社員に対する大幅な給与削減案で東京地下鉄側を刺激するなどの手法は東京地下鉄側の態度を硬化させ、両者の関係を悪化させる事態となった。この給与削減案は、該当する社員らの強い反発で白紙撤回、杉野が謝罪するという異例の事態で収束をみた。このような展開となった理由は、当該社員らが運行の中枢を担う職務を行っており、案に反発した複数の社員が辞職を申し出たことで、列車の運行が不可能になる可能性があったためである。この結果、杉野は若手を育成する方針に転換した。

最終的に杉野は、2007年の神奈川県知事選挙に出馬するため、上田知事が慰留するも、7月の再任からわずか4か月後の11月に退任した。杉野の退任後、旅行業については漸次縮小され、ギフト販売は2007年1月に終了している。

注釈[編集]

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  1. ^ 開業直後の時点で、乗車人員は目標の1日10万5000人に対して実数は3分の1に満たない3万4000人であった。
  2. ^ 同選挙で杉野は現職知事の松沢成文の前に敗れた。
  3. ^ 近藤は1947年2月26日生まれ、上智大学外国語学部卒業後にソニーへ入社し、その後に日本テレコム(現在のソフトバンクテレコムの前身)へ転じた後、埼玉高速鉄道に移る前は日本ジェムプラスの代表取締役社長を務めていた。

出典[編集]

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  1. ^ “鉄道トリビア (84) あんまり速くないのに「高速鉄道」ってどうして?”. マイナビニュース. (2011年11月29日). http://news.mynavi.jp/series/trivia/084/ 2016年8月29日閲覧。 
  2. ^ a b 埼玉高速鉄道延伸検討委員会
  3. ^ 日本経済新聞2012年10月2日付記事 「地下鉄7号線延伸、事業着手5年後に延期 さいたま市発表」、2013年1月4日閲覧
  4. ^ 2012年2月2日に開催された「地下鉄7号線延伸検討委員会」第5回会議の参考資料-a、「埼玉高速鉄道線沿線の人口推移 (PDF) 」によると、駅から半径1.5km圏内の人口は2001年度からの10年間で21万9410人から25万2394人へと3万2984人(15.0%)増加し、埼玉高速鉄道の1日当たり乗車人員は2001年度の4万7000人から2011年度4-9月には8万5600人、3万8600人(82.1%)増となった。ただし、これでも埼玉県などによる予測値よりは低い。
  5. ^ 開業以来、初の黒字…埼玉高速鉄道、純利益20億円 経営再建へ一歩 - 埼玉新聞、2016年6月30日
  6. ^ 事業再生ADR手続きの成立について - 埼玉高速鉄道
  7. ^ 旅客運賃の認可及び改定について - 埼玉高速鉄道、2014年3月6日

関連項目[編集]