大空遊平・かほり

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大空 遊平・かほり(おおぞらゆうへい・かほり)はかつて存在した夫婦漫才コンビである。

メンバー[編集]

  • 大空遊平(本名:小野寺 正幸 [おのでら まさゆき]、1951年5月3日(65歳) - )
宮城県金成町(現栗原市)出身。血液型:O型。
岩手県立花泉高等学校東海大学中退。当初は落語家志望だった。
師匠は大空ヒット。このコンビを結成する以前は「大空遊平・泳平」のコンビで活動。
解散後はピン芸人のほか、2015年秋よりうたじ・結城たかしとボーイズ芸のユニット“トリオザキュースケ”を結成、半年ほど活動ののち、結城と2人による“ふるさとコンビ”に移行。東洋館等で活動している。
  • 大空かほり(本名:小野寺 咲子 [おのでら さきこ](コンビ当時)、1962年1月9日(54歳) - )
埼玉県熊谷市出身。 血液型:B型
東京アナウンスアカデミー声優科卒
芸名のかほりは桃井かおりにあやかったもの。

特徴[編集]

かほりが早口で捲し立て、夫の遊平のふがいなさ、存在感のなさをチクチクと責め立てるが、結局はのろけるという漫才。年始の時期にかほりが松づくしの芸を披露することもあった。 マセキ芸能社漫才協会落語協会所属で馬風ファミリーであった。 コンビ結成当初は『大空遊平・大海かほり』と名乗っていたが、結婚を機にかほりは亭号も大海から大空に改めていた。

経歴[編集]

  • 1982年7月 - 大空ヒット・三空ますみ門下でコンビ結成。浅草松竹演芸場で初舞台
  • 1983年 - テレビ朝日ザ・テレビ演芸」第20代チャンピオン
  • 1992年 - 落語協会入会
  • 1993年 - 第55回国立演芸場花形演芸会金賞受賞
  • 1994年 - 第14回国立演芸場花形演芸大賞特別賞受賞
  • 1996年 - 第51回文化庁芸術祭演芸部門芸術祭新人賞受賞
  • 1996年10月 - かほりの亭号も「大空」になる 
  • 1997年 - 漫才協団の18代目真打ちに昇進
  • 2002年 - 五代目小さん死去に伴い、そのまま馬風ファミリーに移行
  • 2015年7月31日 - 解散。婚姻も解消。遊平はピン芸人として活動。かほりは漫才協会・落語協会を退会し、マセキ芸能社との契約も解消した。

出演番組[編集]

参考文献[編集]

  • 「東京漫才列伝」(東京新聞出版局)

以下大空遊平のプロフィール