太刀川寛

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たちかわ ひろし
太刀川 寛
太刀川 寛
本名 太刀川 洋一(たちかわ よういち)
生年月日 (1931-03-07) 1931年3月7日(86歳)
出生地 日本の旗 日本 東京府豊多摩郡井荻町
(現在の東京都杉並区井荻)
民族 日本人
職業 俳優
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1950年1983年
主な作品
用心棒
椿三十郎

太刀川 寛(たちかわ ひろし、1931年3月7日 - )は、日本の元俳優[1][2]東京府豊多摩郡井荻町(現在の東京都杉並区井荻)出身。本名及び旧芸名は太刀川 洋一(たちかわ よういち)。

来歴・人物[編集]

1951年東京都立九段高等学校卒業する前年に俳優座養成所に2期生として入り、1952年の三越劇場での芸術祭参加俳優座公演、内村直也作品『夜の訪問者』に本名で初舞台を踏む。また、同年9月の東映製作の『泣虫小僧』で映画にも初出演。1953年3月、養成所卒業とともに劇団新人会に入団する。

その後、1954年7月に退会して東宝と専属契約し、数多くの作品に出演する。ところが1958年12月19日、交通事故を起こし、全治1ヶ月の重傷を負う。31日付で東宝から解約処分を受け、謹慎生活に入る。1959年秋、東宝に復帰し、同年10月の芸術座がめつい奴』でまず舞台復帰を、1960年1月に公開の映画『サラリーマン・ガール読本 むだ口かげ口減らず口』で映画出演も再開する。また、芸名も本名から太刀川 寛とする。

1971年和田嘉訓作品で未公開となった映画『脱出』を最後に東宝を退社し、フリーで日活の作品に出演するが、テレビを主とする。また俳優業の傍ら、1976年10月から広告会社・東京エージェンシーを経営している。

主な出演[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

舞台[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『日本映画人名事典 男優篇 下巻』 キネマ旬報社、1996年、99-100頁。
  2. ^ KINENOTE「太刀川寛」の項