太田博之

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おおた ひろゆき
太田博之
生年月日 (1947-11-25) 1947年11月25日(69歳)
出生地 日本の旗日本静岡県
職業 俳優
活動期間 1960年代[要出典] - 1976年

太田 博之(おおた ひろゆき、1947年11月25日[1] - )は、日本の元俳優

来歴・人物[編集]

静岡県出身[1]立正大学中退[2]

1956年、新東宝の『新妻鏡』に初出演。子役として、映画テレビドラマで活躍。『少年画報』の2代目表紙モデルも務めた。

1960年代は日活をはじめとする各社の青春映画、1970年代はテレビの時代劇を中心に活動した。

小学校3年生より車の運転を始め、B級ライセンスを所持、鈴鹿サーキットに於けるレースでリトル・ホンダを運転し210kmを出したことがある[3]

1976年『スリランカの愛と別れ』を最後に芸能界を引退[2]。寿司チェーン店「小銭すし」を創業[2]。同社在職中の1986年6月5日、監禁強要容疑で逮捕された。

その後はアパレルメーカーのカタログモデルなどで活動している[4]

主な出演[編集]

映画[編集]

  • 新妻鏡(1956年、新東宝) - 醍醐邦夫(主人公の弟)
  • 君ひとすじに 完結篇(1956年、新東宝) - 黒木健太
  • 海女の戦慄(1957年、新東宝) - 宮川健一(ヒロインの弟)
  • 危し! 伊達六十二万石(1957年、新東宝) - 伊達亀千代(伊達家の嫡男)
  • 不知火頭巾(1958年、大映) - 栄次郎
  • 赤胴鈴之助 三つ目の鳥人(1958年、大映) - 鶴千代
  • 少年探偵団 敵は原子潜航挺(1959年、東映) - 少年探偵団員
  • 路傍の石(1960年、東宝) - 愛川吾一
  • 若い東京の屋根の下(1963年、日活) - 桑野四郎
  • 光る海(1963年、日活) - 野坂次郎
  • こんにちは、20歳(1964年、日活) - 大助
  • 現代紳士野郎(1964年、東宝) - 吉川達男
  • おゝい、雲! (1965年、東映) - 松宮良平
  • 青春とはなんだ(1965年、日活) - 高松保夫
  • あいつとの冒険(1965年、日活) - 葉山光夫
  • 青春前期 青い果実(1965年、日活) - 椎ノ木武志
  • 野菊のごとき君なりき(1966年、大映) - 政夫
  • 小さい逃亡者(1966年、大映) - 川間健
  • サイボーグ009(1966年、東映動画) - 009 ※アニメ映画
  • サイボーグ009 怪獣戦争(1967年、東映動画) - 009 ※アニメ映画
  • 若い時計台(1967年、大映) - 小柳武志
  • あゝ予科練(1968年、東映) - 藤井俊夫
  • 連合艦隊司令長官 山本五十六(1968年、東宝) - 野上一飛曹
  • 新宿の肌(1968年、松竹) - 今井
  • おんな刺客卍(1969年、東映) - 渡辺治輔
  • 夕陽に向かう(1969年、松竹) - 増沢修一
  • 幕末(1970年、東宝) - 三神太郎次
  • 海軍横須賀刑務所(1973年、東映) - 久邇宮朝融王
  • あゝ決戦航空隊(1974年、東映) - 大黒上飛曹
  • スリランカの愛と別れ(1976年、東宝) - 坂田栄一

テレビドラマ[編集]

吹き替え[編集]

レコード[編集]

題名 B/W・C/W 発売年 レーベル 備考
ローマからの便り 青山通りでさようなら 1970年 ビクターレコード
別れ話は星がした 八時にここで 1970年 ビクターレコード

脚註[編集]

  1. ^ a b 『日本映画人名事典 男優篇 上巻』 キネマ旬報社、1996年、281頁。
  2. ^ a b c 『日本映画人名事典 男優篇 上巻』 282頁。
  3. ^ 近代映画 近代映画社 1967年4月号 155頁。
  4. ^ 石橋春海 『'60年代 蘇る昭和特撮ヒーロー』 コスミック出版〈COSMIC MOOK〉、2013年12月5日、56-57頁。ISBN 978-4-7747-5853-4。