宮号

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宮号(みやごう)とは、宮家の当主たる皇族男子に与えられる「○○宮」という形式の称号

概要[編集]

日本の皇族男子が宮家を新設し、独立して生計を立てる際に天皇より与えられる称号で、宮家の当主たる皇族男子に世襲される。宮号を有する者は「○○宮」と称し、その妻は「○○宮妃」と称するが、これら以外の者が「○○」の部分を称することはない。もっとも、英語では、宮内庁の用いる英訳によると、当主である「○○宮」を「Prince ○○」とする一方で、その子である「●●親王/内親王」は「Prince/Princess ●● of ○○」としており、日本語における用法と必ずしも一致しない。宮家は、通常は皇族男子が婚姻し独立する際に宮家が創設されるが、三笠宮家の次男である宜仁親王は独身のまま宮家を創設し、桂宮の称号を賜った。

現在存在する宮号[編集]

宮号 読み 初代 創始 現保持者
三笠宮 みかさのみや 大正天皇第4皇子崇仁親王 1935 継承者断絶。宮家のみ現存。
常陸宮 ひたちのみや 昭和天皇第2皇子正仁親王 1964 正仁親王
高円宮 たかまどのみや 大正天皇皇孫憲仁親王 1984 継承者断絶。宮家のみ現存。
秋篠宮 あきしののみや 今上天皇第2皇子文仁親王 1990 文仁親王

 敗戦後の占領期、昭和22年10月14日に11の宮家が皇籍の剥奪を行なわれた。伊勢神宮大宮司や総理大臣などの要職を務めた方々もおられるが、70年近く経った現在でも、何の対策も採られていない。

宮号一覧[編集]

宮号 読み 続柄
大炊御門宮 おおいみかどのみや 惟明親王 高倉天皇第3皇子
六条宮 ろくじょうのみや 雅成親王 後鳥羽天皇皇子
岩倉宮 いわくらのみや 忠成王 順徳天皇第5皇子
冷泉宮 れいぜいのみや 頼仁親王 後鳥羽天皇皇子
四辻宮 よつつじのみや 善統親王 順徳天皇第6皇子
常盤井宮 ときわいのみや 恒明親王 亀山天皇第14皇子
木寺宮 きでらのみや 邦良親王 後二条天皇第1皇子
花園宮 はなぞののみや 満良親王 後醍醐天皇の第11皇子
八条宮 はちじょうのみや 智仁親王 正親町天皇第1皇子
常磐井宮 ときわいのみや 作宮 霊元天皇第10皇子
京極宮 きょうごくのみや 文仁親王 霊元天皇第7皇子
花町宮 はなまちのみや 邦省親王 後二条天皇第2皇子
五辻宮 いつつじのみや 守良親王 亀山天皇第5皇子
小倉宮 おぐらのみや 恒敦 後亀山天皇皇子
玉川宮 たまがわのみや 長慶天皇皇子
護聖院宮 ごしょういんのみや 惟成親王 後村上天皇第三皇子
桂宮  かつらのみや 盛仁親王 光格天皇第4皇子
小松宮 こまつのみや 彰仁親王 伏見宮邦家親王第 8王子
東伏見宮 ひがしふしみのみや 彰仁親王 伏見宮邦家親王第8王子
有栖川宮 ありすがわのみや 好仁親王 後陽成天皇第7皇子
華頂宮 かちょうのみや 博経親王 伏見宮邦家親王第12王子
伏見宮 ふしみのみや 栄仁親王 崇光天皇第1皇子
閑院宮 かんいんのみや 直仁親王 東山天皇第6皇子
山階宮 やましなのみや 晃親王 伏見宮邦家親王第1王子
北白川宮 きたしらかわのみや 智成親王 伏見宮邦家親王第13王子
梨本宮 なしもとのみや 守脩親王 伏見宮貞敬親王第9王子
久邇宮 くにのみや 朝彦親王 伏見宮邦家親王第4王子
賀陽宮 かやのみや 邦憲王 久邇宮朝彦親王第2王子
朝香宮 あさかのみや 鳩彦王 久邇宮朝彦親王第8王子
竹田宮 たけだのみや 恒久王 北白川宮能久親王第1王子[1]
東久邇宮 ひがしくにのみや 稔彦王 久邇宮朝彦親王第9王子
秩父宮 ちちぶのみや 雍仁親王 大正天皇第2皇子
高松宮 たかまつのみや 宣仁親王 大正天皇第3皇子
桂宮 かつらのみや 宜仁親王 大正天皇皇孫(三笠宮から独立)

「称号」としての「宮」[編集]

家名の「宮」とは別に日本の皇族の幼少時に与えられる呼び名である「称号」もまた「○○宮」の形式をとる。現在は天皇または皇太子の子女にのみ与えられる。

関連項目[編集]

脚注[編集]