宮家一覧

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宮家一覧(みやけいちらん)は、宮家の一覧。

現存する宮家[編集]

宮家 読み 現当主 創設 創設者 現人数 備考
秋篠宮 あきしの 文仁親王 1990年(平成02年)06月29日 今上天皇第二皇子文仁親王 5人 直宮家
常陸宮 ひたち 正仁親王 1964年(昭和39年)09月30日 昭和天皇第二皇子正仁親王 2人 直宮家
三笠宮 みかさ 崇仁親王妃百合子 1935年(昭和10年)12月02日 大正天皇第四皇子崇仁親王 4人 直宮家
高円宮 たかまど 憲仁親王妃久子 1984年(昭和59年)12月06日 崇仁親王第三男子憲仁親王 3人

過去に存在した宮家[編集]

宮家 創設 家祖 家祖の続柄 備考

岩倉宮 1247年 忠成王 順徳天皇第5皇子
四辻宮 1233年 善統親王 順徳天皇第6皇子 世襲親王宮家の端緒[1]1407年以降不明。
常盤井宮 恒明親王 亀山天皇第14皇子 1552年断絶。
木寺宮 邦良親王 後二条天皇第1皇子
八条宮 1589年 智仁親王 正親町天皇第1皇子 1689年に断絶。
常磐井宮に継承。
常磐井宮 1689年 作宮 霊元天皇第10皇子 八条宮を継承。1692年に断絶。
京極宮に継承。
京極宮 1696年 文仁親王 霊元天皇第7皇子 常磐井宮を継承。
1770年に断絶後、桂宮に継承。
花町宮 邦省親王 後二条天皇第2皇子
五辻宮 守良親王 亀山天皇第5皇子
小倉宮 恒敦 後亀山天皇皇子 1443年断絶。
玉川宮 長慶天皇皇子 不明
護聖院宮 惟成親王 後村上天皇第三皇子 1434年断絶。
桂宮  1810年 盛仁親王 光格天皇第4皇子 京極宮を継承。1881年断絶。
小松宮 1882年 彰仁親王 伏見宮邦家親王第 8王子 1903年断絶。
小松侯爵家が祭祀を継承。
東伏見宮 1903年 彰仁親王 伏見宮邦家親王第8王子 1922年断絶。
東伏見伯爵家が祭祀を継承。
有栖川宮 1625年[2] 好仁親王 後陽成天皇第7皇子 1923年断絶。
高松宮家が祭祀を継承。
華頂宮 1868年 博経親王 伏見宮邦家親王第12王子 1924年断絶。
華頂公爵家が祭祀を継承。
伏見宮 1456年[3] 栄仁親王 崇光天皇第1皇子 1947年皇籍離脱
旧皇族
閑院宮 1718年 直仁親王 東山天皇第6皇子
山階宮 1864年 晃親王 伏見宮邦家親王第1王子
北白川宮 1870年[4] 智成親王 伏見宮邦家親王第13王子
梨本宮 1871年[5] 守脩親王 伏見宮貞敬親王第9王子
久邇宮 1875年 朝彦親王 伏見宮邦家親王第4王子
賀陽宮 1892年 邦憲王 久邇宮朝彦親王第2王子
東伏見宮 1931年 邦英王 伏見宮邦家親王第17王子
朝香宮 1906年 鳩彦王 久邇宮朝彦親王第8王子
竹田宮 1906年 恒久王 北白川宮能久親王第1王子[6]
東久邇宮 1906年 稔彦王 久邇宮朝彦親王第9王子
秩父宮 1922年 雍仁親王 大正天皇第2皇子 1995年断絶
高松宮 1913年 宣仁親王 大正天皇第3皇子 2004年断絶
桂宮 1988年 宜仁親王 大正天皇皇孫(三笠宮から独立) 2014年断絶

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 宮内庁『皇室制度史料四』による
  2. ^ 当初は高松宮家
  3. ^ 貞常親王が後花園から後崇光の紋所を代々使用することと永世「伏見殿御所(伏見殿)」と称することを勅許された年
  4. ^ 照高院宮と称したのは1868年
  5. ^ 梶井宮と称したのは梶井宮
  6. ^ 庶長子