富山地方鉄道笹津線

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笹津線
熊野川鉄橋上をゆく電車
熊野川鉄橋上をゆく電車
概要
現況 廃止
起終点 起点:南富山駅
終点:地鉄笹津駅
駅数 14駅
運営
開業 1914年12月6日
廃止 1933年4月20日
再開 1950年9月1日
廃止 1975年4月1日
所有者 富山軽便鉄道→富山鉄道、
富山地方鉄道(再開後)
路線諸元
路線総延長 12.4 km (7.7 mi)
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
電化 直流600 V 架空電車線方式
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停車場・施設・接続路線
凡例
ABZq+l HSTq STRq STRq
富山駅
STR KHSTl LSTRq ABZq+r
電鉄富山駅
STR uHSTq uSTRlg LSTR
富山駅前停留場
uLSTR LSTR
国鉄高山本線
LSTR
LSTR
地鉄富山市内軌道線
uSTR
地鉄不二越線
umKBHFxe BHF
0.0 南富山駅 左:南富山駅前停留場
exSTR xABZlf
地鉄上滝線
exSTRlf exABZlg
exBHF
0.7 日本繊維前駅
exBHF
1.5 袋駅
exBHF
2.2 赤田駅
exBHF
3.1 上野駅
exBHF
4.5 熊野駅
exWBRÜCKE
熊野川
exBHF
5.9 伊豆ノ宮駅
exBHF
7.1 大久保町駅
exBHF
8.0 上大久保駅
exBHF
9.1 大沢野北口駅
exBHF
9.8 田村町駅
exBHF
10.5 大沢野町八木山駅
LSTR exBHF
11.2 敷紡前駅
STR2 STRc3 exSTRc2 exSTR3
国鉄高山本線
STRc1 STR+4 exSTR+1 exSTRc4
BHF exKBHFe
12.4 地鉄笹津駅 左:笹津駅
STR exKBHFa
神岡軌道
Nuvola apps kview.svg 地図外部リンク
富山地方鉄道笹津線
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笹津線(ささづせん)は、富山県にかつてあった、富山市南富山駅大沢野町(現・富山市)の地鉄笹津駅とを結ぶ富山地方鉄道鉄道路線である。1975年(昭和50年)3月31日限りで廃止された。

路線データ[編集]

  • 路線距離(営業キロ):12.4km
  • 軌間:1067mm
  • 複線区間:なし(全線単線)
  • 電化区間:全線(直流600V)

歴史[編集]

富山鉄道時代[編集]

笹津線および不二越線富山軽便鉄道[1]の手によって国有化を見込んで[2]開業したものである。

開業にあたりヘンシェル社(ドイツ)に蒸気機関車を注文していたが、輸送の途上第一次世界大戦が勃発。寄港したマニラでドイツ船が抑留されてしまい到着の目処がたたなくなった。結局鉄道院より蒸気機関車2両(内1両が110形蒸気機関車)を借り受けることになり工事がすすめられ、1914年(大正3年)に富山駅(現在の電鉄富山駅) - 笹津駅間17.6kmが開業したが借用した蒸気機関車で営業運転されることとなった。翌1915年(大正4年)に蒸気機関車が到着し富山鉄道に改称した。三井鉱山が大株主であり[3]岐阜県神岡の三井神岡鉱山の鉱石や沿線の旅客・貨物の運搬に当たり、業績は良好であった。

しかし、1927年(昭和2年)から国鉄高山線が順次開業するにつれて業績が悪化し、政府の補償(773,150円)[4]を受けて1933年(昭和8年)に富山鉄道は解散、堀川新駅(現在の南富山駅) - 笹津駅間は廃止となった。富山駅 - 堀川新駅間は同日附で設立された富南鉄道に引き継がれ、1941年(昭和16年)に富山電気鉄道に譲渡、1943年(昭和18年)に富山電気鉄道が中心となって富山地方鉄道(地鉄)が設立された。

富山地方鉄道笹津線時代[編集]

戦後、富山地方鉄道は旧富山鉄道の路線の復活を計画し、1950年(昭和25年)9月に南富山駅 - 大久保町駅が、1952年(昭和27年)8月に大久保町駅 - 地鉄笹津駅間が笹津線として開業した。大久保町までの開業1か月後の1950年(昭和25年)10月には富山市内軌道線への直通運転を開始している。

昭和40年代に入るとモータリゼーションが急速に進行した上、1969年(昭和44年)には並行する国道41号の舗装拡幅改良工事が完成し、乗客が激減した。1967年(昭和42年)に市内軌道線直通を中止し、1971年(昭和46年)に地鉄は笹津線・射水線の廃止を表明した。市町村・沿線住民から反対されたが、1975年(昭和50年)3月31日限りで全線が廃止された。

笹津駅から越中八尾駅経由で庄川町駅まで延伸して加越線に接続し、津沢附近で分岐して金沢まで延伸する計画もあった。これは鉄道敷設法別表六十五「富山県八尾ヨリ福光ヲ経テ石川県金沢附近ニ至ル鉄道」(通称金八線)を実現しようとするものであったが、実行に移されることはなかった。

廃止後[編集]

廃線跡はほぼ全線が2車線の舗装道路となっている。富山市内では富山市道、大沢野町内では富山県道318号笹津安養寺線となっている。

熊野川に架かる興南大橋の欄干には鉄道の車輪がデザインされている。

年表[編集]

  • 1912年(大正元年)10月22日 - 吉城郡神岡鉱山より産出する亜鉛や増田郡、大野郡より産出する木材等の輸送を目的として佐藤助九郎等が発起人となり合資会社を組織し、富山市より熊野村大久保町を経て笹津に至る軽便鉄道の敷設を出願する[5][6]
  • 1913年大正2年)3月6日 - 富山軽便鉄道に対し鉄道免許状下付(国有鉄道富山停車場-上新川郡大沢野村間)[7]
富山駅にて行われた富山軽便鉄道開通式
富山軽便鉄道が開業した旨を報道する新聞
  • 1914年(大正3年)12月6日 - 富山軽便鉄道 富山駅(現・電鉄富山駅) - 堀川新駅(現・南富山駅) - 笹津駅間開通[8]
  • 1915年(大正4年)10月24日 - 富山軽便鉄道が富山鉄道に改称[5]
  • 1923年(大正12年)8月13日 - 旧神通川鉄橋上を走行中であった貨物列車4両が顚覆し、機関手及び火夫が負傷する事故が起きる[6]
  • 1929年(昭和4年)10月1日 - 飛越線越中八尾 - 笹津間が開通する[9]。これによって富山鉄道の主たる収入源であった貨客輸送が、富山以遠の通算が可能である飛越線に移行し、同社の営業成績は悪化することとなる[6]
  • 1930年(昭和5年)
    • 3月5日 - 富山鉄道が経営の悪化により営業廃止許可申請を行う[6]。政府はこれを認めず、翌年度より同社に対して飛越線開通による損失補填を行うことを決定する[6]
    • 11月27日 - 飛越線笹津 - 猪谷間が開通する[10]。これによって神岡鉱業所は笹津まで連絡していた専用軌道を廃止し、東猪谷より猪谷駅に接続することによって省線に直通するようになり、富山鉄道は神岡鉱山関連物資輸送の任を完全に失う[6]
  • 1932年(昭和7年)12月16日 - 富山鉄道が堀川新 - 笹津間の廃止申請及び損失補填交付申請を行う[6]
  • 1933年昭和8年)
    1933年(昭和8年)より1943年(昭和18年)まで営業していた省営自動車笹津線
    • 3月11日 - 富山鉄道の堀川新 - 笹津間の廃止申請が許可される[11][12]
    • 3月30日 - 富山鉄道に対する廃止補填である77万3千百5十円分の公債発行を決定した「富山鉄道株式会社所属鉄道中堀川新笹津間廃止ニ対スル補償ノ為公債発行ニ関スル法律」を公布する[4]
    • 3月31日 - 省営自動車笹津線(富山駅 - 笹津間)の運輸営業を開始する[13][14]。富山、広貫堂前、大久保町及び笹津の各停車場では一般運輸営業を行い、蜷川、熊野、大沢野及び八木山の各停車場においては旅客、小荷物及び貨物を取扱い、その他の停車場は旅客のみ取扱う[13]。ただし、鉄道線に亘る貨物取扱は行わない[13]。粁程は18.0粁[14]
    • 4月20日 - 富山鉄道堀川新駅 - 笹津駅間が廃止[15]。富山駅 - 堀川新駅を新設の富南鉄道へ譲渡[16]
  • 1939年(昭和14年)2月13日 - 富山市、上新川郡大久保町、同郡新保村、同郡熊野村、同郡大沢野村、同郡船峅村、同郡下タ村の各市町村長が富山県庁に参集し、富山笹津間鉄道建設期成同盟会を組織する[17]
  • 1940年(昭和15年)
    • 8月9日 - 富山電気鉄道が堀川新 - 笹津間の鉄道敷設免許を申請する[5]
    • 12月1日 - 省営自動車笹津線の一部路線を変更し、新大橋詰及び裁判所前の各停車場を廃止する[18]
  • 1941年(昭和16年)12月1日 - 富南鉄道が富山電気鉄道に路線を譲渡[5]
  • 1942年(昭和17年)4月1日 - 広貫堂前停車場及び八木山停車場において営業範囲を改正して、広貫堂前停車場においては富山駅経由の手荷物及び貨物の集荷及び配達の取扱を廃し、八木山停車場においては笹津駅経由の手荷物及び貨物の集荷及び配達取扱を廃する[19]
  • 1943年(昭和18年)
    • 1月1日 - 富山地方鉄道発足[5]
    • 2月28日 - 同日限りを以て省営自動車笹津線の運輸営業を廃する[20]
    • 3月1日 - 省営自動車笹津線が廃止されたので、同区間の旅客運輸は富山地方鉄道、貨物運輸は笹津町昭和運輸によってその経営を引継ぐ[21]
    • 6月11日 - 堀川新駅を南富山駅と改称する[5]
    • 6月20日 - 稲荷町 - 南富山間の電化を行う[5]
  • 1947年(昭和22年)
    • 4月15日 - 1940年(昭和15年)8月9日に行った堀川新 - 笹津間の鉄道敷設免許申請を南富山 - 笹津間にさしかえ再申請する[5][22]
    • 12月1日 - 南富山 - 笹津間の免許を取得する[5]
  • 1949年(昭和24年)11月10日 - 南富山 - 笹津間開通にむけ着工する[22]
  • 1950年(昭和25年)
    1952年(昭和27年)8月15日の大久保 - 笹津間の開業を祝う富山地方鉄道笹津駅
    • 7月10日 - 笹津線の電圧を1500Vより600Vに変更する許可の申請を行う[5]
    • 9月1日 - 富山地方鉄道笹津線 南富山駅 - 大久保町駅間が開通[5]
    • 10月1日 - 富山市内軌道線直通運転開始[5][注釈 1]
  • 1951年(昭和26年)12月20日 - 袋駅が開業する[5]
  • 1952年(昭和27年)
    • 8月15日 - 大久保町駅 - 地鉄笹津駅間が開通し、全通[5]
    • 10月15日 - 地鉄笹津駅の駅舎が竣工する[5]
    • 10月29日 - 上大久保駅が開業する[5]
    • 12月28日 - 日本繊維前駅が開業する[5]
  • 1953年(昭和28年)2月1日 - 敷紡前駅が開業する[5]
  • 1955年(昭和30年)6月15日 - 富山県議会において佐伯宗義が講演し、次の如く発言する[28]。曰く、「速星にゆく線でありますが、これは認可がまいりましたから、近く着工することと思います。これは神通大橋を渡って新湊線四方を廻っておりますが、これを反対に廻って婦中町までもってまいる。そしてさらに笹津から富山まで電車を乗入れるのです。すると、国と民間会社とが仲間して使う、共用ということを計画しているのであります(中略)高山線の如きものは儲かるか儲からないかしばらく別としても、国有鉄道機関車も車輌ももって動かしている。そうすると、普通、鉄道事業からゆくと、少くとも五十輌から百輌をつながなければ儲からない。そうなると高山線は一日一回でよいということになる。それで民衆は一日一回で不便だというので陳情と出かける。それがために小刻みにして回数を多くやっていますが、国有鉄道は朝晩二度でよい、そして大量輸送でもって名古屋までいってしもう、あとは富山地方鉄道でやればよいんです(中略)それで笹津から八尾を廻っている高山線は、地鉄が婦中町まで延びますと、婦中町から笹津まで共用乗入することによって、八尾町へ電車がゆくことになります。富山駅から速星までは、あの有名な工場がありますから、富山駅あるいは操車場から速星までは引込線です。その先は完全に電車です。速星から八尾、八尾から笹津までゆくと、既にできている笹津線でぐるぐるっと廻ってしもう。これは私のほらでもなんでもない、経済的に見ても完全に成立するのです。経済的に成立しないことはいけません。こうした点も今後における富山地方鉄道の宿題であって、これは何としてもやらなければならんのであります」[28]
  • 1967年(昭和42年)
    • 9月1日 - 伊豆ノ宮駅における貨物取扱を廃する[29]
    • 10月10日 - 富山市内軌道線直通中止[5]
  • 1968年(昭和43年)3月31日 - 南富山駅の新駅舎が竣工する[5]
  • 1971年(昭和46年)5月28日 - 富山地方鉄道が株主総会において笹津線、射水線の全線及び市内軌道線の一部の廃止計画を発表し、承認される[29]
  • 1974年(昭和49年)
    • 7月10日 - 水害により熊野川鉄橋の橋脚に傾斜が生じる[5]
    • 7月30日 - 熊野川鉄橋を復旧する[5]
    • 12月2日 - 富山県、大沢野町、富山市、富山地方鉄道が、笹津線廃止に合意し調印を行う[5]
  • 1975年(昭和50年)4月1日 - 南富山駅 - 地鉄笹津駅間が廃止[5]


駅一覧[編集]

駅名および所在地は廃止時点のもの。全駅富山県に所在。

凡例
列車交換 … ◇・∧・∨:交換可、|:交換不可
駅名 駅間キロ 営業キロ 接続路線 列車交換 駅員配置 所在地
南富山駅 - 0.0 富山地方鉄道不二越線上滝線富山市内軌道線南富山駅前駅 富山市
日本繊維前駅 0.7 0.7    
袋駅 0.8 1.5    
赤田駅 0.7 2.2    
上野駅 0.9 3.1  
熊野駅 1.4 4.5    
伊豆ノ宮駅 1.4 5.9    
大久保町駅 1.2 7.1   大沢野町(現・富山市)
上大久保駅 0.9 8.0    
大沢野北口駅 1.1 9.1    
田村町駅 0.7 9.8    
大沢野町八木山駅 0.7 10.5  
敷紡前駅 0.7 11.2    
地鉄笹津駅 1.2 12.4 国鉄高山本線笹津駅

脚注[編集]

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注釈

  1. ^ 当時の新聞報道によると、実際には10月1日からの乗り入れは実現していない。当初は10月6日に乗り入れ開始の予定であったが[23]、道路が狭い区間があり危険として地元や市議会に反対があり、富山市長は乗り入れに許可を出さなかった[24]。笹津線沿線の町村は乗り入れを求めており[25]、地鉄側は10月24日、富山駅前から大久保町まで市議ら17名を乗せた列車を走らせ、理解を求めた[26]。結局10月27日、富山市議会は条件付きで乗り入れを承認した[27]

出典

  1. ^ 『日本全国諸会社役員録. 第23回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  2. ^ 川島令三著『全国鉄道事情大研究 名古屋北部・岐阜編2』草思社、p.159
  3. ^ 『地方鉄道軌道営業年鑑』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  4. ^ a b 「富山鉄道株式会社所属鉄道中堀川新笹津間経営廃止ニ対スル補償ノ為公債発行ニ関スル法律」『官報』1933年3月30日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 富山地方鉄道株式会社編、『富山地方鉄道五十年史』、1983年(昭和58年)3月、富山地方鉄道
  6. ^ a b c d e f g 草卓人編、『鉄道の記憶』、2006年(平成18年)2月、桂書房
  7. ^ 「軽便鉄道免許状下付」『官報』1913年3月10日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  8. ^ 「軽便鉄道運輸開始」『官報』1914年12月14日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  9. ^ 昭和4年9月25日鉄道省告示第191号(『官報』、1929年(昭和4年)9月25日、内閣印刷局)
  10. ^ 昭和5年11月20日鉄道省告示第307号(『官報』、1930年(昭和5年)11月20日、内閣印刷局)
  11. ^ 草卓人編、『鉄道の記憶』、2006年(平成18年)2月、桂書房
  12. ^ 「鉄道営業廃止許可」『官報』1933年3月16日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  13. ^ a b c 「鉄道省告示第103号」『官報』1933年3月28日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  14. ^ a b 『全国乗合自動車総覧』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  15. ^ 「鉄道営業廃止」『官報』1933年5月4日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  16. ^ 4月12日許可「鉄道譲渡許可」『官報』1933年4月14日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  17. ^ 富山市史編纂委員会編、『富山市史 第二編』(843頁)、1960年(昭和35年)4月、富山市史編纂委員会
  18. ^ 昭和15年11月20日鉄道省告示第256号(『官報』、1940年(昭和15年)11月20日、内閣印刷局)
  19. ^ 昭和17年鉄道省告示第75号(『官報』、1942年(昭和17年)3月30日、内閣印刷局)
  20. ^ 昭和18年2月23日鉄道省告示第24号(『官報』、1943年(昭和18年)2月23日、内閣印刷局)
  21. ^ 富山市史編纂委員会編、『富山市史 第二編』(1122頁)、1960年(昭和35年)4月、富山市史編纂委員会
  22. ^ a b 寺田祐一、『私鉄の廃線跡を歩くIII 北陸・上越・近畿編 この50年間に廃止された全私鉄の現役時代と廃線跡を訪ねて』、2008年(平成20年)4月、 JTBパブリッシング
  23. ^ 「笹津線西町乘入れ あすから実施」『北日本新聞』昭和25年10月5日付3面。
  24. ^ 「笹津線の乘入れは実現困難」『北日本新聞』昭和25年10月6日付2面。
  25. ^ 「西町乘入れ要望 笹津線沿線の村落」『北日本新聞』昭和25年10月15日付4面。
  26. ^ 「地鐵・西町乘入れ実地調查 乘つて見れば案外 危險率も見解の相違」『北日本新聞』昭和25年10月25日付2面。
  27. ^ 「西町乘入れ承認」『北日本新聞』昭和25年10月28日付1面。
  28. ^ a b 富山県編、『富山県史 史料編Ⅷ現代』、1980年(昭和55年)2月、富山県
  29. ^ a b 寺田祐一編、『消えた轍―ローカル私鉄廃線跡探訪―3 甲信越・東海・北陸』、2006年(平成18年)8月、ネコ・パブリッシング

参考文献[編集]

  • 『写真でつづる富山地方鉄道50年の歩み』 富山地方鉄道、1979年
  • 宮脇俊三(編著) 『鉄道廃線跡を歩く』5、JTB1998年
  • 草卓人(編) 「富山軽便鉄道と神岡鉱山軌道」『鉄道の記憶』 桂書房、2006年、256-312頁。
  • 寺田裕一(編) 「富山鉄道笹津線」『私鉄廃線跡を歩く』III 北陸・上越・近畿編、JTBパブリッシング、2008年、82-83頁。