コウメ太夫

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コウメ 太夫
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荻窪タウンセブン屋上でライブを行うコウメ太夫(2017年3月11日)
本名 赤井 貴
生年月日 (1972-04-20) 1972年4月20日(45歳)
出身地 東京都杉並区
血液型 O型
身長 176cm
方言 共通語
最終学歴 旭川大学経済学部中退
コンビ名 JUMP‐2000(解散)
相方 外山某(元相方)
芸風 漫談
事務所 SMA NEET Project
活動時期 1995年 -
過去の代表番組 エンタの神様
配偶者  独身(離婚歴あり)
親族 深見恵子(実母)
公式サイト 小梅太夫公式ブログ

コウメ太夫(コウメ だゆう、1972年4月20日 - )は、日本お笑い芸人である。本名は赤井 貴(あかい たかし)。

東京都杉並区出身。SMA NEET Project所属。旭川大学経済学部中退。

略歴[編集]

1972年4月20日東京都で生まれる。母は元女優の深見恵子(東映ニューフェイス・第1期生)[1]

1995年梅沢富美男劇団に所属し、明治座などの舞台に立った。女形をしていた時期もある[2]1997年、お笑いに転身。2000年から「赤井貴」名義で外山某とJUMP‐2000というコンビを組み、担当はボケであった。のち、コンビを解消、単独でアマゾネースを名乗っている。2005年、『エンタの神様』(日本テレビ系)に初出演、小梅太夫としてブレイク。

2007年6月18日、同年2月に元OL(作家・泉美木蘭)と婚姻していたことが報道され、2007年7月7日、第一子となる男児が生まれたと報道された。2009年、芸名をコウメ太夫に改名。泉美木蘭の手記で同年離婚した事が公表された。なお 長男の親権はコウメが持っている。2013年8月3日神奈川県相模原市で行われた『第1回ムーンウォーク世界大会』のお笑い部門で準優勝[3]

人物像[編集]

少年時代は、マイケル・ジャクソンの『スリラー』の映像に感動し、マイケルに憧れる、歌って踊ることが好きな少年だった。この当時は専ら和物よりも洋物を好んでいた。14歳で「歌って踊る人生を送るのにはピッタリだ」と思ったことから、ジャニーズ事務所のオーディションに応募。しかしいくら待てども返事が無かったことから、直接事務所へ出向き、そこで落選したことを知った。この時「まさか…」と思ったという[2]

ピーク時は月収400万あったが、2009年当時、月収は平均して2万~3万円。「エンタの神様」出演当時は週5の営業があったが同番組終了後は月1本に減少。その後4800万円のアパートを購入し、月35万の家賃収入で生活。アパートを経営しているが利益が出るまで30年かかると言う。マネージャーの実家が不動産関係の仕事をしていることから、マネージャーに色々アドバイスを受けると言う[2]

芸風[編集]

コウメ日記』(こうめにっき)とは、コウメ太夫の一連の漫談スタイルである。着物、白塗り、ゴムかつらという姿で、女声を模した奇矯な裏声で「チクショー!!」などと喚き散らすというキャラクタースタイルを基本とする。「わたくし、狂い咲き小梅太夫と申します。徒然なるままに書き散らした『コウメ日記』、お聴き下され~」の口上で始まる[4]。ネタ冒頭では中村美津子の「島田のブンブン」のイントロが使われている[5]。『エンタの神様』には2008年まで25回出演していた[6]

2006年5月10日CD『小梅日記』(CRCP-10138 1200円)を日本クラウンから発売。発売した週のオリコンチャートでは初登場36位を記録した。因みに売り上げ枚数は20,000枚(推定)。CDの内容は曲ではなく「エンタの神様」で行っている「小梅日記」のネタを3トラック分、カラオケバージョンを3トラック、計6トラック収録。

自身の「着うた」が30万件ダウンロードとなり、ゴールド配信大賞を獲得した。その後、着うたが60万件ダウンロードを突破し、プラチナ配信大賞を受賞した。その後、80万件ダウンロードを突破している。

『エンタの神様』には2006年11月18日の出演から4ヶ月間ほど出演していなかったが、2007年3月10日お先にどうぞ永島智広関根和美と一緒に「小梅太夫 with High! Cheese」のユニットとして同番組に出演した。ネタは小梅日記と同様の自虐ネタだが、歌の調子は変わっており、ほぼすべて同じ音程でラップ調であった。さらに、ネタとネタの間に地声でのトークを挟んでいる。また、2007年7月7日放送分の同番組で同じユニットで登場したが、顔が白塗りから黒塗りに変わり、髪もモジャモジャになった。ネタは同じくラップ調だが、ダンスの披露を織り交ぜていた[6]

2007年9月22日放送の「エンタの神様」に出演した際には、宇宙人にさらわれて改造されたという設定で顔全体が銀色に染められていた。また、2008年2月16日の放送では天国に逝った死神という設定として出演し、顔の色は白に戻されていた。その後出演しない期間が続き、これ以降「エンタの神様」に出演する際には毎回、異なるネタを披露するようになった[6]

「小梅日記」以後は、「ロック・コウメ太夫」やマイケル・ジャクソンを模した「ジャクソン太夫」、連獅子、お坊さん、「どっきり八兵衛」(「どっきり、どっきり、どっきり八兵衛」「ドッキーン!」などの台詞が特徴)など様々なキャラクターに扮してネタを披露している。また2012年頃からは、『チクショー一週間」というスケッチブックを用いたネタも行っており、内容は『コウメ日記』のスタイルを踏襲したものである[2]藤本敏史はこのネタを含めコウメが出演した「テベ・コンヒーロ」2012年5月29日放送分を録画したものを自宅で30回見たと『テレビブロス』2012年15号(東京ニュース通信社)にて語っている。

近年はTwitterで「まいにちチクショー」と題し、毎日ネタを投稿している。

2017年3月11日、リニューアルオープンした荻窪タウンセブンの屋上でお笑いライブを行った。これは、コウメ自身が荻窪界隈にゆかりのあることから実現したもので、コウメ曰く「子供の頃にタウンセブン屋上の遊具で遊んでいた」とのこと。

親しい芸能人は、山路徹AMEMIYAヒロシたかまつなな

出演番組[編集]

テレビ[編集]

CM[編集]

インターネット[編集]

MV[編集]

  • YANAKIKU「FUNK★JAPAN」(2016年)[7]
  • オメでたい頭でなにより「あられ雛DANCE!!」(2017年)[8]

CD[編集]

シングル[編集]

  1. 『小梅日記』2006年5月10日発売(日本クラウン
  2. 『純情!サクラ吹雪』2007年3月7日発売(日本クラウン)
  3. 『BLACK and WHITE』2007年6月20日(EPICレコード
  4. 『帰ってきたヨッパライ』2007年11月28日(EPICレコード

アルバム[編集]

  1. 『小梅歳時記』2007年2月7日発売(日本クラウン)

DVD[編集]

  • ちょっぴり恥ずかしいけど笑ってほしいから見てほしい ―SMAお笑いカーニバル総集編―(2017年2月17日、ゴマブックス[9]

脚注・出典[編集]

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  1. ^ コウメ太夫:母は東映ニューフェースの元スター女優 「チャカチャンチャン」を考案?”. MANTAN WEB (2015年11月11日). 2015年11月12日閲覧。
  2. ^ a b c d 『CIRCUS MAX』2014年8月号(KKベストセラーズ)「プチ鹿島の芸人人生劇場 第11回・コウメ太夫」(57ページ)より。
  3. ^ コウメ太夫がムーンウォーク世界大会で準優勝! マイケル大好き芸人の本領発揮。”. エンタがビタミン♪ (2013年8月4日). 2014年7月20日閲覧。
  4. ^ 小梅日記 三の巻の歌詞”. オリコン. 2015年5月7日閲覧。
  5. ^ 小梅太夫自虐CDデビュー…素顔明かさぬ戦略”. 夕刊フジ (2006年5月10日). 2015年5月7日閲覧。
  6. ^ a b c エンタリスト『小梅太夫』”. 『エンタの神様』番組公式サイト. 2014年7月20日閲覧。
  7. ^ “コウメ太夫がドラマ仕立てのMV主演、閉店するスナックのママ役”. お笑いナタリー. (2016年12月6日). http://natalie.mu/owarai/news/212104 2016年12月7日閲覧。 
  8. ^ “オメでたい頭でなにより”. 激ロック. (2017年3月3日). http://gekirock.com/interview/2017/03/omedeta.php 2017年6月16日閲覧。 
  9. ^ バイきんぐ等人気芸人のレア映像を収録! DVD『ちょっぴり恥ずかしいけど笑ってほしいから見てほしい ―SMAお笑いカーニバル総集編―』が、Amazon DOD(ディスク・オン・デマンド)で発売!!”. ゴマブックス ポータルサイト (2017年2月1日). 2017年3月14日閲覧。