尼崎駅 (JR西日本)

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1.引き上げ線に停車中の列車
2.JR東西線開業前の神戸線・宝塚線の駅構内の画像提供をお願いします。2012年2月
尼崎駅
南口広場(2006年10月)
南口広場(2006年10月)
あまがさき
Amagasaki
所在地 兵庫県尼崎市潮江一丁目1番1号
所属事業者 JR logo (west).svg西日本旅客鉄道(JR西日本)
電報略号 アマ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 4面8線
乗車人員
-統計年度-
44,125人/日(降車客含まず)
-2015年-
開業年月日 1874年明治7年)6月1日
乗入路線 4 路線
所属路線 A 東海道本線JR神戸線
駅番号 JR-A49
キロ程 564.1km(東京起点)
大阪から7.7km
塚本 (4.3km)
(3.0km) 立花**
所属路線 東海道本線貨物支線(北方貨物線
キロ程 12.2km(吹田貨物ターミナル起点)
***宮原(操) (5.6km)
所属路線 G 福知山線JR宝塚線
駅番号 JR-G49
キロ程 0.0km(尼崎起点)
****(塚本) (-km)
(2.5km) 塚口
所属路線 H JR東西線
駅番号 JR-H49
キロ程 12.5km(京橋起点)
木津から57.3km
加島 (2.2km)
備考 直営駅管理駅
みどりの窓口
東海道本線・福知山線・JR東西線の3路線は相互に直通運転
* 1949年に神崎駅から改称。
** この間に大阪支社神戸支社境界標あり(当駅は大阪支社管内)
*** 実際はこの間で塚本駅構内を経由する。
**** JR宝塚線は大阪 - 尼崎間も含む。
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尼崎駅(尼崎臨時乗降場)*
駅全景(1981年頃?)
駅全景(1981年頃?)
あまがさき
Amagasaki
塚口 (2.5km)
(0.5km) 金楽寺
所在地 兵庫県尼崎市
所属事業者 日本国有鉄道
所属路線 福知山線(尼崎港線)
キロ程 2.5km(塚口起点)
駅構造 地上駅
開業年月日 1911年(明治44年)9月6日
廃止年月日 1981年(昭和56年)4月1日
備考 旅客営業廃止に伴う廃駅。
*1949年昭和24年)1月1日「神崎乗降場」→「尼崎乗降場」
1969年(昭和44年)4月30日 「尼崎乗降場」から現在の駅名に変更と同時に尼崎駅と同一駅扱い。
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尼崎駅(あまがさきえき)は、兵庫県尼崎市潮江一丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)のである。

JR線内では、兵庫県内で最東端の駅となる。第4回近畿の駅百選に選定された。

概要[編集]

神戸宝塚大阪京都京橋方面を相互に結ぶ結節点で、はまかぜ号・スーパーはくと号とサンライズ瀬戸出雲号を除く各方面に向かう全ての営業列車が停車する。

アーバンネットワーク、およびIC乗車カード『ICOCA』の利用エリアに含まれている(相互利用可能ICカードはICOCAの項を参照)。駅長が配置された直営駅で、管理駅として福知山線の塚口駅猪名寺駅を管轄している。

隣の塚本駅との駅間距離はJR神戸線内では最長の4.3kmである。

乗り入れ路線[編集]

JR西日本では旅客案内上で独自の愛称路線名がよく使用されているが、上記では東海道本線が「JR神戸線」の区間内に含まれている。また、福知山線も大阪駅(東海道本線所属)から当駅を経て篠山口駅までの区間が「JR宝塚線」と呼ばれている。

案内上では、東海道本線の下り(神戸方面)のみが「JR神戸線」と表記されており、反対の上り(大阪・京都方面)は「JR京都線」と表記されている。JR京都線の正式な起点は大阪駅だが、当駅 - 大阪駅間ではJR神戸線とJR宝塚線の列車が混在するため、直通先の名称を使うことで案内を統一している。「JRおでかけネット」の駅構内図でもこのような表記が使われている。

以下では、新大阪駅を越えて運行される列車は上記の形態を考慮して「JR京都線」系統として扱う。ただし、JR宝塚線方面からの列車のうち大阪・新大阪駅終着のものについては、塚本駅を通過することから区別し「JR宝塚線」系統として扱う。

この他にも東海道本線支線(北方貨物線)の登記上の終点となっているが、実際には当駅より1つ大阪方の塚本駅の構内(東海道本線所属、厳密には東西線・加島駅の地上付近)で本線に合流している。

なお、当駅の前後には特定都区市内制度における「大阪市内」に属する駅(塚本駅と加島駅)があるが、「大阪市内」発着の乗車券で乗車している場合は、大阪市外にある当駅で途中下車しないことを条件に、東海道本線・大阪駅方面と東西線方面への乗り換えが認められている。

歴史[編集]

開業から国鉄分割民営化まで[編集]

尼崎港線仮乗降場駅名標 (1981年頃)

東海道本線の当駅は、1874年(明治7年)に神崎駅(かんざきえき)として開業した。1891年(明治24年)には現在の福知山線の前身にあたる川辺馬車鉄道尼ヶ崎駅(のちの尼崎港駅) - 伊丹駅間を開業させたが、東海道本線との交差地点には連絡線が設置されなかった。

川辺馬車鉄道は1893年(明治26年)に摂津鉄道となり、さらに摂津鉄道を買収した阪鶴鉄道が有馬口駅(現在の生瀬駅)まで延伸開業した1898年(明治31年)、大阪駅乗り入れのために阪鶴鉄道の塚口駅と東海道本線の神崎駅を結ぶ連絡線が設けられた。

尼ヶ崎駅 - 塚口駅間は阪鶴鉄道国有化後は福知山線(国有化当初は、阪鶴線と呼称)の支線として扱われ、尼崎港線・尼港線と呼ばれた。1911年(明治44年)には、この支線上にも「神崎乗降場」が東海道本線との交差地点南側に設けられた(この時点では神崎駅と別駅扱いだが、運賃上は神崎駅と同一扱い)が、東海道本線の駅とは約300m離れていた。

「神崎乗降場」は東海道本線を越える築堤の上に片面ホーム1面1線で設置されており、「土手の上にある神崎駅」から「ドテカン」と呼ばれていた。1949年(昭和24年)、街の代表駅としての実状を考慮して尼崎港線の尼ヶ崎駅を尼崎港駅、神崎駅を尼崎駅に改称した。1969年に「尼崎乗降場」は当駅と同一駅扱いとなり「尼崎臨時乗降場」に変更された。

「尼崎駅」と尼崎港線は1981年に旅客営業が廃止された後、1984年に廃止された。

本線の「尼崎駅」は、駅西側に貨物駅を持ち、また麒麟麦酒の工場や周辺の工場への専用線を持つなど、尼崎市における国鉄の貨物取り扱いが中心であった。1964年9月30日までは、当駅で折り返す東海道本線の各駅停車が運転されていたが、翌10月1日の改正で甲子園口駅まで延長された。

当駅に停車するのは、各駅停車と福知山線の快速・普通のみで、東海道本線の新快速・快速は通過していた。特急・急行列車も全て通過していたが、1981年4月の福知山線の宝塚駅までの電化の時に、急行「丹波」が1往復停車し、1986年11月1日改正で特急「北近畿」に格上げされた後も、そのままで受け継がれた。

東西線の建設に伴う構内改良[編集]

JR化後も大きな変化は無く、3面9線のやや変則的な配線のままであった。しかし、JR東西線の建設に伴い当駅が東西線との分岐駅にもなるため、配線の変更やホーム1面の増設、駅舎の橋上駅化(地下通路は廃止)が行われた。以下、計画の概要をJR西日本がまとめた講演資料に基づき説明する(「課題」「効果」といった事項も同様)[2]

当初の改良計画[編集]

最初の構内改良計画は1989年2月、運輸大臣より鉄道施設の変更認可を受けた。その内容は次のようなものであった。

  • 駅起点方でのJR東西線と東海道線との相互乗り入れを考慮し、東海道線の内側線と外側線の間に東西線の線路が挟まれるようにトンネルへのアプローチを設定、配線する。
  • 東西線終点方(神戸方)は東海道線内側上下線の間に折り返し設備を1線設ける。
  • 形態的には4面7線となる[3]

しかし、計画作成後、福知山線と東海道本線の輸送量が予想以上に伸張したため、社内で次のような問題点が指摘された。

  1. 駅西方において東海道本線大阪方外側線と福知山線尼崎方の平面交差が発生し、福知山線から東海道本線・JR東西線への直通列車がラッシュ時計10本に制限される。
  2. JR東西線-東海道本線間の相互乗り入れ、およびJR東西線の折り返し本数が増大すると運転支障が発生する。
  3. 貨物列車待避線を2番線とするため、JR東西線から当駅に進入する列車に支障が発生する。

最終的に決定した改良計画[編集]

このため、最終的に決定した計画では次のような考え方が打ち出された。

  1. 福知山線の上り(尼崎方面)を立体交差とし、ホームを4面7線から2線増やし4面9線とする。これは、上下線の行き先別案内を対称形とするためである[4]
  2. 東海道線とJR東西線の当駅折り返しを分離し、折り返し列車の集中を避ける。JR東西線は福知山線塚口駅での折り返しとする。
  3. 東海道線下り線(神戸方面)貨物待避線を尼崎駅から分離し、西ノ宮駅(現在の西宮駅)に移設する。このことは、当駅の改良用地の生み出しにも資する。

次のような制約条件・要求が求められ、改良に盛り込まれた。

  • ホーム長は245m(12両対応)とする。
  • ホーム幅は、エスカレーター設置を考慮し、8.0mを確保する。
  • 東海道線外側線の設定速度は130km/hとする。
  • 分岐器は進入16番、進出12番とする[5]
  • 上り貨物待避線の有効長は570mを確保する。
  • 東海道線外側線・JR東西線・内側線の同時進入が可能であること。
  • 駅舎は尼崎市から要望のあった橋上構造とし、幅2mの地下通路を廃止して幅6mの連絡通路を設置し、キャパシティを増強する。エスカレーターのほかにエレベーターを設置し、バリアフリー化に対応する。

改良工事は1駅に対する工事としては比較的規模の大きなものとなり、大規模な切り替えだけでも22回に及んでいるが、1997年3月8日のJR東西線開業に間に合わせることができた。

追加の改良[編集]

この改良で、次のような課題が社内で意識された。

  • 東海道線内側線列車とJR東西線-福知山線直通列車:同一ホームで乗り換え可能となったのに対して
  • 福知山線-東海道線(大阪方)間の直通列車と、JR東西線-東海道線(神戸方)間の直通列車:同一ホーム乗り換えできない

このため、当駅の大阪方にJR東西線-東海道本線内側線を結ぶ渡り線が追加され、1997年9月1日のダイヤ改正より使用を開始した。この改良で上記の問題は解決し、各ホームの行き先を統一した[6]。また、一連の改良計画を扱った発表は日本鉄道施設協会より「総合技術講演会最優秀論文」を受賞した[7]

その後[編集]

最初の改良の以前、福知山線上り線は駅西方の貨物線群北側を沿っていた。最初の計画でもその経路を踏襲していたが、計画変更を行った際、貨物線群南側を回り込む下り線に平行する形に変更された。このため、上り線は駅西北の名神高速道路南側の地点に半径304mの曲線が設定された。半径300m程度の曲線は日本の在来狭軌鉄道としては珍しいものではないが、2005年4月25日JR福知山線脱線事故が発生した後には、「魔のカーブ」として事故当初から一部マスコミがこの経路変更を問題視した[8]。5年後、遺族団体が鉄道事故調査委員会の調査報告を検証する過程で、当該区間の運転経験がある運転士にアンケートを行った。このアンケートに回答した者の21.5%が速度超過の経験があったことや、41.5%が事故前より当該のカーブへATSを設置するべきと考えていたことなどが明らかになっている[9]

ダイヤ面からは、改良工事後当駅での折り返し列車が復活し、JR神戸線の新快速・快速に加え、福知山線の特急も全列車停車するようになった。このことで乗降客はさらに増加基調が続いた。貨物取り扱いは専用線の廃止や麒麟麦酒の工場の移転などもあって、後に廃止されている。

貨物取り扱い[編集]

かつて当駅はJR貨物の駅(国鉄時代は貨物取り扱い駅)であり、駅周辺の工場から多くの専用線が当駅に接続していた。専用線はクボタ阪神工場・神崎製紙神崎工場・麒麟麦酒尼崎工場・住友軽金属工業工場へ続くものがあった。

このうち最後まで使用されていたのは駅東側にある神崎製紙(当時は新王子製紙、現在の王子製紙)神崎工場へ続く専用線であった。この線は、東海道本線の北側に沿って東へ向かい、本線の盛土下を通り抜けて、その南側にある工場へ至っていた。主に有蓋車による製品の発送で使用されていたため、当駅から飯田町駅へ向かう貨物列車も運行されていたが、コンテナ化により1995年(平成7年)9月29日の発送をもって専用線は廃止された。これに伴い、当駅を発着する定期貨物列車も廃止された。

定期列車が廃止された後も、阪急電鉄が保有する専用線が敷設されていた。立花駅寄りにあるアルナ工機が製造した鉄道車両の搬出用に使用されていたが、2001年(平成13年)11月の発送をもって廃止された[10]

沿革[編集]

駅構造[編集]

ホーム(2010年4月)
JR西日本では珍しい、隣駅が左右ともに複数記された駅名標(3・6番のりばのみに掲示)。
東口コンコース

島式4面8線のホームを有する地上駅で、橋上駅舎を有する。南北の自由通路を挟み東西に、改札(東口・西口)が配置されている。

改札内にはJR西日本の子会社が経営する書店やカフェ等が設けられ、改札外には調剤薬局(一部改札内からも利用可能)、セブン-イレブン Heart・in等が入居している。

3路線共に、方向別にホームが1つ以上割り当てられており、有効長は全て12両編成分。ホーム間は跨線橋で連絡している。

のりば[編集]

乗り入れ路線の項にあるように、大阪方面は直通運転先の路線名で記載する。

のりば 路線 行先 備考
1 A JR神戸線 三ノ宮姫路方面 新快速・一部の快速
2 G JR宝塚線 宝塚福知山方面 特急『こうのとり』・快速
3・4 G JR宝塚線 宝塚・福知山方面 JR京都線・JR東西線からの直通列車
A JR神戸線 三ノ宮・姫路方面 普通・快速
5・6 A JR京都線 大阪新大阪高槻方面 快速・普通
H JR東西線 北新地京橋四条畷方面 快速・区間快速・普通
ラッシュ時の一部は7番のりば
7 G JR宝塚線 大阪・新大阪方面 特急『こうのとり』・快速
朝の一部は8番のりば
8 A JR京都線 大阪・新大阪・高槻方面 新快速・一部の快速

上記の他に、8番のりばの北隣にもホームのない待避線(9番線)がある。

備考[編集]

JR神戸線の本線は、外側線が1・8番線、内側線が4・5番線となる。JR宝塚線及びJR東西線の本線は、2・7番線である。

  • 下り外側線からは1・2番線に、JR東西線下り線からは2・3・4番線に、下り内側線からは3・4番線に、到着できる
  • 下り外側線へは1・2番線から、JR宝塚線下り線へは2・3番線から、下り内側線へは2・3・4番線から、発車できる
  • 上り外側線からは9・8番線に、JR宝塚線上り線からは9・8・7・6番線に、上り内側線からは7・6・5番線に、到着できる
  • 上り外側線へは9・8・7番線から、JR東西線上り線へは7・6・5番線から、上り内側線へは6・5番線から、発車できる
  • 駅西方への引上げ線へは、4・5番線にのみつながっている。
  • 全ての新快速電車と朝ラッシュ時の外側線運転の快速電車は、全て1・8番のりばに発着する。
  • JR京都線—JR神戸線系統の内側線運転の快速電車と普通電車は4・5番のりばに発着する。朝ラッシュ時の一部は3・6番のりばに発着する(JR東西線の当駅発着電車が4・5番のりばを使用する場合など)
  • 大阪‐JR宝塚線の丹波路快速・快速・普通電車は2・7番のりばに発着する(土休日1220Bを除く)。朝ラッシュ時上りの一部は8番のりばに発着する。大阪‐当駅間は外側線<特急線>運転のため、各駅停車であっても塚本駅は通過する。
  • JR京都線—JR宝塚線系統の普通電車は3・6番のりばに、JR東西線—JR神戸線系統の普通電車は4・5番のりばに発着し、相互接続を行う。当駅上り方のポイントで転線し平面交差するため、上り方での同時発着はできない。下り方では同時発着が可能
  • JR東西線—JR宝塚線系統の快速・区間快速・普通電車は3番・6番のりばに発着し、JR京都線—JR神戸線系統の快速・普通電車と相互接続を行う。(ラッシュ時は2番・7番のりばにも発着する)
  • 朝のラッシュ時に当駅止まりとなる電車は主に4番のりばに到着し、駅西方の引き上げ線で折り返して5番のりばから発車する。2・3番のりばに到着した場合は、配線の関係で当駅では折り返せないため、塚口駅や新三田駅まで回送される。また、おおさか東線経由の直通快速は2番のりば(土休日の一部は3番のりば)に到着し、7番のりばから発車する。

ダイヤ[編集]

いずれも、日中の1時間あたりの運行本数である。また朝晩は本数が多くなり、当駅発着便の設定もある。

JR神戸線[編集]

新快速と快速がそれぞれ4本と普通が8本の計16本が停車する。

普通は当駅で半数が入れ替わりとなる。(JR京都線—JR宝塚線電車とJR東西線—JR神戸線電車が相互接続) 上りはJR神戸線→JR京都線の電車は後の快速電車よりも大阪まで先着する。JR宝塚線→JR京都線の電車は塚本付近で新快速に追い抜かれる。 下りはJR東西線→JR神戸線の電車は後の快速電車よりも芦屋まで先着する。JR京都線→JR神戸線の電車は西宮付近で新快速に追い抜かれる。

JR宝塚線[編集]

快速・区間快速・普通がそれぞれ4本と特急『こうのとり』1本の計13本が停車する。

快速は大阪駅発着系統(宝塚駅発着系統・篠山口駅発着の『丹波路快速』が2本ずつ)である。東西線直通の区間快速は次の塚口駅で折り返す。宝塚方面・新三田行きの下り普通は当駅を出ると川西池田駅まで先着する。

JR東西線[編集]

区間快速・普通が4本ずつの計8本が停車する。区間快速は東西線内の各駅に停車し、直通先の学研都市線・京橋駅 - 四条畷駅間で通過運転を行う。

利用状況[編集]

2015年(平成27年)度の1日平均乗車人員44,125人[14]で、尼崎市内の駅としては最多である。JR西日本の駅では第18位で、兵庫県内のJR西日本の駅では三ノ宮駅神戸駅明石駅姫路駅元町駅に次ぐ第6位である。

ここ20年は増加傾向が続いており[15]、2010年度に4万人を上回った。

近年の1日平均乗車人員推移は下表のとおりである。

年度別1日平均乗車人員[16][17]
年度 1日平均乗車人員
総数 定期
1995年(平成07年) 24,223 15,523
1996年(平成08年) 24,274 15,707
1997年(平成09年) 26,546 17,178
1998年(平成10年) 27,830 17,748
1999年(平成11年) 28,520 17,887
2000年(平成12年) 30,107 18,844
2001年(平成13年) 30,520 19,127
2002年(平成14年) 30,769 19,262
2003年(平成15年) 32,626 20,710
2004年(平成16年) 33,078 21,426
2005年(平成17年) 33,506 22,001
2006年(平成18年) 34,499 22,631
2007年(平成19年) 35,610 23,443
2008年(平成20年) 36,496 24,324
2009年(平成21年) 38,959 25,546
2010年(平成22年) 40,085 26,347
2011年(平成23年) 40,679 26,898
2012年(平成24年) 41,793 27,629
2013年(平成25年) 42,921 28,872
2014年(平成26年) 43,071 29,393
2015年(平成27年) 44,125 30,112

駅周辺[編集]

駅北側ロータリー、バスターミナル
駅北側ペデストリアンデッキ
  • 阪神本線にも尼崎駅があるが、直線距離で約2km程離れている。両駅間は阪神バスで連絡している。
  • 他社線で一番近い駅は、阪神杭瀬駅。こちらへも阪神バスで連絡している(徒歩では南東へ30分)。
  • タクシー乗り場は北口と南口の両方にある。

駅北側(潮江地区)[編集]

駅南側(長洲地区)[編集]

バス[編集]

阪神バスなどが乗り入れ、主に市内各地へと向かう路線が発着している。以下、特記しないものは阪神バスが運行する。

阪神バスの乗り場は北口と南口に3か所ずつあり、1 - 3番のりばが北口、4 - 6番のりばが南口にある。また、阪神バス以外の乗り場は南口に2か所ある。

一般路線[編集]

その他[編集]

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道
A JR神戸線(東海道本線)
新快速
大阪駅 (JR-A47) - 尼崎駅 (JR-A49) - 芦屋駅 (JR-A54)
快速
大阪駅 (JR-A47) - 尼崎駅 (JR-A49) - 西宮駅 (JR-A52)
普通
塚本駅 (JR-A48) - 尼崎駅 (JR-A49) - 立花駅 (JR-A50)
G JR宝塚線(福知山線、大阪駅方面で東海道本線 [JR京都線] に直通)
丹波路快速・快速
大阪駅 (JR-G47) - 尼崎駅 (JR-G49) - 伊丹駅 (JR-G52)
快速(JR東西線経由、塚口駅発着)・区間快速
(加島駅 (JR-H48) -) 尼崎駅 (JR-H49/JR-G49) - 塚口駅 (JR-G50)
普通
大阪駅 (JR-A47/JR-G47) - 塚本駅 (JR-A48)(大阪駅始終着一部電車は通過。但し、緩行線経由の普通電車は全て停車) - 尼崎駅 (JR-A49/JR-G49) - 塚口駅 (JR-G50)
H JR東西線
快速
加島駅 (JR-H48) - 尼崎駅(JR-H49/JR-G49) (- 塚口駅 (JR-G50)・伊丹駅 (JR-G52))
直通快速(おおさか東線経由)
加島駅 (JR-H48) - 尼崎駅 (JR-H49)
区間快速(※)
加島駅 (JR-H48) - 尼崎駅 (JR-H49/JR-G49) (- 塚口駅 (JR-G50))
普通
加島駅 (JR-H48) - 尼崎駅 (JR-H49/JR-A49・JR-G49) (- 立花駅 (JR-A50)・塚口駅 (JR-G50))
東海道本線貨物支線(北方貨物線、原則旅客運行なし)
宮原操車場 - (塚本駅) - 尼崎駅
(※)JR東西線の区間快速は、当駅または塚口駅で折り返す電車のみ、全区間を区間快速として運行される。JR宝塚線猪名寺駅以北またはJR神戸線に乗り入れる電車は、当駅から立花方・塚口方は普通電車として運転される(JR東西線内も該当)。ただし、JR宝塚線から乗り入れる上りは当駅まで快速電車として運転されるものもある。

かつて存在した路線[編集]

日本国有鉄道
福知山線(尼崎港線)
塚口駅 - 尼崎駅(尼崎臨時乗降場) - 金楽寺駅
東海道本線貨物支線
尼崎駅 - (尼崎市場駅

その他[編集]

  • 当駅と放出駅のみ、電車が停車中の時、電光掲示板に停車中と表示されている。

脚注[編集]

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  1. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
  2. ^ 「尼崎駅構内改良」『総合技術講演会概要集(停車場・計画)』日本鉄道施設協会 1997年10月
  3. ^ この計画では南側から1番目、2番目のホーム、および3番目、4番目のホームの間には線路が1本しかない。ホーム間の線路が2本設定されているのは真ん中に当たる2番目と3番目のホームである。
  4. ^ 貨物線を含めば対称ではないが、貨物線は客扱いのホームがない。講演資料では利用客からの視点を意識して「対称」という説明を行っている。なお、当初の計画においては下り方面は1番線、2番線から福知山線に進出が可能であったが、福知山線の上り線からは、ホームに接している線路としては6番線にしか進入できない(当初の計画で対称とするには5番線にも進入が出来なければならない)。加えて、当初計画においても下り線に貨物専用の待避線は設定されていないため、上述の「2番線に貨物列車が待避する」状態は1番目と2番目のホーム間に貨物列車が待避することを意味する。JR東西線からの列車は1番線、2番線の2線を選べるので2番線が占有されても1番線が使用可能なら停車は不可能ではないが、「支障が生じる」可能性が指摘されたのはこのため。なお、本脚注での番線呼称は最初の計画に基づいたもの。
  5. ^ 大阪駅などでも同様の改良が実施された。
  6. ^ 東西線上り(京橋方)と東海道線上り(大阪方)、東西線下り(尼崎方)と東海道線下り(神戸方)、同一方向にそれぞれ1線ずつの計2線。
  7. ^ 「総合技術講演会最優秀論文停車場・計画部門 尼崎駅構内改良」『日本鉄道施設協会誌』1998年1月
  8. ^ 例:「時流超流 News&Trends 深層 JR西日本、ブレーキなき組織の暴走体質 重大事故はまた起きる」『日経ビジネス』2005年5月16日
  9. ^ 【JR福知山線脱線事故】半数近く「現場カーブは危険」と認識 検証チームのアンケートにJR西運転士」『産経新聞』2010年9月3日22時38分配信
    「脱線現場で速度超過」運転士の2割経験 宝塚線事故 『朝日新聞』2010年9月4日5時0分配信
  10. ^ 阪急電鉄向けは1984年に終了しトレーラーによる道路輸送に切り替えられたが、東武鉄道向けが後年まで行われていた
  11. ^ 王子製紙(編) 『王子製紙社史』合併会社編、王子製紙、2001年、p324
  12. ^ 王子製紙(編) 『王子製紙社史』本編、王子製紙、2001年、p561
  13. ^ 近畿エリアの12路線 のべ300駅に「駅ナンバー」を導入します!
  14. ^ データで見るJR西日本”. 西日本旅客鉄道. 2015年9月29日閲覧。
  15. ^ それに対して、周辺の阪急園田駅や阪神杭瀬駅では乗降客数が軒並み減少している。
  16. ^ 兵庫県統計書
  17. ^ 尼崎市統計書
  18. ^ 現存する「塚口店」(つかしんの北側、伊丹市との市境付近に立地。一時期のみ、つかしんに入居)とは別の店舗。

関連項目[編集]