山本おさむ

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山本 おさむ
本名 山本 収[1]
生誕 (1954-02-16) 1954年2月16日(63歳)
日本の旗 日本長崎県諫早市
国籍 日本の旗 日本
職業 漫画家
活動期間 1980年 -
ジャンル 青年漫画
代表作 遥かなる甲子園
そばもん ニッポン蕎麦行脚
今日もいい天気
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山本 おさむ(やまもと おさむ)は、日本漫画家。血液型はA型。大村工業高校卒。先妻は同業者の久木田律子

概要[編集]

1973年に高校卒業後に上京して、運送助手などをしながら漫画修業した。1976年から巴里夫アシスタントを数年間つとめて、作品を幾多かの出版社に持ち込むが、すべて断られて、唯一『漫画アクション』(双葉社)のみ認められて、本名の山本 収名義で1980年にデビューした[1]

その後『ぼくたちの疾走』などの青春漫画路線から、『遥かなる甲子園』以降、『漫画アクション』の編集長に掛け合った末に聴覚障害者などを取り上げた作品を多く描くようになる。こうしたテーマへの取り組みの意図は、エッセイ『どんぐりの家のスケッチ - 漫画で障害者を描く』(1998年刊行)で読むことができる。

『遥かなる甲子園』では聾学校の野球部の子供たちを、『わが指のオーケストラ』では日本のろう教育の歴史を描き、障害児教育へ一石を投じたものとして反響を呼んだ。聾学校での重複障害の子供たちを描いた。

どんぐりの家』は第24回(1995年度)日本漫画家協会賞優秀賞を受賞した。同作品は1997年に映画化され、社会的にも話題になった。映画化にあたり、自ら脚本の執筆、総監督を行った。第1回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞を受賞した。

夭折した非凡の棋士村山聖の人生を基にした『聖-天才・羽生が恐れた男』を描くことになったきっかけは、先妻の久木田が村山と同じ病気を患っていたことであった。久木田は連載中に亡くなった(後に福島県天栄村出身の後妻と再婚)。

ほかに日本共産党機関紙しんぶん赤旗 日曜版』でエッセイ漫画『今日もいい天気』を連載している(2008年 - 2009年パートI、2012年パートII、2017年パートIII)。福島県天栄村での作者の田舎暮らしをコミカルに描いたパートIが好評だったため、震災前の2010年にパートIIの連載が決まっていたが、その後の原発事故を受け、編集部は続編は無理ではないかと判断していた。作者自身の自主避難体験を描くことを決意していたことも連載の中で描かれている。パートIと対照的な連載になったが、パートIも含めたこの作品が、第42回 (2013年度)日本漫画家協会賞特別賞を受賞をした。

九条の会傘下の「九条の会・さいたま」呼びかけ人を務めている[2]

作品リスト[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]