山辺郡

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奈良県山辺郡の範囲(緑:山添村 薄緑:後に他郡から編入した区域 薄黄:後に他郡に編入された区域)

山辺郡(やまべぐん)は、奈良県大和国)の

人口3,580人、面積66.52km²、人口密度53.8人/km²。(2016年10月1日、推計人口

下記の1村を含む。

郡域[編集]

1880年明治13年)に行政区画として発足した当時の郡域は、下記の区域にあたる。

  • 奈良市の一部(都祁馬場町、荻町以南[1]および月ヶ瀬嵩)
  • 大和郡山市の一部(新庄町)
  • 天理市の大部分(櫟本町・和爾町・楢町・森本町・蔵之庄町・中之庄町・柳本町・渋谷町・檜垣町・遠田町・海知町・武蔵町を除く)
  • 桜井市の一部(修理枝)
  • 宇陀市の一部(室生三本松、室生大野、室生向淵以北)
  • 山添村の大部分(室津・松尾・桐山・峰寺・的野・北野[2]を除く)

歴史[編集]

古代[編集]

式内社[編集]

延喜式神名帳に記される郡内の式内社

神名帳 比定社 集成
社名 読み 付記 社名 所在地 備考
山辺郡 13座(大7座・小6座)
大和坐大国魂神社 三座 オホヤマト- 並名神大 月次相嘗新嘗 大和神社 奈良県天理市新泉町 [1]
石上坐布留御魂神社 イソノカミノ-フツノミタマノ 名神大 月次相嘗新嘗 石上神宮 奈良県天理市布留町 [2]
都祁水分神社 ツケノミコマリノ 月次新嘗 都祁水分神社 奈良県奈良市都祁友田町 [3]
山辺御県坐神社 ヤマヘノミアカタノ- 月次新嘗 (論)山邊御縣神社 奈良県天理市別所町 [4]
(論)山邊御縣神社 奈良県天理市西井戸堂町
白堤神社 シラツツミノ 白堤神社 奈良県天理市長柄町
夜都伎神社 ヤフキノ (論)夜都伎神社 奈良県天理市乙木町
(論)十二神社 奈良県天理市竹之内町
(論)八剣神社 奈良県天理市田井庄町
都祁山口神社 ツケノヤマクチノ 月次新嘗 (論)都祁山口神社 奈良県奈良市都祁小山戸町 [5]
(論)都祁山口神社 奈良県天理市杣之内町
祝田神社 ハフリタノ 祝田神社 奈良県天理市田部町
石上市神社 イハカミイチノ
イソノカミ-
石上市神社 奈良県天理市石上町
下部神社 シモベノ 下部神社 奈良県奈良市都祁吐山町
出雲建雄神社 イツモタケヲノ (論)出雲建雄神社 奈良県天理市布留町 石上神宮境内摂社
(論)葛神社 奈良県奈良市藺生町
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近世[編集]

旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での支配は以下の通り。幕府領奈良奉行が管轄。●は村内に寺社領が、○は村内に寺社除地[3]が存在。(147村)

近現代[編集]

町村制以前[編集]

  • 慶応4年
  • 明治4年
  • 明治8年(1875年)(124村)
    • 上津村・下津村が合併して西波多村となる。
    • 長瀬下村・長瀬中村・長瀬上村・髭無村・古大野村が合併して三本松村となる。
    • 大野上村・大野下村・緑川村が合併して大野村となる。
    • 北白石村・南白石村が合併して白石村となる。
    • 下山田村・福路寺村・上山田村が合併して山田村となる[14]
    • 中定村・浄土村・別所村・下入田村・上入田村・南田村・井ノ市村・小野味村が合併して福住村となる。
    • 西針村・東針村が合併して針村となる。
    • 上荻村・中荻村・下荻村が合併して荻村となる。
    • 中豊前村が中峯山村に、獺瀬村が遅瀬村にそれぞれ合併[15]
    • 清水村が吐山村に合併。
  • 明治9年(1876年)(121村)
    • 4月18日 - 第2次府県統合により堺県の管轄となる。
    • 杉原村が添上郡北野奥村・北野西村と合併して添上郡北野村となる。
    • 桃ノ尾村・針ノ尾村・熊橋村が合併して滝本村となる。
  • 明治10年(1877年5月30日 - 庄屋敷村が三島村に合併。(120村)
  • 明治12年(1879年) - 木堂村・山口村・内山村が合併して杣之内村となる。(118村)
  • 明治13年(1880年4月15日 - 郡区町村編制法の堺県での施行により、行政区画としての山辺郡が発足。添上郡奈良町に「奈良郡役所」が設置され、同郡および添下郡広瀬郡平群郡とともに管轄したが、まもなく「添上添下山辺広瀬平群郡役所」に改称。
  • 明治14年(1881年2月7日 - 大阪府の管轄となる。
  • 明治15年(1882年) - 筑紫村が九条村に合併。(117村)
  • 明治20年(1887年11月4日 - 奈良県(第2次)の管轄となる。

町村制以降[編集]

1.山辺村 2.朝和村 3.二階堂村 4.福住村 5.都介野村 6.東里村 7.波多野村 8.豊原村 9.針ヶ別所村(紫:奈良市 桃:宇陀市 赤:天理市 橙:山添村)
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。(9村)
    • 山辺村 ← 滝本村、苣原村、上仁興村、下仁興村、藤井村、内馬場村、布留村、勾田村、川原城村、三島村、丹波市村、御経野村、田村、守目堂村、石上村、田部村、別所村、豊井村、豊田村、岩屋ヶ谷村(現・天理市)
    • 二階堂村 ← 上ノ庄村、荒蒔村、稲葉村、合場村、小島村、嘉幡村、庵治村、備前村、吉田村、九条村、東井戸堂村、西井戸堂村、富堂村、岩室村、田井庄村、前栽村、指柳村、小田中村、杉本村、平等坊村、小路村、喜殿村、上総村、南柳生村、中村、六条村、平群郡北菅田村、南菅田村(現・天理市)
    • 朝和村 ← 杣之内村、園原村、乙木村、竹之内村、佐保庄村、成願寺村、萱生村、中山村、岸田村、新泉村、兵庫村、三昧田村、長柄村、永原村、福知堂村(現・天理市)
    • 福住村 ← 福住村、長滝村、山田村(現・天理市)
    • 都介野村 ← 藺生村、小山戸村、相河村、南之庄村、甲岡村、来迎寺村、友田村、白石村、吐山村、針村(現・奈良市)
    • 東里村 ← 小原村、上笠間村、下笠間村、深野村、染田村、多田村、無山村(現・宇陀市)
    • 波多野村 ← 春日村、大西村、菅生村、西波多村、遅瀬村、中峯山村、広代村、中之庄村、吉田村、鵜山村、片平村、葛尾村、広瀬村(現・山添村)、嵩村(現・奈良市)
    • 豊原村 ← 三ヶ谷村、勝原村、岩屋村、毛原村、切幡村、助命村、伏拝村、堂前村、箕輪村、大塩村(現・山添村)
    • 針ヶ別所村 ← 針ヶ別所村、小倉村、上深川村、下深川村、荻村、馬場村(現・奈良市)
    • 三本松村・大野村・古向淵村・新向淵村が宇陀郡三本松村の一部となる。
    • 新庄村が添上郡治道村の一部となる。
    • 修理枝村が式上郡上之郷村の一部となる。
  • 明治26年(1893年9月26日 - 山辺村が町制施行・改称して丹波市町となる。(1町8村)
  • 明治30年(1897年
  • 明治35年(1902年4月23日 - 朝和村の一部(杣之内)が丹波市町に編入。
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和29年(1954年1月1日 - 丹波市町・朝和村・福住村・二階堂村が磯城郡柳本町・添上郡櫟本町と合併して天理市が発足し、郡より離脱。(5村)
  • 昭和30年(1955年
    • 1月1日 - 都介野村・針ヶ別所村が合併して都げ村[16]が発足。(4村)
    • 2月11日 - 東里村が宇陀郡三本松村・室生村と合併し、改めて宇陀郡室生村が発足。(3村)
  • 昭和31年(1956年9月30日 - 波多野村・豊原村が添上郡東山村と合併して山添村が発足。(2村)
  • 昭和32年(1957年8月31日 - 山添村の一部(水間・別所)が添上郡田原村に編入。
  • 平成3年(1991年10月24日 - 都げ村[16]が改称して都祁村となる。
  • 平成17年(2005年)4月1日 - 都祁村が奈良市に編入。(1村)

変遷表[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 旧・都祁村の区域。
  2. ^ 一旦、1876年まで当郡所属だった部分を除く
  3. ^ 領主から年貢免除の特権を与えられた土地。
  4. ^ ○古向淵村・古向淵村之内馬場出方に分かれて記載。
  5. ^ 記載は北葛尾村。
  6. ^ 記載は福住別所村。
  7. ^ 井ノ市村・長谷村に分かれて記載。長谷村については詳細不明。
  8. ^ ○勝原上村・勝原下村に分かれて記載。
  9. ^ 記載は寺社領が石上村、津藩領が磯上村。
  10. ^ 後に一部を津県が管轄。
  11. ^ 後に全域を柳生県が管轄。
  12. ^ 寺社除地は後に芝村県が管轄。
  13. ^ 同年4月27日(1868年5月19日)にかけて移管。
  14. ^ 上山田村が山田村を称したとする史料や、もともと山田村が3村の総称だったとする史料もあり。
  15. ^ いずれも元は同一村で、領主を区別するために表記のみ変更していたとする史料もあり。
  16. ^ a b 「げ」は示偏に祁の旁。

参考文献[編集]

関連項目[編集]