山陽電気鉄道網干線

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Sanyo electric railway logo-2.svg 網干線
3200系による飾磨行き列車(山陽天満駅)
3200系による飾磨行き列車(山陽天満駅
基本情報
日本の旗 日本
所在地 兵庫県姫路市
起点 飾磨駅
終点 山陽網干駅
駅数 7駅
路線記号 Number prefix San-yo Railway line.png SY
開業 1940年10月15日
最終延伸 1941年7月6日
所有者 Sanyo electric railway logo-2.svg 山陽電気鉄道
運営者 Sanyo electric railway logo-2.svg 山陽電気鉄道
車両基地 飾磨車庫
使用車両 3000系、3200系
路線諸元
路線距離 8.5 km
軌間 1,435 mm標準軌
線路数 単線
電化方式 直流1,500 V 架空電車線方式
閉塞方式 自動閉塞式
路線図
SANYO-ROSEN.gif
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停車場・施設・接続路線
凡例
BHF
0.0 SY 40 飾磨駅
STRq ABZrf
Number prefix San-yo Railway line.png 本線
KDSTl ABZrf
飾磨車庫
exSTRq eKRZo exHSTq
飾磨駅(国鉄)
STR
国鉄播但線(飾磨港線)
WBRÜCKE
船場川
BHF
2.4 SY 51 西飾磨駅
WBRÜCKE
夢前川
BHF
3.6 SY 52 夢前川駅
BHF
4.7 SY 53 広畑駅
WBRÜCKE
汐入川
BHF
5.6 SY 54 山陽天満駅
BHF
7.3 SY 55 平松駅
KBHFe
8.5 SY 56 山陽網干駅

網干線(あぼしせん)は、飾磨駅から山陽網干駅までを結ぶ山陽電気鉄道鉄道路線である。全線が兵庫県姫路市内を走行する。

新日鐵住金広畑製鐵所をはじめとする沿線の工場群への通勤路線というかつての色合いは薄れ、現在では網干線沿線から姫路・明石・神戸方面への通勤客や、周辺地域から沿線高校(兵庫県立姫路南高等学校兵庫県立網干高等学校)への通学利用が多く見られる。

2000年以降、飾磨・山陽網干駅以外のすべての駅で、駅員の常駐がなくなった。駅員は定期的に巡回しており、駅員の在勤時には、企画乗車券の販売や両替等の出札対応が行われているが、各駅のその時間帯については明示されていない。2009年3月20日阪神なんば線が開業したことにより当線からは阪神電鉄線を介して近鉄線へ路線が繋がったが、当路線を含む山陽電鉄のすべての駅では、近鉄線方面への連絡乗車券は発売されておらず、近鉄線方面へ乗車する場合は大阪難波駅までの連絡乗車券を購入し着駅で精算することになる(「山陽電気鉄道#他社路線との連絡乗車券」も参照)。

路線データ[編集]

  • 路線距離:8.5km
  • 軌間:1435mm
  • 駅数:7駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:なし(全線単線)
  • 電化区間:全線電化(直流1500V)
  • 閉塞方式:自動閉塞式
  • 運行管理システム:SANTICS(サンティクス:Sanyo Traffic and Information Control System)

運行形態[編集]

網干線内の飾磨駅 - 山陽網干駅間のみの運行で、途中駅が始発・終着になる列車はない。平日のラッシュ時は12分間隔、日中時間帯と土曜・休日は1時間あたり4本(15分間隔)で運行されている。

かつては、通勤時間帯などに飾磨駅でスイッチバックして電鉄姫路駅(現在の山陽姫路駅)への直通運転があったが、1991年(平成3年)のダイヤ改正で廃止された。

車両は、3両編成の3000系3200系6000系が使用されている。1995年(平成7年)からはワンマン運転を行っており、網干線運行の車両には、ドアチャイムや自動案内放送装置が設置されている。なお、ワンマン運転ではあるが、車内での料金収受が一切ないため、運賃箱・運賃表示器等の機器は設置されていない。

広畑駅で交換する臨時特急「観梅号」と、「観梅号」の回送(1995年)

過去には、例年2 - 3月の週末に綾部山梅林への送客を目的とした網干線直通の臨時特急「観梅号」が運転されていた。車両は5000系の4両編成で運転され、当時は4両編成であった3次車で運行されたこともあった。高速神戸発(復路は新開地行き)とし、本線内は特急停車駅に停車、網干線内はノンストップで運行された(運転停車あり)。定期列車が3両編成のみで、特急の運転がない網干線では、希少な優等列車であったが、本線で直通特急が運行開始されて以降は廃止されている。

歴史[編集]

  • 1937年(昭和12年)5月25日:鉄道免許状下付(電鉄飾磨駅-揖保郡網干間 動力瓦斯力)[1]
  • 1940年(昭和15年)
    • 10月15日:電鉄飾磨駅 - 夢前川駅間が開業[2]
    • 12月23日:夢前川駅 - 日鉄前(仮)駅間が開業[3]
  • 1941年(昭和16年)
    • 4月27日:広畑駅 - 電鉄天満駅間が開業。日鉄前(仮)駅を移設の上広畑駅に改称[4]
    • 7月6日:電鉄天満駅 - 電鉄網干駅間が開業し全通[5]
  • 1991年(平成3年)4月7日:山陽姫路駅との直通列車廃止。電鉄飾磨駅を飾磨駅、電鉄天満駅を山陽天満駅、電鉄網干駅を山陽網干駅に改称。
  • 1995年(平成7年)
  • 2011年(平成23年)
    • 3月1日:駅構内の喫煙コーナーを廃止し、駅構内を全面禁煙化。
  • 2014年(平成26年)4月1日:全駅に駅ナンバリングを導入[6]

網干線延伸計画[編集]

一時は網干線を現在の国道250号にほぼ並行する相生赤穂経由ルートで岡山市域方面に延伸する構想があった。

そもそも「山陽電気鉄道」の社名は、宇治川電気時代の1928年に飾磨 - 岡山間の鉄道敷設免許申請を行った際、別名義として用いられたことに始まる。この免許申請は、当時の鉄道省が有年 - 赤穂 - 西大寺という競合ルートの計画(戦後赤穂線として開通)を持っていたため却下された。

山陽電気鉄道が、兵庫県南部に限定された路線であるにもかかわらず「山陽」という広範囲を表す地名を用いていることは、宇治川電気時代末期から山陽電気鉄道設立に至る当時の拡大姿勢を唯一今日に残すものと言える。このような、実際の路線の所在地と会社名との相違は、南海電気鉄道など各地で見られる。

しかし、その後も飾磨 - 赤穂間については、鉄道省の計画線と競合しないことから延伸が検討され続け、1936年に再び電鉄飾磨 - 相生(那波)間の鉄道敷設免許申請が行われた。この際、電鉄飾磨 - 網干間については、日本製鐵(現在の新日鐵住金)の製鉄所建設決定など急速な工場立地が進んだことから、その必要性に加えて緊急性が認められ、1937年に免許が交付された(日米開戦直前の1940年10月から翌年7月にかけて全線が開通)。ただし、残る網干 - 相生間については却下された。

相生方面への建設計画が再浮上したのは戦後になってからで、1952年に姫路市網干 - 赤穂市上仮屋間25.2kmの鉄道敷設免許が交付された[7]。前年(1951年)に、国鉄赤穂線の相生駅 - 赤穂駅間が開業していたにもかかわらず[8]、並行する路線免許の交付がされた背景には、燃料事情の極端な悪化でバスなどの運行が困難であった当時の社会情勢が影響している。

実際には揖保川への橋梁架設など建設工事にあたって様々な技術的困難が存在し、また多額の建設資金が必要であったこと、その後の急速な燃料事情回復から鉄道延伸の必然性自体が低下したため、ほどなく計画は中断するに至った。1971年秋の網干 - 相生間免許失効をもって、網干以西への延長計画は消滅している。

駅一覧[編集]

駅番号 駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 接続路線 所在地
SY 40 飾磨駅 - 0.0 山陽電気鉄道:本線 飾磨区
SY 51 西飾磨駅 2.4 2.4  
SY 52 夢前川駅 1.2 3.6   広畑区
SY 53 広畑駅 1.1 4.7  
SY 54 山陽天満駅 0.9 5.6   大津区
SY 55 平松駅 1.7 7.3  
SY 56 山陽網干駅 1.2 8.5   網干区

脚注[編集]

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  1. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1937年5月28日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  2. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1940年10月29日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  3. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1941年1月23日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  4. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1941年5月15日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  5. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1941年7月12日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  6. ^ a b 全駅に駅ナンバリングを導入します (PDF) - 山陽電気鉄道、2014年2月7日
  7. ^ 国鉄赤穂線と同日「運輸省告示第132号」『官報』1951年6月9日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  8. ^ 「運輸省告示第133号」『官報』1951年6月9日(国立国会図書館デジタルコレクション)

関連項目[編集]