弾丸ジャッキー

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弾丸ジャッキー
メンバー テキサス
オラキオ
結成年 2003年
解散年 2016年
事務所 ニュースタッフプロダクション
活動時期 2003年 - 2016年
芸種 漫才コント
公式サイト 公式プロフィール
受賞歴
博士と助手〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜第14回・第20回チャンピオン
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弾丸ジャッキー(だんがんジャッキー)はニュースタッフプロダクションに所属していたお笑いコンビ。2016年3月末をもって解散した[1]

概要[編集]

  • 元体操のインターハイ九州優勝者と元自衛隊レンジャー隊員による肉体派お笑いコンビである[2]
  • 両者ともにそれぞれ体操選手、陸上自衛隊員の服装をしており、経歴を前面に押し出すスタイル。元体操選手、自衛隊員の運動神経を活かした、肉体派のネタが得意。ただし激しい動きの反復などはオラキオだけが担当していることが多い。コンビで逆立ち・バック転・バック宙・立ちバックをこなすことができる[2]
  • 体操選手のショートコント、自衛隊のショートコントなど、主に経歴を活かしたネタである。但し、爆笑レッドカーペットに出演する際は、テキサスも体操選手の格好をして、そのシチュエーションが二人とも体操選手だったらというコントを披露する。
  • コント開始前に『体操選手の○○』等タイトルを述べるが、『体操せ~ん手の~』と『選』にアクセントが入るオラキオの独特な抑揚が特徴的でもある。ちなみにアンタッチャブル柴田英嗣のアドバイスにより抑揚を大袈裟にしたという。
  • ネタのブリッジや最後には、テキサスが「はいっ!!」と言って敬礼をし、オラキオが片足でバランスを取りながら「弾丸ジャッキー!!」と言うのが常である。
  • オラキオは李小双アレクセイ・ネモフら体操選手の、テキサスはアンタッチャブル柴田のそれぞれの物真似も演じている。
  • パチンコ台、自衛隊のフラワーロックなどのネタでは、テキサスの非情さが垣間見られる。
    「体操選手のパチンコ台」オラキオへの連続バック転の強要(自分はやらない)
    「自衛隊のフラワーロック」オラキオの首を紐で絞める
    「自衛隊のだるまさんが転んだ」オラキオが後ろを向いている間に紐を取り出し、首を絞める。など。
  • M-1予選では普段しない漫才を披露しているが、コントネタに近いスタイルとなっている。
  • 近年は戦場自衛隊のみを舞台にしたコントなども披露している。
  • コンビ名はオラキオの好きな映画、『弾丸ランナー』[2]およびテキサスの好きなジャッキー・チェンから。

メンバー[編集]

実は愛人がおり、稽古場に連れてきていたりしていたことがある。

ボケやツッコミといった明確な役割分けの薄いコンビで、コントのメインを張る方がボケるスタイルである。

歴史[編集]

  • 2003年12月:「弾丸ジャッキー」に改名(前の名前はSQ)
  • 2004年5月:爆笑問題バク天!でテレビ初出演
  • 2004年7月:松雪が「松雪オラキオ」に改名
  • 2004年11月:月刊少年マガジンのCMに出演
  • 2004年12月:武田が「武田テキサス」に改名
  • 2007年5月:ぐるぐるナインティナイン「おもしろ荘」のコーナーに出演
  • 2007年6月:ぐるぐるナインティナイン「かぶっちゃや~YO」の試食人として出演、ネタ以外の初仕事
  • 2008年2月:うたばんに出演でHOME MADE 家族と共演、「HOME MADE 弾丸ジャッキー」と名乗る
  • 2009年7月:爆笑レッドカーペットに出演、ゲストに名前を間違えられ、「弾丸ジョッキー」と名乗る
  • 2013年1月:松雪オラキオが「オラキオ」に、武田テキサスが「テキサス」に改名

出演番組[編集]

第10回第11回は松雪のみ、第12回第13回、第20回は2人で出場。第14回、第20回においてチャンピオン獲得。
「コラボカーペット」でアンガールズ(ダンガールズ名義)と共演。

出典[編集]

  1. ^ 弾丸ジャッキー、今月末に解散 「細かすぎるモノマネ」で優勝”. ORICON STYLE (2016年3月7日). 2016年3月7日閲覧。
  2. ^ a b c お笑いポポロ』麻布台出版社 2008年5月号 p.100 - 101より