料理研究家

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料理研究家(りょうりけんきゅうか)とは、一般に料理について研究し、人々に伝達する専門家である。伝達は料理教室、料理本(レシピ集や料理文化紹介など)の執筆、あるいは料理番組などマスメディア出演を通じて料理を指導することで行われる[1]。一般大衆を対象とする場合と調理師などプロを対象とする場合とがある[1]。また、料理の歴史、文化的側面や科学的側面を考究する者(広義に解釈すれば食物史家や料理記者などもこの範疇。「料理評論家」として区別する事もある)のように、自ら職業として料理する機会のない者を指すこともある。

かつて[いつ?]日本料理洋食中華料理の各分野について専門化がなされていたが、最近[いつ?]ではスピード料理やダイエット料理など、より実践的な視点での専門化も進んでいる[1]食材調理に関する専門知識、調理技術、デザイン感覚などに加えて、著述、対人折衝などの能力も要求される[1]古くは[いつ?]プロの料理人が経験を重ねることにより料理研究家となることが多かったが、最近[いつ?]では料理教室の経営、調理師養成施設の教員、料理研究家の助手、書籍の編集者など出身分野はさまざまである[1]

有名な料理研究家一覧[編集]

イタリア[編集]

1世紀

フランス[編集]

17世紀
  • フランソワ・ピエール・ラ・ヴァレンヌ英語版 - 1651年に『フランスの料理人』を出版し、それまで秘伝とされてきた宮廷料理の料理法を公開した。その後、多くの料理人が秘伝のレシピを公開するようになり、料理本の執筆を生業とする職業が成立した[3]
18世紀
19世紀
20世紀
  • モーリス・エドモン・サイヤンフランス語版 - 通称「キュルノンスキー」。美食家であり料理歴史研究家でもあった。『美食のフランス』など多くの著書を出版し、フランス料理の地位向上に努めた[5]1907年からミシュランの顧問として旅先での美食を紹介する記事を執筆、旅行グルメガイドの先鞭をつけた。

日本[編集]

18世紀
  • 曽谷学川 - 1782年(天明2年)に醒狂道人何必醇(せいきょうどうじんかひつじゅん)の筆名で『豆腐百珍』を著し、豆腐の様々な料理法を紹介した。後の料理百珍ものの嚆矢となった。
19世紀
  • 浅野高造
  • 千馬源吾
  • 赤堀峯吉 - 1882年(明治15年)に日本最初の料理学校である赤堀割烹教場(2013年現在の赤堀栄養専門学校)を創設するとともに多くの料理書を著した。1892年(明治25年)9月に治包会を創立し調理実習教育の普及に努めた。
  • 石井治兵衛 - 四条流庖丁道の包丁人であり、江戸幕府諸藩料理師範、宮内省大膳職包丁師範を勤める。1898年(明治31年)に著した『日本料理法大全』において日本書紀以来の日本料理の沿革や料理流派を紹介した。
20世紀前半
  • 村井弦斎
  • 奥村繁次郎 - 焼芋屋を営むかたわら本草学を学び、1905年(明治38年)に『家庭和洋料理法』、1906年に『名物諸国料理』、『衛生料理豆腐百珍』、1919年(大正8年)に『家庭実用漬物の仕方』など多くの料理書を残した。
  • 宇多繁野 - 家庭の主婦であったが夫と死別した後に料理学校で学び料理研究家となる。1924年(大正13年)に『宇多式和洋家庭料理法』を編纂し、かつお出汁の代わりとしての煮干し出汁の普及に貢献した。
20世紀後半以降

「☆」印は実際に料理を作る料理人ではなく、評論などを通じて料理を研究する者。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e ジャパン・フードコーディネーター・スクール 2000, p. 99.
  2. ^ 『プロのためのフランス料理の歴史』 p.13
  3. ^ バーバラ・ウィートン著、辻美樹訳 『味覚の歴史』 pp.177-201、大修館書店、1991年、ISBN 4-469-25044-9
  4. ^ 『プロのためのフランス料理の歴史』 p.86
  5. ^ 『プロのためのフランス料理の歴史』 p.121

参考文献[編集]

  • 江原絢子、東四柳祥子 『近代料理書の世界』 ドメス出版、2008年、ISBN 978-4-8107-0706-9
  • 『「食の仕事人」事典』 ジャパン・フードコーディネーター・スクール、食生活プランニング、2000年。ISBN 4-906182-41-0。
  • ジャン=ピエール・プーラン、エドモン・ネランク著、山内秀文訳 『プロのためのフランス料理の歴史』 学習研究社、2005年、ISBN 4-05-402733-4
  • 辻静雄 『辻静雄著作集』 新潮社、1995年、ISBN 4-10-403601-3

関連項目[編集]