新村出

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索
新村出

新村 出(しんむら いずる、1876年明治9年)10月4日 - 1967年昭和42年)8月17日)は、日本言語学者文献学者京都大学教授名誉教授で、ソシュール言語学の受容やキリシタン語の資料研究などを行った日本人草分けである。

人物・来歴[編集]

山口県に旧幕臣で当時山口県令を務めていた関口隆吉の次男として生まれる。「出」という名は父親が山口県と山形県の県令だったことから「山」という字を重ねて命名された。

1889年(明治22年)4月に父・隆吉が機関車事故により不慮の死を遂げた後、徳川慶喜家の家扶で、慶喜の側室新村信の養父にあたる新村猛雄の養子となる。慶喜の多彩な趣味のひとつに写真撮影があったが、彼の遺した写真の中には若き日の出の姿を写したものもある。

15歳

静岡尋常中学一高を経て、1899年(明治32年)、東京帝国大学文科大学博言学科卒業。在学中は上田萬年の指導を受けた。この頃からの友人として亀田次郎がおり、のちに『音韻分布図』を共同して出版した。国語研究室助手を経て、1902年(明治35年)に東京高等師範学校教授となり、1904年(明治37年)には東京帝国大学助教授を兼任した。

1906年(明治38年)から1909年(同41年)までイギリスドイツフランス留学し、言語学研究に従事。その間、1907年(明治39年)に京都帝国大学助教授、帰朝後に同教授となった。言語学講座を担当し、1919年(大正8年)には文学博士、1928年(昭和3年)には帝国学士院会員となる。1936年(昭和10年)に定年退官した。

終生京都に在住して辞書編纂に専念し、1955年(昭和30年)に初版が発刊された『広辞苑』の編纂・著者として知られる。子息の新村猛がこの共同作業に当たった。出は新仮名遣いに反対し、当初予定の『廣辭苑』が『広辞苑』に変更になったときは一晩泣き明かしたという。そのため『広辞苑』の前文は、新仮名遣いでも旧仮名遣いでも同じになるように書いて溜飲を下げた。出はまた形容動詞を認めなかったため、『広辞苑』には形容動詞の概念がない。

また南蛮交易研究や吉利支丹文学キリシタン版関連)は、『吉利支丹文学集』(全2巻)と『南蛮更紗』が、平凡社東洋文庫で再刊されている。

新村はまたエスペランティストでもあった。1908年にドレスデンで行われた第4回世界エスペラント大会に日本政府代表としてJEA代表の黒板勝美とともに参加している。

1956年

1956年(昭和31年)文化勲章受章。1967年(昭和42年)の死去時に賜銀杯一組。

没後その業績は『新村出全集』(全15巻、筑摩書房)にまとめられている。また1981年(昭和56年)に『美意延年 新村出追悼文集』 (新村猛編、新村出遺著刊行会)が発行された。

出の業績を記念し、1982年(昭和57年)からは、優れた日本語学や言語学の研究者や団体に対し毎年「新村出賞」が授与されている。

逸話[編集]

出版社や新聞社などの隠語に、あやふやな言葉の用法があったりすると「ニイムラさんに聞け」と促すものがある。意味は「ちゃんと広辞苑を引いて調べろ」で、「ニイムラさん」とは新村出のことに他ならない。正しくは「シンムラさん」なのだが、そこを間違っているのはご愛嬌である。

栄典[編集]

家族[編集]

次男はフランス文学者の新村猛、孫に西洋史学者の新村祐一郎と中国文学者の新村徹がいる。


著書[編集]

単著[編集]

  • 『南蛮記』 東亜堂書房、1915年
  • 『南蛮更紗』 改造社、1924年
  • 『典籍叢談』 岡書院、1925年
  • 『南蛮廣記』 岩波書店、1925年
  • 『続 南蛮廣記』 岩波書店、1925年
  • 『船舶史考』 更生閣、1927年
  • 『東方言語史叢考』 岩波書店、1927
  • 『薩道先生景仰録 吉利支丹研究史回顧』 ぐろりあそさえて(ぐろりあ叢書)、1929年
  • 『東亜語源志』 岡書院、1930年
  • 『南国巡礼』 梓書房、1930年
  • 『琅玕記』 改造社、1930年
  • 『言語学概説 続国文学講座』 国文学講座刊行会、1933年
  • 『史伝叢考』 楽浪書院、1934年
  • 『典籍散語』 書物展望社、1934年
  • 『遠西叢考』 楽浪書院、1935年
  • 『花鳥草紙』 中央公論社、1935年
  • 『言語学概論』 日本文学社、1935年
  • 『随筆 橿』  靖文社、1940年
  • 『日本の言葉』 創元社〈創元選書〉、1940年
  • 『国語問題正義』 白水社、1941年
  • 『重山集』 草木社出版部、1941年
  • 『日本吉利支丹文化史』 地人書館(大観日本文化史薦書)、1941年
  • 『言葉の歴史』 創元選書、1942年
  • 『随筆 ちぎれ雲』 甲鳥書林、1942年
  • 『日本晴』 靖文社、1942年
  • 『言語学序説』 星野書店、1943年
  • 『国語学叢録』 一条書房、1943年
  • 『国語の規準』 敞文館(黎明選書)、1943年
  • 新村出選集』第1–4巻  甲鳥書林、1943–47年
  • 『朝霞随筆』 湯川弘文社、1943年
  • 『南方記』 明治書房、1943年
  • 『外来語の話』 新日本図書、1944年
  • 『典籍雑考』 筑摩書房、1944年
  • 『童心録』 靖文社、1946年
  • 『あけぼの』 大八洲出版、1947年
  • 『吉利支丹研究余録』 国立書院、1948年
  • 『松笠集』 河原書店、1948年
  • 『万葉苑枯葉』 生活社、1948年
  • 『語源をさぐる 第1』 岡書院、1951年  
  • 『五月富士』 読売新聞社(読売新書)、1955年
  • 『言葉の今昔』 河出書房(河出新書)、1956年

全集[編集]

  • 新村出全集』全15巻  筑摩書房、1971–1973年
  1. 言語研究篇I
  2. 言語研究篇II 
  3. 言語研究篇III
  4. 言語研究篇IV
  5. 南蠻紅毛篇I
  6. 南蠻紅毛篇II 
  7. 南蠻紅毛篇III
  8. 書誌典籍篇I
  9. 書誌典籍篇II/史伝考証篇I
  10. 史伝考証篇II
  11. 随筆篇I
  12. 随筆篇II 
  13. 随筆篇III
  14. 随筆篇IV
  15. 短歌篇・書簡篇
  • 『新村出全集 別巻 索引』(付、書誌・稿本目録・年譜)、新村出記念財団 編・刊、1983年

没後出版[編集]

  • 『歌集 白芙蓉』 初音書房、1968年
  • 『新村出 国語学概説』 金田一京助 筆録・金田一春彦 校訂、教育出版(シリーズ名講義ノート)、1974年
  • 『語源をさぐる 語源叢談一』 教育出版、1976年/旺文社文庫(新編)、1981年/講談社文芸文庫、1995年
  • 『日本語漫談 語源叢談二』 教育出版、1976年
  • 『外来語の話 語源叢談三』 教育出版、1976年/講談社文芸文庫(新編)、1995年
  • 『言葉の散歩道 語源叢談四』 教育出版、1976年
  • 『新編 琅玕記』(新村徹編)、旺文社文庫、1981年/講談社文芸文庫、1994年
  • 『新村出集 現代の随想24』(新村猛編)、彌生書房、1982年
  • 『新村出 わが学問生活の七十年ほか』 日本図書センター(人間の記録)、1998年 
  • 『南蛮更紗』 平凡社東洋文庫、1995年、ワイド版2009年 
  • 『新編 南蛮更紗』 講談社文芸文庫、1996年

編著[編集]

  • 『異国情趣集』 更生閣書店、1928年 
  • 『辞苑』 博文館、1935年
  • 『言苑』 博文館、1938年
  • 『万葉図録 文献篇』、『地理篇』  佐佐木信綱 共編、靖文社、1940年
  • 『聖徳太子御年譜』 山口書店、1943年
  • 『言林』昭和24年版  全国書房、1949年
  • 『国語博辞典』 甲鳥書林、1952年
  • 『新辞林』 清文堂書店、1953年
  • 『新辞泉』 清文堂書店、1954年
  • 『広辞苑』 岩波書店、1955年
  • 『鑑賞小倉百人一首』 洛文社、1964年(第2版)

翻訳・校訂・共著[編集]

  • 『イエスペルセン氏言語進歩論』 東京専門学校出版部、1901年
  • 『佐久間象山先生』 久保田収 共著、象山会、1964年
  • 『文禄旧訳伊曽保物語』 開成館、1911年
  • 『天草本 伊曽保物語』 岩波文庫、1939年、度々復刊
  • 『吉利支丹文学集』(全2巻)、柊源一共編・校註、朝日新聞社(日本古典全書)、1957–60年/平凡社東洋文庫、1993年、ワイド版2008年
  • 山田孝雄 新村出[2]新学社(近代浪漫派文庫18)、2006年

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第731号「叙任及辞令」1915年1月12日。
  2. ^ 南蛮記(抄)を収録。