早慶

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早慶(そうけい)とは、1920年日本で初めて旧制大学として成立した国内における私立大学の最高峰である早稲田大学慶應義塾大学を対比的に扱う造語である。

歴史[編集]

早稲田大学は、1882年明治15年)に政治家大隈重信が創立した東京専門学校を前身としており、慶應義塾大学は、1858年安政5年)に中津藩士で蘭学者啓蒙思想家でもある福澤諭吉が藩命により江戸築地鉄砲洲(現在の東京都中央区明石町)の中津藩中屋敷内に開校した蘭学塾を起源に持つ大学である。また、慶應義塾大学の創立メンバーの多くが、蘭学者医者として知られる緒方洪庵1838年天保9年)に開いた適塾出身者(福澤諭吉は適塾の第10代塾頭)であるため、適塾が源流だと言われている。

このように両校の歴史は非常に長く、第二次世界大戦前(戦前)より、政界・財界・学界などあらゆる方面に多くの人材を輩出してきた。戦前ではとりわけ、早稲田大学は政界、慶應義塾大学は財界にその影響力を発揮していた。

日清戦争以来、早稲田大学には中国大陸や台湾より多くの留学生が政治学を学びに来た歴史があり、中国共産党創設メンバーの陳独秀(初代総書記)や李大釗など後の中華圏の政治に大きな影響を与える人物を輩出してきた。

慶應義塾大学出身者の財界での影響力は明治期より大きなものであった。当時の専門経営者百数十人のうち、東京帝国大学(現:東京大学)と高等商業学校(現:一橋大学)をあわせた3校の出身者がほとんどを占め、待遇面でも優遇されていた。戦後はGHQによる財閥解体などで、寡占状態はほぼ無くなっている。

明治期専門経営者の学歴[1]
財閥系 非財閥系 合計
東京帝国大学 22 29 51
慶應義塾大学 13 15 28
海外留学 9 6 15
高等商業学校(現在の一橋大学) 6 4 10
その他 2 3 5
専門学校 1 3 4
東京高等工業学校(現在の東京工業大学) 0 1 1
海軍兵学校 0 1 1
小計 53 62 115

規模概要[編集]

組織規模(2015年度)
大学 資産
(億円)
帰属収入(2013年度)
(億円)
自己資本比率
(%)
大学基金(億円) 学部生数
(人)
教員数(非常勤含)
(人)
学部数 キャンパス数 同窓会
早稲田大学 3,616[2] 913[3] 82.7 274 42,182[4] 5,503 13 9 稲門会
慶應義塾大学 4,009[5] 1513[6] 75.5 481 28,735[7] 6,137 10 11 三田会

慶早[編集]

一部では語順を入れ替えて「慶早(けいそう)」、「慶早戦」などと呼ばれる場合がある。スポーツ競技の早慶戦・慶早戦の範囲を超えて両大学を対比的に扱う用例が確認できる[8]

慶應義塾関係者が用いる「慶早」、第三者が用いる「慶早」の語順選択に共通するのは、優位とみなす側を前に置くという点である[9]

脚注[編集]

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  1. ^ 森川英正 『明治期における専門経営者の進出過程』 ビジネス・レビュー〈叢書〉、1973年vol.21、p.22
  2. ^ 資産額(早稲田大学)
  3. ^ 帰属収入(早稲田大学)
  4. ^ 学生数(早稲田大学)
  5. ^ 資産額(慶應義塾大学)
  6. ^ 帰属収入(慶應義塾大学)
  7. ^ 学生数(慶應義塾大学)
  8. ^ 「朝日新聞オンライン記事検索データーベース「聞蔵Ⅱビジュアル」において、1879年~1989年の「朝日新聞縮刷版」を検索したところ、「早慶」は2,410件、「慶早」は12件がヒットした。「慶早」12件のうち最古は1907年の記事、最新は1978年の記事である。 早慶戦・慶早戦の範囲を超えた用例としてはつぎのものが確認できる。
    1. 朝日新聞1920年10月24日7頁「私大の双璧慶早が博士論文審査の協議/独尊の権威を示す尺度/早大は目下制定委員選出中/慶大は成案を得て近く申請」。これは【学術】分野でやや慶應が有利との心証から「慶早」としたのでしょう。
    2. 朝日新聞1978年10月24日21頁「実力総まくり/国家試験では早稲田/テニスは慶應が圧倒/自治会活動共に沈滞」。同頁コラム「ベストセラー/生協調べ」、「今春卒業生の上位就職先」。スポーツの早慶戦・慶早戦と同様に、【国家試験】【自治会活動】【書籍購入】【就職先】での両大学の対比の記事。
    3. 朝日新聞1988年5月10日「早川種三・元興人管財人/雲のように:2(ビジネス戦記)」。早稲田の創立100周年の寄付金集めに対比して、「慶応設立125周年、寄付金集めの慶早戦はまぁうまくいった」との談話。【創立記念事業募金】を「慶早戦」の暗喩で語る。
    4. 週刊朝日2002年5月31日号「開成、ラ・サール、桜蔭/トップ校での「慶早」人気、逆転の兆し」。受験生の人気が従来、早稲田よりも慶應に向かっていたのが逆転する兆しが生じたとの記事。【受験生人気
    5. 朝日新聞2006年11月21日夕刊1面コラム「素粒子」。銀行の大型合併から連想し、もし大学の大型合併があったとき「早慶大学」か「慶早大学」かで揉めるだろうという指摘。
    6. 朝日新聞2010年11月7日読書欄「文庫・新書」、島田裕巳著『慶應三田会』アスキー新書の紹介。著者は、両大学の【卒業生組織のあり方】について「慶早比較」を行なっているとの紹介の記述。著者・島田氏(東大卒業生)が、慶應が優勢だとしている内容。
    また、1985年以降2012年1月16日現在までの「朝日新聞」記事を検索したところ、「早慶」1063件、「慶早」15件であった。2012年1月16日閲覧。
  9. ^ 菅野憲司「二字交替漢語における可換性--青緑・緑青と早慶・慶早の意味合い」(千葉大学人文研究31号、2002年)。

関連項目[編集]