ツイートする Facebook にシェア

本田恵一・玉木貞子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動: 案内, 検索

本田恵一・玉木貞子(ほんだけいいち・たまきさだこ)は、昭和期に活躍した夫婦漫才(音曲漫才)。

来歴・芸風

恵一は1910年愛媛の生まれ。16歳のときに家出同然で飛び出し広島で住み込みで働く、同僚の親友に寄席小屋の席亭の息子がいたので寄席にの楽屋に出入りするようになる。貞子は竹の家喜雀の娘で1913年の生まれで幼いころから竹の家定奴の名で女道楽で舞台に出る。

後に2人は結婚しコンビを組むに伴い定奴は玉木貞子と改名。

安来節などの歌を得意とし、恵一は薬缶や茶筒を鼓に見立てて合奏が得意であった。

1980年の晩年は劇場、寄席の出演は少なかったが、珍しい珍芸ということでよくテレビに出てこの芸を披露していた。

後ろ面踊りの小松まことは同じ竹の家喜雀の一門。

メンバー

  • 本田恵一(ほんだけいいち、1910年 - 没年不詳)本名は本田一恵
前名は屋号不明でヒカルといった。
  • 玉木貞子(たまきさだこ、1913年 - 没年不詳)本名は本田(旧姓不明)貞子

参考文献

  • 「現代上方演芸人名鑑」(1980年、少年社)

過去1時間の間にもっとも読まれた記事
田中将大 村田充 田村正和 マツコ・デラックス 木村拓哉 赤福 菊川怜 佐藤真知子 杉田祐一 山本恵里伽 小倉智昭 鹿児島市 桜島 中森明菜 高樹沙耶 ニューヨーク・ヤンキース 西山丈也 ミュージカル・テニスの王子様 槙野智章 大隅半島
gooウェブ検索 急上昇ランキング (総合)
モバイル版goo wikipedia提供中!
↓↓↓下記QRコードからアクセス↓↓↓
モバイル版goo wikipedia QRコード
Wikipedia記事検索について