杉本美樹

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杉本 美樹すぎもと みき、公称1953年1月28日 - )は、1970年代に活躍した日本の元女優。本名、安部 信子(旧姓・西海)。

来歴・人物[編集]

神奈川県茅ヶ崎市生まれ。モデル業をしているところを東映にスカウトされ、1971年、『温泉みみず芸者』で池玲子と共に映画デビューを果たす。主演である池の妹役で、宣伝ポスターにも大きく写る鳴り物入り(ポスターには大型ポルノ女優池玲子、杉本美樹の誕生という惹句も記されている)のデビューであった。しかし、映画出演2作目となる『女番長ブルース 牝蜂の逆襲』からは、東映ポルノスター女優の座を駆け上がっていった池との差は開いていき、助演として存在感は小さくなっていく。池にはハードすぎる拷問シーンを引き受けるようなポジションとなっていた。

だが1972年、池が突然の歌手転向宣言を行い東映との関係が悪化したことで、池が主役を務める予定だった『徳川セックス禁止令 色情大名』の代役主演に急遽抜擢されたことが転機となる。監督の鈴木則文は当初、脇役陣の中から性格も演技も良い渡辺やよいの代役起用を強く推したが、他のスタッフは色黒でセリフもぶっきらぼうな杉本の方がお姫様役に意外性があって面白いと主張、鈴木を説得した。続いて8月公開『温泉スッポン芸者』、9月公開『女番長ゲリラ』でも主演を務め、東映ポルノの看板女優としての地位を確立。さらには新シリーズ第1作となる『恐怖女子高校 女暴力教室』が10月公開と、3月連続で主演作が封切られ、まさにこの秋の東映は杉本一色となった。池が短期間で映画復帰した後も杉本がその座から落ちることはなく、2大看板女優として池と共に東映ポルノの屋台骨を担っていくこととなる。この間、二本の時代劇では、絡みこそあるものの終始威厳ある姫君として大勢をかしずかせ(バンクフィルム利用だが地平線の彼方まで続く大行列を率いたりしている)、スケバン映画では(平伏していた同じ俳優たちを相手に)殴られ蹴られ拷問ざんまい、さらにはコミカルな学生芸者役など、役柄の幅は日本の主演映画女優としてはかつてないほどの広がりを見せた。他社では主婦役までこなしている。

1973年にはエランドール賞の新人賞を受賞した。1974年には現在でも国内外でカルト的な人気を誇るB級バイオレンス・アクション『0課の女 赤い手錠(ワッパ)』で主役のクールな女刑事を演じた。その後は何本かのATG映画にも助演。1978年に結婚後、芸能界を引退した。

主な出演[編集]

映画(主演)[編集]

映画(助演)[編集]

テレビドラマ[編集]

ディスコグラフィー[編集]

シングル[編集]

発売日 A/B面 タイトル 作詞家 作曲家 編曲家 レコード会社 レコード番号 備考
1972.12 A面 女番長流れ者 すずきすずか 水木京子 船木謙一 ビクター GAM-8
B面 新宿カルメン すずきすずか 小沢典仁 船木謙一 ビクター GAM-8
1974.03.21 A面 0のバラード~女の爪あと~ 石坂まさを 菊池俊輔 菊池俊輔 CBSソニー SOLB-118
B面 それは私 篠原とおる 菊池俊輔 菊池俊輔 CBSソニー SOLB-118


関連項目[編集]