東京二・京太

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東京二・京太(あずまきょうじ、きょうた)は昭和期の漫才コンビ。

メンバー[編集]

東 京二(あずま きょうじ、本名:神田公司、1935年11月5日 - )

北海道函館市出身。ツッコミ担当。
1957年俳優座養成所の研究生となり、『月光仮面』(TBS)などに端役出演した後、1961年Wけんじ門下で芸人に転身。

東 京太(あずま きょうた、本名:菅谷利雄、1943年7月21日 - )

東京都台東区出身。ボケ担当。
1961年松鶴家千代若・千代菊に入門。翌年『鶴田松夫・竹夫』というコンビを結成したが、2年で解散し京二と組み直す。
競輪評論家としてピンでも活動。

略歴[編集]

芸風[編集]

  • 京太の栃木弁のボケ(師匠の千代若の口真似)に、京二の北海道弁のツッコミが人気を博した。
  • 解散後、それぞれ夫婦漫才(東京二・笑子、東京太・ゆめ子)を結成したが、1994年に笑子(元『さえずり姉妹』)が交通事故にあい、ひとりで舞台を続ける、1996年秋に笑子が復帰し、コンビを復活させたが2004年笑子の休業に伴い、京二は弟子の東たかし(結城たかし)と組み『東京二・たかし』として活動していたが、すでに解散。
  • 弟子に東京丸・京平、東京介(元『東京助・玉助』、現『ふじ健介・東京介』)らがいる。

主なネタ[編集]

  • 大当たり大吉
  • あの待ち、この待ち

作品[編集]

CD・レコード[編集]

  • 忘れはしないよおゆきちゃん(1969年11月テイチク発売)
  • 花の呼び込み人生(1975年頃、ローヤルレコード(マキシム))