林家三平 (2代目)

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2代目 林家 三平はやしや さんぺい
2代目 林家 三平
花菱は林家三平一門の定紋である。
本名 海老名 泰助
生年月日 (1970-12-11) 1970年12月11日(46歳)
出身地 日本の旗 日本東京都台東区
師匠 林家こん平
名跡 1. 林家いっ平(1989年 - 2009年)
2. 2代目林家三平(2009年 - )
出囃子 祭りばやし
活動期間 1989年 -
配偶者 国分佐智子
家族 7代目林家正蔵(祖父)
初代林家三平(父)
海老名香葉子(母)
海老名美どり(長姉)
泰葉(次姉)
9代目林家正蔵(兄)
所属 落語協会
受賞歴
第19回浅草芸能大賞新人賞(2002年)

2代目林家 三平(はやしや さんぺい、本名:海老名 泰助(えびな たいすけ)、1970年12月11日 - )は、日本落語家タレント出囃子は『祭りばやし』。二代 林家三平と表記されることもある。前名は林家いっ平

落語協会真打。かつてはタレントとしてホリプロにも所属していた。ねぎし三平堂堂長。英語が得意であり、中国語も話せる。 2016年5月より笑点大喜利メンバーとなる。左利き

来歴・人物[編集]

初代林家三平海老名香葉子の次男(末っ子)として東京都台東区根岸に生まれる。祖父は7代目正蔵、兄に9代目正蔵、長姉に美どり、次姉に泰葉峰竜太は義兄、下嶋兄は甥にあたる。母方の伯父は釣竿職人の中根喜三郎で、父は落語家として入門する前の9歳のときに死去した(そのため、初代三平の弟子であった林家こん平が惣領弟子となって初代三平一門を統率し、2代目が大人になってからこん平に直弟子として入門する)。

東京都立竹台高等学校を経て中央大学経済学部国際経済学科に入学する(のちに中退)。落語の師匠は、初代より一門を相続した林家こん平である(大学在学中に直弟子として入門)。後見人として泰葉の元夫である春風亭小朝(三平曰く「元お兄ちゃん」)がいる。

芸風としては爆笑王である父とは異なり、本格派を指向している。三遊亭王楽3代目桂春蝶2代目林家木久蔵月亭八光との五人の通称『坊ちゃん5』として落語会を開催する等の活動を行っている。

兄・正蔵と同じくタレント活動が多く、レポーター業を中心に活躍。2003年の8月27日・28日・29日フジテレビめざましテレビ』の軽部真一アナウンサーの夏休み代理として芸能キャスターとして抜擢された。

2005年大銀座落語祭より中国語落語に挑戦し、2005年秋には中国青島での高座に上がった。演題は、2005年「時蕎麦」、2006年「動物園」、2007年「お菊の皿」。

2011年にTBSの時代劇『水戸黄門』での共演が縁で女優の国分佐智子と結婚することとなり[1]、同年3月22日に婚姻届を提出した。

2016年5月29日、日本テレビの長寿演芸番組『笑点』の大喜利コーナーに、5月22日に勇退した桂歌丸の後任として、春風亭昇太が6代目司会者に就任したことに伴う大喜利新メンバーとして初登場(2515回)。

2016年7月8日放送の『ぴったんこカン・カンスペシャル』(TBS)で、妻・国分佐智子が第1子妊娠を明らかとなり[2]、続く同年7月8日放送の笑点では兄弟子の林家たい平にお祝いされた様子が放送された。

2016年11月24日、第1子男児が誕生。名前については、11月3日の『笑点』の放送にて、一般公募すると発表[3]。12月18日の放送で「柊乃助(しゅうのすけ)」に決まったことを発表した[4]

同じ一門の林家たい平と共に反戦活動をしている影響もあり、集団的自衛権の行使を容認した安倍内閣に対してかなり批判的であり、鳩山内閣を、「人民の人民による人民のための政治ができていた内閣だった。」と評価している。但し同じ自民党政権でも福田内閣小泉内閣には比較的肯定的な意見を述べている。

略歴[編集]

襲名[編集]

2009年3月21日鈴本演芸場で2代目を襲名した。以後全国各地で襲名披露興行を催行する。

これに先だって同年3月8日に両国国技館で三平襲名記念公演「日本全国感謝の会」を開催した。

実は、2代目三平襲名前のいっ平の時代の真打昇進時に、兄の9代目林家正蔵(当時こぶ平)と師匠林家こん平と共演した際に、兄の正蔵がいるにも関わらず兄を差し置いて2代目三平を襲名すると豪語しており、実際に2代目三平を襲名した。

エピソード[編集]

  • 子供時代(素人時代)、毎年5月に、神奈川県横浜市で開催の「横浜みなと祭国際仮装行列」をテレビ中継放送するテレビ神奈川(tvk)の番組に、ゲストとして母親と姉や兄が出演した時期の数年、一緒に出演していた事もある。(後年、母親と子供時代(素人時代)にゲスト出演した時期も数年あった)
  • 元落語家の伊集院光とはマネージャーが同じだったことがあり、親しくしている。
  • こん平一門に正式に入門するまでは豆三平などの名前で高座に上がった。
  • 大学在学中の1992年に、初代の声をサンプリングし、ハウスミュージックに乗せたCD「Jungle House 3 Gas」をプロデュースした。(ジャングル・ハウス・スリー・ガス。初代が高座でくすぐりとしていたネタで、「林・家・三・屁」の直訳)
  • 女優の坂井真紀は中学生時代の同級生にあたる。一時期坂井に恋心をいだいたときもあったという[1]
  • 5代目三遊亭圓楽は一門以外にはほとんど稽古を付けないが、三平(当時・いっ平)に対し一度だけネタの「お血脈」の稽古をつけた。数時間を越える稽古であらすじだけでなく、5代目圓楽による芸談や、お血脈のあらすじの元となっている仏教血脈話を教わることになった(5代目圓楽は寺の息子で、仏教に詳しい)。くすぐりなどは春風亭小朝に稽古を付けてもらった。5代目圓楽に付けてもらった稽古をテープに録音しており、三平自身の宝物になっている。
  • 二姉・泰葉と小朝の離婚会見に同席させられた。会見の席で小朝は、三平と兄正蔵は本音として会見に同席したくなかったということを明かしており、三平自身も離婚には反対していたことから、会見では困惑を隠さなかった。小朝は三平襲名興行には毎日ではないがつきあった。
  • 趣味はサーフィンなど。

笑点メンバーとして[編集]

  • 2016年5月、45歳の時に『笑点』新メンバーになったが、これは46歳で新メンバーになった春風亭昇太に次ぐ2番目の高齢記録である。同番組での新メンバー加入は昇太以来10年ぶりとなった。[5]また、三平は新司会・新メンバー発表の2ヶ月前の3月に日本テレビに呼ばれ、歌丸の番組勇退、自身が新メンバーになる事を伝えられる。これらの事は家族にも口外してはいけない程の機密事項だったため、初出演となる生放送当日はNHKの番組のロケとごまかして、家を出ている[5]
  • メンバーになってからは、妻・佐智子との仲良しであることや、良妻であることをネタにして、独身である司会の昇太を不愉快にさせて、座布団を没収されることが度々ある。

主な出演[編集]

テレビ番組[編集]

テレビCM[編集]

ラジオ番組[編集]

ラジオドラマ[編集]

映画[編集]

  • あした元気にな〜れ!(2005年、声優、大兄ちゃん(忠吉)役)
※この映画は、母・香葉子の空襲体験を基にした絵本が原作となっている。

DVD[編集]

英語落語のDVDと、公共機関広報のDVDとが出ている。

演じた俳優[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 林家三平と国分佐智子が婚約 共同通信 2011年1月22日閲覧
  2. ^ “林家三平、亡き父と同じ45歳でパパ…妻・国分佐智子が11月末出産”. スポーツ報知 (報知新聞社). (2016年7月9日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20160708-OHT1T50215.html 2016年7月9日閲覧。 
  3. ^ “林家三平&国分佐智子に第1子男児誕生!名前は「笑点」で一般公募”. スポニチアネックス. (2016年11月25日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/11/25/kiji/K20161125013789990.html 2016年11月25日閲覧。 
  4. ^ “林家三平 第1子長男の名前は「柊乃助」…「笑点」で公募”. デイリースポーツ online (株式会社デイリースポーツ). (2016年12月18日). http://www.daily.co.jp/gossip/2016/12/18/0009761753.shtml 2016年12月18日閲覧。 
  5. ^ a b ぴあMOOK『笑点五〇年史 1966-2016』95ページ
  6. ^ ゲストの北野武と安住紳一郎アナが海老名家を訪問ロケした際に出演
  7. ^ ゲストの北野武と安住紳一郎アナが海老名家をアポ無し訪問ロケした際に出演