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(かく、英語: case)とは、典型的には、名詞に付与されて、その名詞を含む句が持つ意味的・統語的な関係を示す標識の体系で[1]、名詞の語形を決める文法範疇・素性の一つである[2]

換言すると、典型的な格とは、名詞の形を変えることによって、主語目的語といった統語的関係や、行為の行なわれる場所・物体の所有者といった意味的関係をその名詞を含む句が持っていることを表すマークである。

格の機能[編集]

格は、主語目的語といった文法関係と混同されることもあるが、格と文法関係とは必ずしも対応しない。同様に、情報構造話題など)や意味役割(動作者など)とも異なる。

例:

  • 太郎が次郎を殴った。
    太郎が: 主格、主語、動作者
    次郎を: 対格、目的語、被動者
  • 次郎が太郎に殴られた。
    次郎が: 主格、主語、被動者
    太郎に: 与格、補語、動作者
  • 太郎には弟がいる。
    太郎には: 与格、主語、所有者、主題
    弟が: 主格、目的語、所有物

格の種類[編集]

多くの言語に見られる格には、主格対格与格奪格処格属格などがある。

同じような格でも、言語によって名前が異なることがある。「太郎が犬に水を与える」という文では、一般に「太郎が」は主格、「犬に」は与格、「水を」は対格と呼ばれるが、それぞれ「が格」、「に格」、「を格」と呼ばれることもある。格とは意味ではなく標識なのでこの呼び方は明確だが、他の言語との比較はできない。

格の標示[編集]

格は、名詞または名詞句にさまざまな方法で標示される。名詞の語形変化によって標示される場合、接頭辞接尾辞声調の変化、語幹の変化といった手段が用いられる。接語接置詞の場合には、前置詞、後置詞、中置詞がある。このうち最も多くの言語で用いられているのは接尾辞、次に多いのは後置詞である。

これらに加えて、動詞の人称標示語順によって従属部である名詞句とその主要部の関係が表されることがある。

マシュー・ドライヤーが世界1032の言語について行なった調査によると、接尾辞によって格を標示する言語が452、後置詞によって標示する言語が123あった。

接頭辞による言語は38あった。アフリカ南部のバントゥー語族や北部のベルベル語派、インドネシアのスマトラ島周辺の言語、セイリッシュ語族などに見られる。

接頭辞による格標示の例(タマズィフト語
ičča u-ryaz aḵsum
食べる.PRF.3SG.M ERG-男
「男が肉を食べた」

声調の変化によるものが5、語幹の変化によるものが1あった。いずれもアフリカの言語である。

声調の変化による格標示の例(ナンディ語)
a. kè:réi kípe:t la:kwé:t
見る.IPFV キペット.NOM 子供.OBL
「キペットが子供を見ている」
b. kè:réi kipe:t kípro:no
見る.IPFV キペット.OBL キプローノ.NOM
「キプローノがキペットを見ている」

語形変化による格[編集]

インド・ヨーロッパ語族の多くの言語では、名詞や形容詞の語形変化(曲用)によって格を標示する。

インド・ヨーロッパ祖語には8つの格があったとされるが、現在では格標示が他の手段によって行われ、語形変化の衰退している言語も多い。以下にラテン語の場合を示す。

古いインド・ヨーロッパ語では格変化によって格が明示されるため、語順はかなり自由であった。現代の言語では語順が定まる傾向があり、特に英語ロマンス語フランス語スペイン語イタリア語など)では代名詞を除いて格変化が消失したため、格の表示はほぼ完全に語順および前置詞に頼っている。

homo「人」の格変化
単数 複数
主格 homo homin-es
属格 homin-is homin-um
与格 homin-i homin-ibus
対格 homin-em homin-es
奪格 homin-e homin-ibus

語形変化によってを格をマークするシステムについては、ほとんどの言語学者が格と呼ぶことに同意している[3]。それ以外にも名詞句が持つ意味的・統語的関係を標示する体系はいろいろ存在するが、どこまでを格として捉えるかは言語学者によって異なる。

接置詞・接辞による格[編集]

前置詞や後置詞などの接置詞、接頭辞や接尾辞などの接辞は分析的な格の標識と考えることができる[4]

フィンランド語ハンガリー語などのウラル語族は、場所や移動に関する格が発達している。たとえば、エストニア語は14種類の格があることで知られる。

後置詞による格標示の例(日本語
太郎 花子 あげた
NOM DAT ACC
後置詞による格標示の例(バスク語
Jon =ek Miren =i liburu =a eman dio
ヨン =ERG ミレン =DAT =SG =ABS あげた
「ヨンがミレンに本をあげた」

動詞による格[編集]

格標示を動詞の側で行う言語もある。エスキモー語では、

  • wája hanwaswilswálhi 「彼はナイフでそれを切った」[5]

において、wája(ナイフ)に格標示はついていないが、動詞 han-wa-swilswál-hi の -wa- の部分によってそれが具格であることを示す(なお、主語と目的語が三人称であることも動詞の側で示されている)。

語順による格[編集]

主語と目的語については名詞に格標示を加えず、固定された語順によって表現する言語が多い。

中国語では語順によって格が定まるが、介詞(前置詞)も用いられる。ただ、日本語なら格助詞を使うところを動詞+目的語の組み合わせで表現することもある。たとえば、「汽車で北京へ行く」は「汽車に座って北京へ行く」(坐火車上北京)のように表現できる。実際、介詞の多くは歴史的には動詞で、常にほかの動詞と組み合わせて使われるようになったものである。

格の一致[編集]

日本語では格助詞が名詞の後につくだけである(それにより名詞全体の格が標示される)。インド・ヨーロッパ語族では、名詞を修飾する形容詞は、修飾される名詞と格を一致させる。

格標示のアラインメント[編集]

主語目的語といった主要なを、文法的に区別するパターンをアラインメントという。アラインメントの類型論では、自動詞の単一項(いわゆる主語)を S とする。また、他動詞の2つの項のうち、動作主的な項(いわゆる主語)を A 、もう一方の項(いわゆる目的語)を P(または O )とする。

S・A・P を格標示によって区別する主なパターンには、対格型と能格型がある。

対格型格組織は、S と A を同じ格で、P を別の格で標示する。この時、S と A の格を主格、P の格を対格と言う。典型的には、主格が無標(引用形式〔単独で発話される時の形式〕と同形)、対格が有標である。

能格型格組織は、S と P を同じ格で、A を別の格で標示する。この時、S と P の格を絶対格、A の格を能格と言う。典型的には、絶対格が無標、能格が有標である。

二重斜格型と三立型[編集]

能格性分裂[編集]

活格・不活格[編集]

有標主格[編集]

典型的な格標示のアラインメントでは、自動詞の主語を標示する主格や絶対格が無標となるが、そうでない言語もある。

たとえば、対格が無標で主格が有標の言語がある。このような言語の主格を有標主格と言う。有標主格を持つ言語は世界的には珍しいが、アフリカの言語にはよく見られる。

また、日本語朝鮮語は、主格も対格も有標である。

能格型格組織でも、能格が無標で絶対格が有標の言語(ニアス語など)、絶対格も能格も有標な言語(トンガ語などのポリネシア諸語)が存在する。

格の研究史[編集]

ギリシア・ローマ[編集]

西洋における格概念は、古代ギリシアπτωσις(ptōsis)「プトーシス」にさかのぼる。プトーシスとは「倒れること」という意味で、「まっすぐな」形である基本形と違って「倒れた」形を指す言葉だった。もともとは、名詞のみならず動詞にも用いられた。これのラテン語訳がcasusであり、英語のcaseなど西洋の文法・言語学用語の元になった。

また、基本的な格の名前も古代ギリシアに端を発する。紀元前217年生まれのアレクサンドリアの文法家、サモトラケのアリスタルコスの一派がギリシャ語に五つの格を設定し、弟子の一人であったディオニュシオス・トラクスがその文法書で下表のように命名した。これをもとにして、古代ローマの文法家レンミウス・パラエモン英語版が1世紀頃ラテン語の格の名前をつけた。このラテン語の格が、現代の西洋の文法や言語学において用いられる語の起源である。

ギリシア・ローマの格の名前
ギリシャ語 ラテン語 英語 日本語
ορθη (orthē)「まっすぐな」 nominativus「名前の」 nominative 主格
γενικη (genikē)「種族の」 genetivus「生来の」 genitive 属格
δοτικη (dotikē)「与える」 dativus dative 与格
αιτιατικη (aitiatikē)「影響された」 accusativus「告訴の」[6] accusative 対格
κλητικη (klētikē)「呼ぶ」 vocativus vocative 呼格

この名前の付け方が示唆するように、ギリシア・ローマにおいては、それぞれの格は特定の意味機能と関連づけられていた。例えば、与格は「何かを与えられるもの」の格であり、呼格は「呼ばれるもの」の格であると観念されていた。

インド[編集]

紀元前6世紀ごろのパーニニによるサンスクリット文法では、格に名前を付けることはせず、下表のように番号を振った。

サンスクリットの格の番号
番号 देव (deva)「神」の変化 日本語名
1 देवः (devaḥ) 主格
2 देवम् (devam) 対格
3 देवेन (devena) 具格
4 देवाय (devāya) 与格
5 देवात् (devāt) 奪格
6 देवस्य (devasya) 属格
7 देवे (deve) 処格

パーニニはこれらの格が規則的にある意味を表すことを、カーラカ理論と呼ばれる仕組みで表現した。カーラカ (कारक kāraka) とは「行為者」の意味で、動詞の表す事態に関わる「行為者」がどのような役割を持っているかを示したものである。パーニニは次の六つのカーラカを定義している。

カーラカとその定義
カーラカ 定義 日本語名
अपादान (apādāna) 何かが引き出される点 起点
सम्प्रदान (sampradāna) karman を通して見えるもの 着点
करण (karaṇa) 最も効果的な手段 道具
अधिकरण (adhikaraṇa) 場所 場所
कर्मन् (karman) 行為者が欲しているもの 被動者
कर्तृ (kartṛ) 独立して振る舞うもの 行為者

このように、格の形式と意味役割を分離することで、ある意味が複数の格に対応する場合を的確に記述していた。

脚注[編集]

  1. ^ Blake 2001: 1.
  2. ^ 亀井他編 1996: 200.
  3. ^ Butt 2006: 3.
  4. ^ Blake 2001: 9, 47.
  5. ^ 例は宮岡(1992) p.30
  6. ^ ギリシア語 aitiatikē には複数の意味があり、ディオニュシオスは「影響された」という意味で用いたのだが、レンミウスは「訴えられた」という意味と誤解して、accusativus「告訴の」を訳語として選んでしまった (Butt 2006: 14)。

文献[編集]

  • Blake, Barry J. (2001) Case. Cambridge: Cambridge University Press.
  • Butt, Miriam (2006) Theories of case. Cambridge: Cambridge University Press.
  • Dryer, Matthew S. (2011) Position of case affixes. In: Dryer & Haspelmath (eds.) chapter 51. Accessed on 2012-01-12.
  • Dryer, Matthew S. & Martin Haspelmath (eds.) (2011) The world atlas of language structure online. Munich: Max Planck Digital Library.
  • Fillmore, Charles J. (1968) The case for case. In: Emmon Bach & Robert T. Harms (eds.) Universals of linguistic theory, 1-88. New York: Holt, Rinehart and Winston.
  • Iggesen, Oliver A. (2011a) Number of cases. In: Dryer & Haspelmath (eds.) chapter 49. Accessed on 2012-01-12.
  • Ivan G. Iliev. On the Nature of Grammatical Case ... (Case and Vocativeness) On the Nature of Grammatical Case ...
  • –– (2011b) Asymmetrical case-marking. In: Dryer & Haspelmath (eds.) chapter 50. Accessed on 2012-01-12.
  • 亀井孝河野六郎千野栄一(編)(1996)『言語学大辞典』第6巻 術語編。三省堂。
  • 宮岡伯人 「環北太平洋の言語」『北の言語』 宮岡伯人、三省堂1992年、3-65頁。ISBN 4385354243。*Malchukov, Andrej & Andrew Spencer (eds.) (2009) The Oxford handbook of case. Oxford: Oxford University Press.

関連項目[編集]