森塚敏

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もりつか びん
森塚 敏
生年月日 (1926-10-01) 1926年10月1日
没年月日 (2006-06-19) 2006年6月19日(満79歳没)
出生地 日本の旗, 東京都台東区
民族 日本人
ジャンル 俳優
活動期間 1947年 - 2006年
配偶者 山岡久乃1956年1971年

森塚 敏(もりつか びん、本名;もりつか とし、1926年10月1日 - 2006年6月19日)は、東京市下谷区(現・東京都台東区)出身の俳優。趣味狂言日舞、洋舞、スキー

来歴・人物[編集]

慶應義塾大学専門部国文科卒業。1947年劇団俳優座に入団したが、1954年山岡久乃東恵美子初井言榮成瀬昌彦ら若手メンバーと共に俳優座を脱退し劇団青年座を結成。劇団の座長として、西田敏行津嘉山正種高畑淳子など多くの若手俳優を育てる一方、俳優としても舞台、映画、テレビで主に脇役として幅広く活躍した。穏やかな性格と人望から、日本劇団協議会会長や芸術家会議副会長、日本俳優連合の常任顧問などの要職も務めた。

私生活では1956年に同じく青年座の創立メンバーだった山岡久乃と結婚したが、1971年に離婚。

2006年6月19日肺気腫のため東京都中野区の病院で死去[1]。79歳没。戒名は浄森院岳道修敏居士。

出演作品[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

  • 広場の孤独(1953年、新東宝
  • ビルマの竪琴(1956年、日活
  • 刑事物語 知り過ぎた奴は殺す(1960年、日活)
  • 刑事物語 犯行七分前(1960年、日活)
  • ろくでなし野郎(1961年、日活)
  • 拳銃横丁(1961年、日活)
  • 用心棒稼業(1961年、日活)
  • 憎いあンちくしょう(1962年、日活)
  • 遙かなる国の歌(1962年、日活)
  • 渡り鳥故郷へ帰る(1962年、日活)
  • 何か面白いことないか(1963年、日活)
  • 帰郷(1964年、日活)
  • ぼくどうして涙がでるの(1965年、日活)
  • けものみち(1965年、東宝
  • 俺にさわると危ないぜ(1966年、日活)
  • あゝひめゆりの塔(1968年、日活)
  • 九尾の狐と飛丸(1968年、大映動画) ※声優として出演
  • 荒い海(1969年、日活)
  • 花の特攻隊 あゝ戦友よ(1970年、日活)
  • 混血児リカ(1972年、東宝)
  • わが道(1974年、近代映画協会)
  • 竹山ひとり旅(1977年、独立映画)
  • 堕靡泥の星 美少女狩り (1979年、にっかつ
  • 北斎漫画(1981年、松竹
  • アウシュビッツ 愛の奇跡 コルベ神父の生涯(1981年、近代映画協会)
  • 地平線(1984年、松竹)
  • ロケーション(1984年、松竹)
  • 落葉樹(1986年、近代映画協会)
  • 名門!多古西応援団(1987年、東映)
  • 釣りバカ日誌8(1996年、松竹)
  • 雨あがる(2000年、東宝)

舞台[編集]

  • 友達
  • 坂本龍馬についての一夜
  • 写楽考
  • いろはに金平糖
  • ジャンナ
  • 高き彼物
  • 桜の園
  • パートタイマー秋子

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 青年座座長・森塚敏さん死去”. シアターガイド (2006年6月20日). 2013年9月3日閲覧。