横須賀よしみ

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よこすか よしみ
横須賀 よしみ
本名 黒坂 昌美
別名義 横須賀 昌美
横須賀 蓉美
生年月日 (1965-01-08) 1965年1月8日(52歳)
出生地 日本の旗 石川県金沢市
血液型 B
ジャンル グラビアモデル
女優Vシネマ映画テレビドラマ
主な作品

 映画
・『夕ぐれ族』(1984年)


 Vシネマ
・『マニラ・エマニエル夫人 魔性の楽園』(1992年)
・『マニラ・エマニエル夫人 危険な楽園』(1993年)
よこすか よしみ 
横須賀 よしみ
プロフィール
生年月日 1965年1月8日
現年齢 52歳
出身地 日本の旗 日本石川県金沢市
血液型 B型
公称サイズ([1]時点)
身長 / 体重 170 cm / kg
スリーサイズ 86 - 60 - 90 cm
活動
デビュー 1981年
ジャンル 女優、歌手
モデル内容 一般、ヌード
備考 2002年第1回日本DVDシネマ大賞 助演女優賞受賞
モデル: テンプレート - カテゴリ

横須賀 よしみ(よこすか よしみ、1965年1月8日[1][注釈 1] - )は、日本女優・元グラビアモデル。本名、黒坂 昌美(くろさか よしみ)。血液型B型。旧芸名は「横須賀 昌美」、「横須賀 蓉美」(いずれも「よこすか よしみ」と読む)。サイアン・インターナショナル所属[1]

来歴[編集]

石川県金沢市出身[1]国本女子高等学校出身。

1980年資生堂キャンペーンガールに選ばれてCMモデルとなる。JALロッテ花王のCM出演も果たし、CM界の松田聖子[3]と言われた。翌年アイドル歌手としてもデビュー、短期間で人気の頂点を極める。もともとが歌手志望で小学校の時に、当時全盛だった山口百恵桜田淳子森昌子花の中三トリオにあこがれてスター誕生!に応募したが、オーディションの通知が来たにもかかわらず怖くなってやめてしまったという経緯がある[4]

テニス、バスケットをやっており、その他スポーツは万能で両手で字が書けるという特技を持っている[5]。母校の国本女子高等学校では校則が厳しく、授業態度などを先輩の桜田淳子と比較されてつらかったと告白しているが[6]、その桜田淳子とは、後に雑誌のテニスの企画で共演を果たしており、その時に桜田のことを成績が大変良かったと聞かされたと称えている。

田原俊彦が好きで、ファンを公言したら剃刀同封の手紙が送られてきたこともあったという[7]

1984年、付き合っていた男性とベッドでいっしょの写真が週刊誌に掲載され、CMを降板、事務所からも契約解除などの処遇を受ける。この事件は当時、第2のニャンニャン事件とマスコミを騒がせた[3]。第1は、タレントの高部知子のベッドで裸体に布団を掛けた状態で、煙草を咥えた様子を捉えた写真が写真週刊誌に掲載された事件で、ニャンニャンとは当時の性行為を意味する俗語である。しかし、この写真についての本人の弁は「布団の下は着衣で、軽い気持ちで友人に撮ってもらっただけ。でもアイドルとしては軽率でした。」ということである。しかしCM降板の違約金まで自身が抱えることになった。「貯金も三千万はあったが、違約金を払ったら五百万の借金が残って、仕事もホサれて途方に暮れました。」と語っている。その返済のためエアロビクスのインストラクター、六本木のスナックの雇われママなど様々な仕事に追われることになる[8]。人気絶頂時の月収は当時の金額で500万円近かったが、事件後は3万円にまで落ち込んだというくらい、その余波は大きかった[3]

その後、出演した映画、『夕ぐれ族』は主役で話が来たが、それだと脱がなくてはならず、この時点で資生堂との関係は続いていたのでヌードはなしということになったという。さらにまた週刊誌にホステスをしてる写真が掲載され「ポルノ女優3回目の変身」などと書かれたりした。これについても本人は客で行った時の写真で、そういう事実はないと否定している[9]。転機になったのは『マニラ・エマニエル夫人 魔性の楽園』(1992年、東映ビデオ)で、このvシネマで初めて大胆な濡れ場を演じており、これ以降ヌードの役が増えるが、「主役をやれることが大切だった。」と語っており、これ以来テレビ局からも多くのオファーを受けるようになる。しかし脱ぎの仕事ばかりで、本人にとっては不本意だったが、Vシネマでは定期的に主役級の仕事が入るようになり1本平均150万円というギャラは生活を安定させるには十分だったという。この時期にはVシネマの女王との異名もとっている[8]。 私生活では、1995年に結婚しその後1999年に離婚と長男を出産している[10]。2008年には女優業の傍ら、郷里の金沢市片町で実妹とスナックを経営している。お酒が好きで「昔はザルでした。40分でボトル1本空けてその間にビールかワインをやるという感じで」と語っている[11]

2013年、11月23日放送『お願い!ランキング GOLD 2時間スペシャル』(テレビ朝日)で自身の店であるカラオケスナック、『百(MOMO)』が紹介され元気な姿を見せた。

出演[編集]

バラエティ[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

Vシネマ[編集]

  • 汚れし者の伝説(1991年、日本ビデオ映画
  • ダイハード・エンジェルス 危険に抱かれた女たち(1991年、日本ビデオ映画)
  • ダイハード・エンジェルス2(1991年、日本ビデオ映画)
  • 令嬢流されて(1991年、日本ビデオ映画)
  • コロッケの不思議体験ゾーン 余にも奇妙な物語 霊界編(1991年、レッドウェイブ)
  • 爆裂! M・コネクション ザ・フアイナル・シューティング(1991年、SEIYO INTERNATIONAL) 
  • 女教師 濡れたピアノの下で(1991年、日本ビデオ映画)
  • 追いつめる(1992年、東映ビデオ
  • 工業哀歌バレーボーイズ(1992年、徳間ジャパンコミュニケーションズ
  • マニラ・エマニエル夫人 魔性の楽園(1992年、東映ビデオ)
  • マニラ・エマニエル夫人 危険な楽園(1993年、東映ビデオ)
  • 妖女伝説 セイレーン(1993年、円谷映像
  • ダブルアクション.45(1993年、東映ビデオ)
  • THE レイプマン2(1994年ピンクパイナップル
  • 雀鬼伝説 蒼き狼たち(1994年、ビデオチャンプ)
  • 悪党図鑑2(1994年、シネマパラダイス)
  • 雀荘へ行こう(1995年バンダイビジュアル
  • 女教師 甘い罠(1995年、SEN)
  • 歌麿おんな秘図(1995年、アドメディア)
  • ルームメイツ あなたを殺したい(1996年、ミュージアム)
  • 女とむらい師 べに孔雀(1996年、キング)
  • 静かなるドン8(1996年、ケイエスエス
  • ROSE 殺戮の女豹(1996年、Vムーヴィ)
  • 触角記 女教師 秘戯レッスン(1996年、ジャパンホームビデオ
  • 校内写生'97渋谷レイパーズ(1997年、JVD)
  • 極道の血 いわしたれ!(1997年、東映ビデオ)
  • 凶銃 戻り道はない(1997年、ケイエスエス)
  • 修羅がゆく6 東北激闘篇(1997年、東映ビデオ)
  • 痴漢の指(1998年、ジャパンホームビデオ)
  • 首領への道1~4(1998年、ミュージアム)
  • サソリ 女囚701号(1998年、ビジョンスギモト)
  • 首領への道5(1999年、ミュージアム)
  • 極道三国志5 山陽道10年戦争(2000年、東映ビデオ)
  • 縁切り闇稼業 芸能界秘密パーティの陰謀(2000年、ミュージアム)
  • サギ師一平4(2000年、アンカービジュアル)
  • 殺しの白いドレスの女(2001年、ニューシネマジャパン)
  • LB熊本刑務所(2002年、プレイビル)
  • 実録・鯨道外伝 ヤクザの弔い歌(2002年、プレイビル)

イメージビデオ[編集]

  • IN LOVE(クリスタル映像)
  • 誰・か・を・愛・し・た・い(1988年、ケイブンシャ
  • 発光体 LUMINOUS BODY(1989年、サザンクロスビデオアーツ)
  • コスモス(1991年、パワースポーツ
  • 欲望のヴィーナス(1992年、大陸書房
  • SPECIAL PHOTO TECHNIC/HOW TO ヘア・ヌード写真術(1994年、明文社)
  • sexy re-birth(1994年、にっかつ)
  • スキャンドール 午後の誘惑(1994年、日活)
  • SECRET SCANDAL(1995年、ブロードウェイ)
  • BODY LESSON(1995年、ブロードウェイ)
  • Revive(2004年、アンティック)

写真集[編集]

  • Yoshimi(1988年、ワニブックス
  • Bitch(1989年近代映画社
  • MODERN LOVE(1992年、大陸書房)
  • Again(1993年、風雅書房)
  • 挑戦(1994年、COMPASS)
  • 熱愛(1994年、パパラブックス)
  • ON THE BEACH(1994年、桜桃書房)
  • Thesis(1996年、英知出版
  • 女優 act1(1999年、ぶんか社
  • 喪服の女(2002年、双葉社

ディスコグラフィ[編集]

シングル
  • 「恋のマグニチュード/港・ヨコハマ・赤い靴」 (1981年4月25日、ワーナー・パイオニア、L-1510)
  • 「ラブ・コントラスト -WEST SIDE & EAST SIDE-/タイトロープ」 (1981年、ワーナー・パイオニア、L-1539)
  • 「Breathless/Y」(1988年5月25日、ポリスター)
  • 「抱いてあげる/哀しみのヒロイン」(1988年11月25日、ポリスター)

舞台[編集]

  • 「負けてたまるか」(1999年、きよし座旗揚げ公演)

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ サイアンによるプロフィールでは誕生日が「1月8日」だが、日本タレント名鑑においては「8月25日」と記載されている[2]

出典[編集]

  1. ^ a b c d 横須賀よしみ (サイアン) 2017年1月1日閲覧。
  2. ^ 横須賀昌美”. 日本タレント名鑑. VIPタイムズ社. 2017年1月1日閲覧。
  3. ^ a b c 週刊ポスト 1991年11月21日号 P224~227
  4. ^ 映画情報 1981年6月号 春満開!シェイプ・アップ完了!!
  5. ^ 週刊明星1981年6月4日号
  6. ^ 明星 1982年4月号
  7. ^ 週刊宝石 1984年4月27日号 P179
  8. ^ a b 芸能人という生き方 別冊宝島396 横須賀蓉美~セクシーVシネマという復活法
  9. ^ 週刊現代 1984年9月29日号 P60~63
  10. ^ Vシネ女王だった横須賀昌美さんは金沢でスナックのママに日刊ゲンダイ 2014年9月22日
  11. ^ 週刊現代 1992年2月8日号 P62~65

関連項目[編集]